空の下で46.合宿(その2)
マイクロバスは思った以上に快適だった。
MDをかけられるので、名高が持ってきた最近の曲をかけながら走行した。
冷房は入らなかったから暑いことは暑かったけど、窓を開けて入ってくる風に吹かれながら進むのは気持ちがいいし、今まで行ったこともない道の景色を見るのは楽しい。
志田先生が選んだ道は、高速道路を使わずに山中湖へと行く道で、山の中をいつまでも走る。
川が見えたり畑が見えたりして、やっぱり旅行気分だ。
二時間くらい走ったところで休憩をとることになった。
山の中の道なのに休憩とる場所なんてあるのかと疑問に思ったら、道の駅「道志」とかいうサービスエリアみたいなとこがあって、そこにバスは入った。
バスを降りると、セミの声が多摩境より爆音だということに気がついた。やっぱり深い山なんだ。
「よーし、この道の駅で30分休憩だー。30分後の10時30分に集合しろー」
志田先生がセミに負けない大きな声でそう言った。
バスから降りてやっと解放された牧野がぼくのとこにやってきた。
「いやー厳しかったー」
牧野はすでに10キロくらい走った後みたいな疲れた顔してた。
「どしたの牧野」
「いやー、志田のヤツ二時間ずっとオヤジギャクと説教だよ。ギャグ言っては説教、ギャグ言っては説教。よく短距離のやつら平気だよなー。オレなら志田を上回るコントで応酬だね」
よくわからんが、とにかく疲れたらしいので道の駅周辺を散歩することにした。
道の駅の裏手には小さな川が流れていて、小さな吊り橋がかかっていた。
その橋の真ん中で手すりに寄りかかりながら川を見た。
すんごいキレイな水だ。光る水面の向こうにちいさな魚が泳いでいる。
「はー、こんな山奥にいるとなんだか都会生活がどうでもよくなるねー」
牧野が魚を目で追いながらそうつぶやく。
「え、なんかまるで疲れたサラリーマンみたいなセリフだね。しかも僕らの住んでるとこ都会でもないし」
「英太、そういう冷めたこと言うなよ。それにツッコミたいならもっと鋭く!」
「わー、こわ・・・」
最近、牧野はお笑いのDVDをレンタルするようになってお笑いに凝ってるらしい。
そういえば中学のとき、文化祭で日比谷と漫才やってた気がする。
「それよりさ英太、聞いた?」
いきなり眉間にしわを寄せて小声になった。話題転換が早すぎる。
「な、なにを?」
「大山と剛塚って中学が一緒だったらしいよ」
「あ、そうなの?そういえばそうだっけ」
「しかもさ、剛塚って中学の時、かなりヤンチャしてたらしい」
「ヤムチャ?」
「それは飲み物だろ、もしくはドラゴンボール。違くて、ヤンチャだよ。つまり不良だったらしいんだよ。かなり暴れてたらしい」
「へえ・・・」
ぼくは遠くのベンチに一人座っている剛塚を見た。
暑くて腕をまくっているけど、その腕の太さは長距離選手とは思えないほど太くて筋肉質だ。あれで暴れられたらぼくには手に負えないだろう。
その剛塚のとこにアイスを持って大山が走っていった。
こんな山奥に来てまでパシリか・・・。
「誰に聞いたの。その話」
「穴川先輩」
なんで先輩がそんな話知ってるんだろう。
そこへ未華とくるみがやってきた。
二人はまだ私服姿だ。くるみの私服姿なんて初めて見たものだから、正直な話、その私服をチラっと観察してしまった。変態か、ぼくは・・・。
でも見ちゃうんだよね・・・。七分丈のジーパンとライトグリーンのゆったりめのTシャツかあ・・・なんて。
「なにしてんのー、二人で橋の上でたそがれちゃって」
未華はそう言って牧野の肩をはたいた。
「いって!たそがれてんじゃなくってさ。合宿に対する意気込みを語ってたんだよ」
「えー、ウソっぽーい」
「な、なにー!」
そこから牧野と未華は言い争いを始めたが、お互い楽しそうだ。
そんな二人を橋の残してぼくとくるみは散歩しだした。
「英太くん、こないだの試合早かったねー」
こないだの試合・・・。ああ多摩川ロードレース大会か。もう1か月前だ。
「最近どんどん早くなってる感じだよね。尊敬しちゃうよ」
「尊敬するほど早くないよ。まだ未華の方が早いし」
「じゃあ尊敬するのやめときます」
くるみは笑ってそう言った。
笑顔でこっちを見られると、つい目をそらしてしまう。ああ根性ないなぼくは。
いや、根性だせよ相原英太。もう一回、お茶しにいく話題をしよう。
「そういえば、前にスタバの時に約束した・・・」
そこまで言った時、志田先生の大声が聞こえた。
「そろそろ出発するぞー!」
「え、もう?」
「出発だって英太くん。バスに戻ろ」
「え、あ、うん」
マイクロバスはそこから一時間で山中湖に到着した。
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