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2008年8月 1日 (金)

空の下で47.合宿(その3)

バスのBGMは志田先生がラジオをつけたので高校野球の中継になった。

神奈川大会の決勝の模様を伝えている。

県大会の決勝に進むチームとなればかなりの強豪なわけで、ぼくらみたいな「さして強くもない運動部」からみると別世界の戦いだ。

それでもぼくはラジオに耳を向けていた。

攻撃時やチャンス時にかかる吹奏楽の音楽を聴いていたかったからだ。

でもラジオは突然消えて、志田先生が持ってきたナツメロに変わってしまった。

「せめて夏メロにしてよ・・・」

これは未華が不満全開の顔で言った意見。

 

 

バスは山道を抜けて平地へと降りてきた。

左にも右にもペンションやらテニスコートやらが見える。

やがてお土産物屋さんや食事処が増えてきて、ついには湖が見えた。

「おおー、ここが山中湖かー」

牧野が大声をあげた。

みんなが一斉に湖の方を見る。

バスの右側に広がった山中湖は、対岸の建物が米粒のように小さく見えるくらい大きな湖だった。

その米粒の後ろには巨大な山が見えた。

「あー!富士山だ!」

また牧野がバカデカイ声を上げた。

「おい、英太、富士山だぞ。見ろよ」

「見てるよ」

「でけー」

確かにでかい。あんな大きな山初めて見た。

いつも東京から見える山なんか問題にならない。

みんなが富士山を見上げてると雪沢先輩が戦慄の一言を放った。

「最終日は富士山を走って登るんだぞー」

「は?!」

長距離チーム全員が雪沢先輩の方向を見た。

呆然とする牧野、泣きそうな大山、ひきつり笑いの未華。

「まあ半分までしか登らないけどな」

「半分」

再び視線は富士山に集まる。

巨大な霊山はそんなことを知ってか知らずか、雲に隠れだした。

たくみが雪沢先輩に改めて聞く。

「雪沢先輩。あの、合宿ってやっぱり相当キツイんですか」

「当たり前だよ」

バカげた質問だったけど、聞きたい事ではあった。

ちょっと聞くのが怖かったから聞けなかったんだけど

さすがはたくみ。きちんと質問してくれた。合宿はキツイ。

 

 

バスは山中湖から少し離れた山の中の山荘へ到着した。

木々が生い茂る中にある、まさに山荘だ。

といってもかなり大きくて、50人くらいは泊まれるらしい。 

なので毎年ここが合宿所になってるらしい。といっても多摩境高校は三年目だけど。

入口にかかっている木製のカンバンには「見晴らし館」と書いてある。

見晴らしなんて無い。木しか見えない。

 

 

みんながバスから降りると、ふくよかなオバサンが見晴らし館から出てきた。

志田先生はオバサンを見ると挨拶をした。

「お久しぶりです大石さん。またお世話になります」

大石さんと呼ばれたオバサンは何故か屋内に走って戻って行った。

が、すぐに出てきた。手には小さな太鼓をもっていて、いきなり叫んだ。

「よーこそ見晴らし館へ!今年もがんばるんだよー!ではここで歓迎の曲をお送りします」

といってなんだか陽気なサンバを歌いだした。

ああ、これはサンバというかコーヒールンバだ。

「な、なんだこの人・・・」

牧野は圧倒されている。

未華は何故か一緒に歌っているが、他のメンツは牧野と同じ反応だ。

コーヒールンバを1曲聞いて、それぞれの部屋へと向かった。

長距離チームの部屋、短距離チームの部屋、女子の部屋の3部屋に分かれる。

ぼくら長距離チームは男は7人で同じ部屋に泊まる。

別れ際、くるみが話しかけてきた。

「なんだか面白いオバサンだったね」

「うん。陽気だったね」

「でも練習はキツそうだね。富士山とか・・・」

くるみは不安そうな顔だったので元気に言ってみた。

「きっとなんとかなるよ!」

「へえ、英太くんって楽天的なんだね」

「前向きって言ってよ。それかポジティブ」

「あ、そうか。じゃあ、がんばろうね」

そう言ってくるみは女子の部屋へ向かった。

ぼくも自分の部屋へ向かう。

なんだか旅行気分は薄れてきた。

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