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2008年8月 8日 (金)

空の下で49.合宿(その5)

セミが爆音で鳴いている。

湖のほとりを走っているといっても、山々に囲まれたこの地区にはセミの鳴き声が響き渡っている。

音でいつもと違うのは、時折湖の上を走る水上ボートの音くらいなものだ。

そのほかはいつもと同じ音だ。

足が地面に着く音、腕を振るときに少しこすれるTシャツの音。

なによりも大きく聞こえるのはセミではなく自分の息切れの音だ。

 

 

集団がバラバラになったあと、ぼくは決意を固めてスピードを上げた。

牧野と未華に追いついたところまでは良かった。

ところがそんなぼくを見て、未華はスピードをさらに上げたのだ。

正直、信じられなかった。

とっくに限界スピードで走ってると思っていたので、ぼくは愕然とした。

愕然としたのは牧野も同じだったようだけど

鬼の形相で未華を追って行った。ぼくは少しづつだけど確実に遅れていった。

結果、ぼくの順位は何一つ変わらなかった。

 

 

スピードアップさせたのに抜けなかったというのは精神的に堪える。

もう今日はこのくらいでいいか。

そう思いながら進んだ。

気合が落ちたせいかスピードも落ちた。

それでも湖を走り切るころに、前に穴川先輩を見つけた。

ということは牧野と未華は穴川先輩を抜き去ったのか。

残るは見晴らし館への上り道1キロ。

追いつけるか・・・。でも穴川先輩との差はまだ少しある。

今日のとこはまあいいだろう。初日だし。練習だし。

練習だし・・・?

ついさっき同じようなセリフを聞いた気がした。

誰が言ってたんだっけ。

そうだ、穴川先輩が言っていたんだった。

穴川先輩と同じことを思ったのか。

でもぼくはそのセリフを聞いてカチンときていたハズだった。

手抜き練習じゃないかよ、と思って頭に来ていたんだった。

ぼくも同じじゃないか。

同じであってたまるか。じゃあ、さっきのスピードアップの決意はなんなんだよ。

「もう一度だ・・・」

つぶやいてみた。

まだ声を出す余力がある。なんだ、まだいける。

ぼくは再び目を閉じて決意を固めた。

追いつく。

目を開けて腕を大きく振って登り坂を穴川先輩めがけて走った。

 

 

ラストは見晴らし館への登り道。 

さすがにラストで登りはキツイ。

雪沢先輩の言ったとおりだったが、キツイのはみんな同じだ。

同じくキツそうな穴川先輩に一気に追いついた。

穴川先輩はギョッとしてスピードアップを図ったが、勢いに乗ったぼくは一気に穴川先輩を抜き去り、そしてそのままゴールした。

 

 

ゴールした後は倒れこんだ。

さすがに最後の登りで体力を使い果たした。

穴川先輩はゴールしてすぐぼくのところに来た。

「不意打ちしやがって」

そう言ってクールダウンを始めた。

ぼくもフラフラと立ち上がってクールダウンのためにジョックをした。

勝った。・・・やっと穴川先輩に勝った。

途中であきらめなくて良かった。

牧野と未華には負けたけど・・・。

 

 

今日のコースは全部で16キロ近くあったらしい。

すごい距離を走らせるものだと思っていたら、ジョックした後に筋トレが待っていたので涙が出そうになった。

女子は筋トレではなくストレッチだと聞かされて、女子になりたくなった。

筋トレが終わるころ、やっと大山とか早川がゴールした。

やはり16キロともなると差が激しくついてくる。

 

 

練習が終わってぼくは牧野とたくみとでお風呂に入った。

大浴場と書かれたお風呂は5、6人が入れる少しだけ大きめなお風呂で、思いっきり足を伸ばせるのがモノスゴーク気持ちいい。

普段、制服とかジャージ姿で会ってる牧野やたくみと裸でいるのは、男子同士だっていうのになんだか恥ずかしかった。

牧野は恥ずかしくもないらしく、ぼくとたくみの体をジロジロ見て言った。

「焼けたなー」

確かに日に焼けてる。それはみんな同じだ。

毎日毎日、夏の空の下で走りまくってるんだ。そりゃ焼ける。

「こーんな色黒な英太、初めて見たよー。モテるかもよ」

モテない。

だって日焼けがTシャツの形してる。

 

 

晩御飯は大石さんがスゴイ量を作っていた。

「さ、たーんとお食べ」

昼間と同じこと言ってる。 

走りつかれていたので食べるのも疲れる。でも、おいしいので食べきった。

ご飯を食べきると自由時間だ。

さっさと寝てしまいたいが、こういう風にみんなで同じ部屋にいると、やっぱり寝れないのはなんでだろう。

長距離メンバーは全員同じ部屋でゴロゴロしながらも起きている。

それに、こういう集団旅行になると必ず恋愛話をするヤツがいたりする。

そういう話ってつい最後まで聞きたくなってしまい、結果的に寝れない。 

どうやら今回は牧野が恋愛話をしたいらしい。

「オレさ、中学のときに少し気になるコがいてさー」

ほうほう、そんな話は初耳だ。

「でもさ、英太がそのコに本気だったらしくてさ。な、英太」

「は?!」

たくみが食いつく。

「マジでか。どんなコだったの、英太」

な、なにこの展開・・・

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