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2008年8月19日 (火)

空の下で52.合宿(その8)

合宿も二日目の夜となり、メンバーには疲れが出てきていた。

大石さんの作るゴハンをなんとか食べきると、みんな話す気力もあまり無いらしく、大部屋に戻って静かにすごしていた。

雪沢先輩と穴川先輩は、志田先生とミーティングだとかで大部屋には戻っていないけど、一年はみんな自分の時間をすごしている。 

牧野はお笑い芸人が出した本を読んでニヤニヤしているし、大山は「あ、そうだそうだ」とか言って部屋から出ていくし、名高は目をつぶったままウォークマンで何か聴いているので、すごい静かだ。

ぼくは一学期中に吹奏楽部の日比谷から借りたCDでも聴こうかと思ってたら、たくみがぼくの横までやってきた。

「英太、英太」

「ん、なに?CD聴きたいんだけど・・・」

「つれないなー英太。おれの話聞いてくれよ」

たくみは何故か小声だ。部屋が静かなせいかもしれない。

「いま、トイレ行ってきたんだけどさ。部屋に戻るとき、大山を見かけたんだけど。あいつ、こっそりと建物から出て行ったぞ」

「え?見晴らし館から?」

もう夜八時半だ。志田先生の許可なしで宿泊施設から勝手に外出すると、さすがに怒られるのではないか。不安がよぎる。

そう思っていると大山が部屋に入ってきた。

「なんだ、いるじゃんか」

ぼくはホッとした。志田先生は長距離チームには手厳しいから連帯責任で全員が怒られるかと心配だったからだ。

ところが、大山は剛塚のところに行ってこんなことを言った。

「はい、近くの自販で売ってたよ」 

大山の手にはスポーツ飲料のペットボトルが握られていた。

剛塚は「サンキュー」と言ってペットボトルを受け取って150円を大山に渡した。

自販は外にしかない。やっぱり大山は外に出ている。

それも剛塚に頼まれて。つまりはパシリか。

そう推理していると剛塚と目があってしまった。

やばい。思わずぼくは視線をそらした。

剛塚はぼくと目があった事はほっておいてペットボトルを開けた。

正直、ホッとした。なんか剛塚にからまれたら怖いから。

ところがたくみのヤツがとんでもない事を剛塚に質問した。

「ねえ、なんで大山をパシリで使ってんの」

「ば、ばか、たくみ」

剛塚は一瞬動きが止まったあと立ち上がり、ぼくとたくみの所に歩いてきた。

「なんだって?」

剛塚は低い唸るような声でそう言った。

たくみは一歩後ろに下がったものの質問をした。

「だから大山をパシリにしてんじゃん。何で?か、かわいそうじゃん」

「なにデカイ口きいてるんだよ」

剛塚の声は大きくはないが威圧感のある低音だ。

ぼくは怖くて身動きできない。なのにたくみは得意の質問だ。

「今だって外の自販にジュース買いに行かせたんでしょ?」

「だから何だ」

「志田先生に見つかったら、多分一番怒られるのは買いに行った大山なんだからさ。買いたければ自分で行けば。大山だって疲れてるんだからさ」

たくみがこんなに仲間思いだとは意外だった。

僕はたくみの言葉を聞いてちょっと涙が出そうになった。

そのたくみは言葉を続ける。

「大山みたいに遅くたって、うちら長距離チームでは必要な仲間なんだよ。パシられて嫌になって退部したくなったらどうすんだよ。そういう風にするヤツこそ必要ないだろ」

その言葉が終わった瞬間、たくみの姿がぼくの視界から消えた。

いや、後ろに飛んだのだ。

何かと思ったら、剛塚がたくみの顔面を殴ったのだ。

たくみは鼻血を出して畳に倒れた。

剛塚は倒れたたくみに向かって言う。

「必要ないだと?誰がだよ」

たくみは鼻を押さえたまま何かを言ったが聞き取れない。

剛塚はぼくの方を見た。

「英太、おまえはどう思うんだよ。誰が必要ないって?」

「あ、いや・・・」

情けないことに何も言えなった。

たくみはあんなに言いたいことを言ったのに。

たくみが殴られたことで大山も牧野と名高もこっちを見ていたが、特に何かするわけでもなかった。

剛塚は小声で言い放った。

「もういい。出ていく」

剛塚は大部屋の外へ向かって歩き出した。

「ちょ、剛塚」

ぼくはそれだけしか言えなかった。

剛塚が部屋の出口まで進んだ時、全く場違いな明るい声を出しながら、未華が部屋に入ってきた。

「ねえみんな聞いて聞いてー!明日の夜なんだけどさー」

その未華を剛塚はジャマに思ったらしい。

未華を横に押しのいた。

未華は押された勢いで壁に肩をぶつけて痛そうな表情をした。

「いった。なにすんの・・・」

それを見た牧野は猛然と立ち上がった。

そして剛塚めがけて一直線に走りだした。

いつも練習で走るよりも早いんじゃないかという勢いだ。

その牧野の拳が握られている。

やばい。このままだとやばい。どうにかしなくちゃ。

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