空の下で55.合宿(その11)
気の遠くなるような距離だった。
26キロという数字からしても疲れるのはわかってたんだけど
体が疲れるのは当たり前としても気力まで疲れた。
おまけに走りだしてから気温はメキメキと上がり、走って風を受けているのに自分の肌が日焼けしていくのがわかった。
面白かったのは給水ポイントだ。
山中湖を半周してところに長机が出されていて、紙コップにアクエリアスと水が置いてあった。
やったーと思って紙コップを二つともゲットしたまではよかったが、間違ってアクエリアスを地面に落してしまったのでガックリだ。
それでも水は飲んだけど、ホントは水は頭にかけたかった。
まあ牧野は勘違いして水を飲んで、アクエリアスを頭にかけてしまったらしく
「うわーベタベタするー!」
と悲鳴を上げながら走っていた。
いつもぼくは牧野に色々とツッコミを受けることが多いので、なんかツッコミ入れてやろうかと思ったけど、牧野の頭を叩いたらぼくの手にもアクエリアスがついちゃうからやめて真面目に走った。
一周したところにも給水ポイントがあったが、ここではみんなうまく給水できたようだ。
そうして山中湖は二周目に入った。
ここまで13キロ。残り13キロだ。そう考えると再び気力が萎えた。
「とっても楽しい42.195キロでした」
そう言いのけたオリンピック金メダリスト高橋尚子さんは怪物だと思えた。
山中湖二周目。
ぼくは単独で走っていた。
集団で走っていたのは最初の半週くらいだ。
ぼくより前には雪沢先輩・名高・穴川先輩の三名がいるはずだ。
振り返ると少し後ろに牧野の姿が見える。
今日は牧野よりぼくの方が調子がいいようだ。
というより牧野は頭のベタベタが気になるらしく集中力に欠いていた。
それにしても長い。さっき見た景色をもう一度眺めながら走る。
もう何度も走った山中湖の周遊コースは見慣れてきた。
湖の景色、お土産物屋の景色、森、道、丘。
でも今日で最後だ。明日は山中湖は走らないと雪沢先輩は言っていた。
今見える景色を頭に焼きつけながら走る。
それはいいんだけど日光で肌が焼けるのは疲れる。
やがて三回目の給水ポイントにたどり着いた。つまり一周半したのだ。
給水ポイントでは穴川先輩が立ち止まっていた。
ぼくはアクエリアスを口に入れ、水を頭からかぶるとすぐに出発した。
穴川先輩は疲れた様子でぼくの後に続いたが、すぐに遅れて行った。
かわりに後ろから追ってくるのはアクエリアス牧野だ。
しぶといヤツだ。
ぼくは前を向いて走る。でも疲れはひどく、息切れが激しくなっていく。
それでも、歩くのだけは拒んだ。
どんなに遅いスピードでも歩かず走った。
気がつくと、後ろにいたはずの牧野の姿が消えていた。
こんなに遅く走ってるのに見えなくなったという事は牧野もついに歩いたのか。
それとも道を間違えた・・・なんてことはないか。もう慣れた道だ。
しばらくノロノロと走ると、前に誰かが見えた。歩いている。
そいつがぼくに気づいて振り返った時、その顔を見てぼくはギョッとした。
それは名高だった。名高が歩いていたのだ。
名高もぼくの顔を見てギョッとして、走り出した。
名高に追いつける?
そう思うとテンションが上がった。
今まで一度も勝てなかった相手、名高涼。
思いがけず追いつけるかもしれない。
でもぼくは今以上にスピードを上げることは出来なかった。
それでも名高から離されることもなく走った。
名高もスピードが遅くなっていたからだ。
ぼくは歩くのだけは我慢して名高の背中を追った。
いつもいつも遠かった名高の背中をこんな近くで追うのは初めてだ。
追いつきたい。
そう思うが、名高はくせ者だ。
残り1キロくらいのところから物凄いラストスパートを見せ、一気に離された。
ぼくはスパートなんて出来る状態ではなかったけど、なんとか26キロを完走した。
練習後、みんなで見晴らし館の前でストレッチしていると名高が話しかけてきた。
「英太、今日すごかったな」
「あ、ホント?名高に追いつけるかと勘違いしちゃったよ」
ぼくは笑ったが名高は笑わなかった。
「あぶないトコだったよ。英太って長い距離に強いだな」
「そうかな。まあ長い距離ってレース展開がゆっくりで楽しいかもね。なんか気合いと根性で順位上がったりするし」
そう言うと名高は苦笑いを浮かべた。
「気合いと根性で?昭和かよおまえ・・・」
「昭和・・・。そんなに考え古いかな」
「古いよ。オールウェイズ、三丁目の夕日だよ」
よくわからんが、名高は最後にこう付け加えた。
「やっぱ英太って強敵になりそうだな。最初から思ってたとおりだよ。そのうち、いい勝負しようぜ」
そんな事は無いと思いつつもぼくは答えた。
「そのうち・・・ね。頑張るよ」
それを近くで見ていた穴川先輩は舌打ちをしてつぶやいた。
「やってらんねー」
鋭い視線をこちらに向けていた。でもぼくと名高は構わず話していた。
そこへ未華がやってきた。
「どしたの二人ともニヤニヤ話し合っちゃって。二人の間に恋でも芽生えた?」
「芽生えないよ。気持ち悪いな。ねえ名高」
名高はすごく嫌そうな顔をしていた。そこまで嫌そうな顔しなくても・・・。
「そりゃそうか。それより夜の準備あるからお肉と野菜運ぶの手伝ってね」
「え?なにそれ」
ぼくは名高の顔を見た。名高も知らないといった表情だ。
見かねて未華が言った。
「あれ?言わなかったっけ。バーベキューだよバーベキュー」
「バーベキュー?」
「そう。見晴らし館の横の広場で、みんなでやるんだよ。食べ物運ぶの手伝ってね」
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