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2008年9月 2日 (火)

空の下で56.合宿(その12)

夜の七時になり、見晴らし館の隣にある広場へ行くと、すでに短距離チームが集まっていて、みんなでガヤガヤと騒いでいた。

七時なのでもう薄暗いのだけど、広場にはいくつか古い電灯が点いているし、広場の真ん中には大きな鉄のカンの中に焚き火が灯っているので、けっこう明るく感じる。

その周りには机が五脚ほど置いてあり、お肉や野菜、とうもろこしなどが置いてある。

なんだか盆踊り大会というかお祭りというか、そういう雰囲気だ。

お祭り的な雰囲気にする理由は他にもあった。

みんな合宿中はジャージとか練習着ばかり着てたんだけど、今は私服姿になっているからだ。さすがに浴衣姿のヤツはいないけど。

ぼくはというと、明るい色のガラ入り白TシャツとGパン、サンダル。

なんとも洒落っ気がない。でもそれは男子はみんな同じ様なものだ。

 

 

ぼくは牧野と二人でお肉とか野菜を鉄板にのっけて焼いて、先輩たちに配っていた。

こういう雑用は1年生がやるのはどこの学校も部活も同じだろう。

「はー疲れるな英太。オレらはいつになったら食えるんだ」

とかいいつつ牧野はつまみ食いをしている。

「食べてるじゃん」

「オレはいーの。そんな気がすんの」

「どんな気だよそれ・・・」

「英太それツッコミ?つっむのか、つっこまないのかハッキリしろよ」

「え、だって漫才コンビなんて組んでないじゃん」

「組んでないと思ってるの?はーショック。若干ショック」

二人でしゃべってると穴川先輩がやってきて、料理を載せる皿を差し出した。

「肉、入れろ」

「あ、はい」

ぼくは肉を皿に盛った。

穴川先輩はフンと言って短距離チームの先輩のとこに歩いていった。

「英太、なんかおまえ穴川先輩に嫌われてない?」

牧野はそう言うがぼくだけじゃないと思う。

そこへ未華とくるみがやってきた。

「えーいーたくーん。野菜ちょうだい」

未華がなれなれしくぼくの名を呼んだので牧野がぼくを睨んだ。

「えーと野菜ね。ちょっと待って」

ぼくは野菜をとろうとしたが牧野が超高速で野菜を未華の皿に盛った。

「はいよ、牧野スペシャル盛り!」

「はやっ!」

その早さに何故か未華は感動した。色黒の顔が笑顔で埋まる。

「やるじゃん牧野。感心」

「だ、だろー」

牧野はどういうわけか動揺してた。自分でやったくせに恥ずかしくなったようだ。

テンション上がった未華はくるみに言った。

「くるみも野菜乗っけてもらいなよ。牧野スペシャルでさ」

「い、いや、ぼくがやるよ」

ぼくはくるみのお皿に野菜を乗っけた。別に早くもなければ綺麗でもない。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

くるみはその皿を受け取って、野菜を食べた。

「うん、おいしいね」

くるみにそう言われてぼくは何故だか 「でしょ?」とか言ったが、すぐに牧野に「お前が野菜作ったんじゃねーだろ」と身も蓋もないことを言われて恥ずかしくなった。

この野郎、と思ったけど、くるみが笑ったのでまあいいことにする。

ああ、笑顔がかわいいなあ・・・と思う。

ぼくはくるみが笑うとこを見るといつもそう思う。

今日は焚き火の赤い炎に顔が照らされて、いつもより大人びて見えた。

合宿に来てからは練習中ずっと「おさげ」で走っていたけど、今は後ろで結んでないらしく下げていて、それがまたかわいい。

気になっちゃって何度もくるみの顔をチラ見してしまう。

なんか変態だよな・・・。

そう思っていると突然くるみが「ねえねえ、あっちに花火置いてあるからやろうよ」と、ぼくに向かって言ったので、思わず「え、二人で?」と、聞いたんだけど「みんなで、みんなで」と言われ、顔が真っ赤になってしまった。

気がつくと牧野がなんだかいやらしい目でぼくを見ていた。

ヤバイな・・・。

 

 

ぼくと牧野と未華とくるみの四人は集団から離れて、広場のハジで安い花火を振り回したりして遊んだ。

赤い花火、黄色い花火、青い花火。

色とりどりの光がはしゃぐ四人を照らす。

手持ちの花火なんて点火したら一分もしないで消えてしまう。

そんな一瞬の遊びなのにぼくらは大騒ぎしながら楽しんだ。

最後に四人で座り込んで全国恒例の線香花火の長さ比べ大会をした。

ぼくと牧野と未華はすぐに線香花火を落として消えてしまったけど、くるみは燃え尽きるまで耐えていた。

走ってる時と同じ様に真剣な表情のくるみを見て、当たり前の事だけど色んな表情をするんだな、とか考えたりもした。

もっと長い時間、くるみと一緒にいて、いろんなくるみを見てみたい。

そう思った瞬間、くるみと目が合った。

ぼくは心が読まれたかと思って心臓が跳ね上がった。

でも、くるみは線香花火を最後まで使い切った事を「大会新記録で優勝だね」とか言って笑ってた。

ぼくは全身に冷や汗をかいてしまった。熱帯夜なのに・・・。

 

 

バーベキュー大会は終わりを迎えようとしていた。

ぼくら四人も花火を終えて集団に合流した。

広場中央で、志田先生が短距離に何か語っている。

同じように、ぼくら長距離は雪沢先輩の周りに集まった。

「よーし、集まったなー」

雪沢先輩は長距離チームを見渡してから大きめな声でそう言って、続けた。

「明日はいよいよ合宿最終日だ。朝練は軽めにやった後、いよいよ最後の難関、富士山登りをする。富士山の麓から五合目まで走って登る過酷な練習だから、今日はよく寝て明日に備えるように」

「富士山登りか。いよいよ来たな」

ぼくは思わずそうつぶやいた。すると牧野が「来たーーー!」とか叫んで失笑を買った。

ここでどういう訳か大石さんがぼくらに向かって話しだした。

「みんな今日まで疲れただろう」

大石さんは長距離チーム全員をゆっくりと見回した。

「たくさん走ったし、たくさん食べさせられたし、どうやらケンカもしたし」

雪沢先輩は「えっ」と声を出したが大石さんは話を続けた。

「でもね、どんなに疲れたって、どんなに辛くたって、運動部ってのは実力の世界。時にはリタイアもするし、時には後輩に負けたりもする」

大石さんはもう一度全員を見渡した。

「イラついたり、あきらめたりなんてカッコ悪い。遅くたって調子悪くたって、全力で取り組むのがカッコいいんだよ。最後、富士山。プライド捨てて全力で走ってきな」

言い終わると、またもコーヒールンバを歌いだした。

どうやら大石さんだけお酒を飲んだらしく酔っているらしい。

でも、酔っていたとしても大石さんの言葉は噛みしめた。

それはぼくだけじゃないだろう。

この言葉は明日の富士山登りに意外な展開をもたらすことになる。

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