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2008年9月 5日 (金)

空の下で57.合宿(その13)

合宿最終日。

ぼくら長距離チームは今回の最後の戦いの場に来ていた。

それはもちろん富士山の登山口だ。

登山口といってもキチンと舗装された道路で、五合目まで続いているらしい。

ぼくは目の前にそびえる富士山を見上げたが、どこが五合目なのかは全くわからないし、もちろん肉眼では見えない。

走るのは男子メンバーのみだ。

女子メンバーは志田先生の運転する車に乗り込んで、後ろからついてくるらしい。

スタートを前に雪沢先輩はメンバーをスタート地点に集合させた。

 

 

「それじゃあ、合宿最後の練習に入る。富士山登りだ」

雪沢先輩は富士山を指差した。

改めて見ると信じられない大きさだ。こんなの登るのか。

「みんな、この富士山登りは今までやってきた練習の中で一番辛いハズだ。昨日やった山中湖二周より距離は短いけど、辛さは上回る。なんつってもコースの99.9%は登りなわけだからな」

すかさずたくみが質問した。

「てことは0.1%下るとこがあるんですか」

「ある。12キロくらいのコースのうち、30メートルくらいかな」

「げえ・・・」

牧野が唸った。

気持ちはわかる。つまり大ざっぱに考えるなら11970メートルは登りだ。

雪沢先輩はそんなメンバーの空気を悟ってか、しんみりした口調になった。

「みんな、最終日までよく生き残ってくれた」

まあギリギリ生き残った感じもするけど。

「実は去年は12人参加して、この最終練習まで残ったのは6人しかいなかった。ケガや疲労で練習からリタイヤしたヤツもいたし、合宿から逃げたヤツもいた」

雪沢先輩は一瞬、遠くを見るような眼をしたが、すぐに元の眼に戻った。

「でも今年は全員が生き残った。これはスゴイと思う。ここまで生き残ったことを誇りに思ってくれていいと思う。

長距離は個人種目だけど、オレは今のメンバーはいいチームだと思う。このいいチームでこの富士山登りをやりとげよう。」

雪沢先輩は一気に言った。

言い終わった後、何人かが声を合わせて叫んだ。

「おう!!」

 

 

スタートの合図はいつも通り未華が出した。

「ヨーイ、スタート!!」

元気な未華の声で、ぼくらはスタートを切った。

まずは3キロにも及ぶ直線の登りだ。

この直線はゆるやかな登りという事だが、直線3キロというのは辛い。

なにしろ先が見える。

見えるのに先が長すぎてどこまで続いているのか、わからないほどの長さだ。

この二車線の道が富士山に吸い込まれていくように見える。

しかもそれが全部、登りなわけだ。

いつも通り雪沢先輩が先頭を走り、それにみんながついていく形で走っているのだが、さすがにスローなペースだ。

それなのにぼくはすぐに足が重く感じてきた。

足が重いので腕を大きく振ってムリヤリ前に進むようにする。

が、振りすぎて今度は腕が重くなってきた。

足も腕も重いので息が切れてくる。

やたら早く息切れしだしたので、そんなに進んだのかと思って後ろを振り向いたら、ちょっと遠くにスタート地点が見えた。

1キロくらいしか進んでない。

「こ、こんなにキツイの?」と心の中で叫んだ。

周りを見ると、メンバーみんな息を切らして走っている。

ぼくだけが調子悪いというわけじゃなさそうだ。それほどの登りなのだ。

ゆるやかな登りだなんてとんでもない!よく見ればかなりの上り坂だ。

その横を志田先生の運転する車がゴーという音をたててぼくらを追い抜いていった。

未華が窓から叫ぶ。

「3キロ地点で待ってるからねーー。ファイトーー!」

「ファイトー!」

くるみも叫んでいた。

その車でさえ、まるで高速道路を走るかのようなエンジン音をたてていた。

ハンパな登りではない、とエンジン音から直感する。

3キロという直線の長さで傾斜角度をゆるいと錯覚してたのだ。

そこから500メートルも走ると、早くも集団がバラバラになりかけてきた。

雪沢先輩・名高・穴川先輩・牧野の四人が固まったまま走るが、大山、剛塚、たくみの三人が同時に遅れだした。

ぼくはその三人より30秒ほど粘ったが、雪沢先輩たちの集団から遅れだした。

振り返ると、まだ直線の真ん中あたりだとわかった。

つまり1.5キロくらいしか走っていない。

「う、うそ・・・」

思わずそうつぶやいた。

こんな早く遅れるなんて・・・。くっそ!

再び腕を振るが息切れは激しくなる一方だ。

なんてキツさだ!甘く見てた!

先頭集団の四人の背中を必死で追いかけるが、徐々に背中が小さくなる。

だがその四人もバラけてきた。

雪沢先輩と名高の二人が前に出て、穴川先輩と牧野がその後ろについていった。

そう思うと、先頭の二人が突然、横に曲がった。

続いて穴川先輩と牧野も横に走った。

直線の終了だ。

もうここでゴールでいいんじゃないかと思うほど「やっとかよ」と感じた。

やや遅れてぼくも直線を抜けて横に曲がる。

曲がると同時にたくみに追いつかれた。

たくみの表情はすごかった。歯を食いしばっている。

それが面白い表情だったので吹き出しそうになったけどそんな余裕はない。

 

 

「ファイトー!!」「ファイトー!」「いっぱーつ!!」

未華とくるみの声が聞こえた。3キロ地点だ。志田先生のつまらないギャグも聞こえる。

まだ3キロ??

ここからは200メートルほど進んでは曲がり、また200メートルほど進んでは曲がる。

それが永延と続くと、昨日雪沢先輩に聞いていた。

そういえば雪沢先輩は他にも何か言っていた。

なんだっけ。走りながら昨日のことを思い出す。

昨日・・・。くるみの私服姿がかわいかった・・・。いや、そうじゃなくて。

あ、そうだ。思い出した。寝る前に雪沢先輩が言ってたんだった。

  

「直線が終わると登る角度がキツくなる。そこからが登りの本番だ」

 

その言葉を思い出して前を見ると、さっきまで以上の登りが目に飛び込んできた。

「う、うそでしょ・・・」

まるで壁だ。

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