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2008年9月 9日 (火)

空の下で58.合宿(その14)

3キロ地点を通過してからは登り傾斜角度がさらにキツくなった。

正直な話、こんなトコを走る必要あんのか?と考えた。

それほどの登りだ。

 

 

ほとんど歩くような早さしか出せないのに、ぼくは必死こいて走っていた。

前にいた連中はもう見えなくなっていた。

後ろにも誰も見えない。見えるのは真横に並んで走っているたくみ一人だ。

たくみは「フィー、フィー」と言いながら歯を食いしばって走っている。

歯を食いしばってるところなんか気合入ってる感じもするけど、そんなトコに体力使うくらいなら走る方に使ったほうがいいんじゃないか。

そんなぼくも息切れで声が出ていた。

たくみを振り切るためにスピードを上げるなんて余力は無い。

ただ登る。それだけだ。

 

 

しばらく走ると志田先生の車が前に止まっていた。

いつの間にかぼくらを抜き去って、給水ポイントを作っていたらしい。

長机が置かれていて、その上に紙コップが並んでいる。

「み、水、水ー」

ぼくはかすれた声でそう言いながら、紙コップを取り、中に入っていた透明な液体を飲み干した。アクエリアスだ。

すると給水ポイントにいた未華が笑いながら言った。

「砂漠で遭難してる人みたいじゃん!お。オアシスだー、みたいな」

ケラケラと笑うが、そんな冗談に付き合う余力はない。

すぐにまた登り始める。

一緒に走っていたたくみもアクエリアスを飲んで走り出した。

未華の横にいた、くるみが声を出す。

「英太くん、たくみくん、ファイトー!」

くるみの応援は何よりの力になる。

ん?そうだっけ?

まあいい、とにかく力が出てきた。前へ前へ進むだけだ。

 

 

しばらくはたくみと二人で登っていた。

ぼくもたくみを酷い顔をしている。その酷い顔が一瞬だけ笑顔になった。

下り坂が見えたのだ。

スタート以来ずっと登りだった道に、ついに現れた下り坂。

しかしまたすぐ酷い顔に戻った。

下り坂は50メートルもなかった。しかもその先には強烈な登り坂が見えていた。

「マジかよ・・・」

たくみが息切れしながらつぶやいた。

その時、ぼくは「チャンス!」と心でつぶやいた。

ぼくは下り坂を一気に全速力で駆け下りて、勢いそのまま登り坂を登った。

ぼくはずっと下り坂を待っていたのだ。

楽できるからじゃない。下りで勢いをつけて、走り自体にも勢いつけるためだ。

ぼくの卑怯なこの作戦は上手くいった。

ぼくは走りに勢いをつけることに成功して、ペースアップできた。

逆に、たくみは登り坂を見てあきらめかけたのか、ペースダウンしたようだ。

二人の差は少しづつ開いていった。

 

 

例の下り坂のあと、視界が一気に悪くなった。

さっきまで晴れていたのに、急に周りに霧がかかってきたのだ。

薄くなったり濃くなったりするものの、遠くまでは見えない状態が続いた。

山の天気は変わりやすい。

テレビで誰かがそう言っていたのを思い出す。

雨でも降るのだろうか。

霧はだんだんと濃くなっていく。

体には汗の他、この霧による水滴がついてきた。

体が冷えるかもしれない。急に体が冷えるのは良くないんじゃないだろうか。

そう思ったとき、後ろから足音が聞こえた。

振り返ってみるが、濃い霧のせいで人は見えない。

だけど、確実に聞こえる。人の足音、そして息使い。

かなり息切れしているけど、誰かが追ってきてるのがわかる。

霧に気をとられてペースダウンしてたのだろうか。

たくみに追いつかれつつあるらしい。

たくみと分かっていても、霧の中から聞こえる姿なき声は怖い。

ぼくは必死で前へ進んだ。

 

 

突然の事だった。

いきなり目の前に広大な青空が広がったのだ。

霧が吹っ飛んだのか、それとも霧のエリアを抜けたのか。

見えたのは青空と緑の森、そしてすぐ前方に穴川先輩の背中が見えた。

「あ!!」

追いつけそうな差だったので思わず声を上げてしまった。

穴川先輩はぎょっとした顔で振り向いた。

その顔はぼくを見た後、さらにぼくの後ろを見て驚愕していた。

穴川先輩は珍しく猛烈なペースアップをした。

何事かと思い、ぼくも後ろを見た。

後ろにはまだ少し霧がかかっていた。しかし、そこから一人飛び出してきた。

「たくみ・・・!!」

思わずそう言ったが、霧から飛び出してきたのは剛塚だった。

意外だった。

霧の中、追ってきていたのは剛塚だったわけだ。

これまで剛塚に追いつかれたとこなんて一度も無いのに。

その剛塚はいつになく必死な顔で追ってきていた。

やばい、追いつかれる。

そう思った時、残っていた周りの霧が全てなくなっていることに気づいた。

まるで剛塚が吹っ飛ばしたみたいだ。

「あ、あれ?」

霧が全て吹き飛んで見えたのは、青空だった。

どうやら今、崖の横を走っているらしく、遠くまで見晴らしがいい。

遠くの下の方には街並みや雲とかが見えた。

下に?

ぼくらの位置より下に雲が見えた。

そうか、さっきのは霧じゃなくて雲だったのか。

今、ぼくらは山を登り登って雲の上にまで来てしまったのだ。

下は雲。じゃあ上は?と思って見上げると、山の上の方にポツンと建物が見えた。

きっとあれがゴール地点だ。

ゴールは近い。穴川先輩を追って、剛塚に追われて、合宿最後のスパートだ。

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