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2008年9月16日 (火)

空の下で60.転向(その1)

夏というのはあっという間に通り過ぎていく。

毎日うるさかったセミの鳴き声も、気がつけば少しセミの数が減ってきているし、空に浮かぶ雲の形も、どこか秋を感じさせるものが多くなってきている。

 

 

この夏のぼくは走りっぱなしだった。

あの山中湖の合宿から帰ってきて、すぐに多摩選手権に出場をした。

ぼくの出たのは5000メートルだ。

 

 

自己ベストを更新する会心を走りをして予選を突破。

ところが進んだ決勝は、多摩地区だけの大会といえども早い連中が多くて、40人中30位という大して目立ちもしない結果に終わった。

同じ5000メートルに出場したのは名高と牧野。

名高は決勝で5位、牧野は23位だった。

名高は一年なのに5位ということで、いきなり注目の的となっていた。

次元の違う名高はいいとして、ここのところぼくは牧野に負けることが多くて、そのことの方が悔しかった。

 

 

雪沢先輩と穴川先輩は一万メートルに出場。

雪沢先輩は予選を突破し、決勝はまあまあというところ。

たくみは1500メートルに出場し、予選を突破して決勝では善戦していた。

善戦したのに、たくみは試合後に何か悩んでいた。

でもぼくはあまり気にとめてなかった。

 

 

そんな多摩選手権が終わると、陸上部もお盆休みになった。

ぼくの家族は特に旅行の計画とかは無かった。

そのかわり、単身赴任中の父親が家に帰ってきた。

ぼくの父の相原昇は果実酒のメーカーに勤めていて、ここ何年かは名古屋の方に単身赴任している。

一年のうち、お正月・ゴールデンウィーク・お盆・結婚記念日・年末だけに家に帰ってくるという生活だ。

あと数年で東京本社に帰ってくるという話が出ているらしく、そうなると給料も上がるので大型プラズマテレビでも買おうかなんて言ってるらしいけど、その前には地デジの時代に突入しちゃうかもだ。

そのお父さんには富士山五合目で買ってきた富士山の置物をプレゼントした。

「おおー英太、ありがとうな。名古屋のマンションに飾るよ」

お父さんはなんだか妙に嬉しそうにそう言ってくれた。

やっぱり息子にプレゼントもらうのは嬉しい事なんだろうか。 

 

 

「でもな英太。俺はお前が多摩境高校で陸上やることにはまだ不安があるよ」

お父さんがそう言いだしたのは、お盆休み三日目の夜の事だった。

ぼく・お父さん・お母さん・弟の四人で近所の盆踊りに行った帰りだ。

お母さんと弟の大介が先に家に帰り、ぼくはお父さんと二人でたこ焼きを食べながら家に向かって歩いていた時に、そう切り出された。

「え、なんで?」

そうとしか言えなかった。

なんでお父さんが陸上部をやることに不安があるのかが全くわからないからだ。

もしかしたら中学で吹奏楽をやっていたのに急に運動部に転向しちゃったのが、親としては気に入らないのかもしれない、そう思った。

「なんでって。英太、おまえ・・・多摩境高校の陸上部だぞ」

お父さんはたこ焼きを飲み込んでから少し嫌な顔をして言った。

どうやら転向うんぬんじゃなくて多摩境高校の陸上部ってのがネックらしい。

「なんで、不安なの」

何故、お父さんが多摩境高校の陸上部を嫌がるのかがわからなかった。

「ん。もしかしてお前、知らないのか。事件のこと」

「事件?」

事件という単語を聞いて、体にざわざわとした嫌な鳥肌が立った。

この鳥肌が立つのは久しぶりだ。

小学校の時に弟が車にはねられて骨折した時と、中学三年の時に好きな女子に彼氏がいると噂で聞いた時以来だ。

「そうか、知らないのか。じゃあ仕方ないな。まあお前には責任ないしな」

お父さんは次のたこ焼きにつまようじを刺した。

歩きながら話してるせいか、つまようじは妙な角度でたこ焼きに突っ立てられた。

「事件て何?」

ぼくは事件が気になった。

何か嫌な言葉だし、それにぼくも陸上部は過去に何かがあったんじゃないかと少し考えていたりもしたからだ。

「乱闘事件だよ。顧問の先生が近くの不良中学生グループと乱闘騒ぎを起こしたんだ」

「乱闘事件?顧問の先生が?」

志田先生?

「まあその先生は謹慎になったらしいけどな。半年間くらいだったかな。それに乱闘は不良中学生グループが先生に襲いかかったらしいけどな。事件は二月くらいだったからまだ謹慎中かもな」

だとすると志田先生じゃない。

そういえば以前、雪沢先輩に「長距離チームには顧問いないんですか」と聞いたら、なんとなく話題を避けられたことがあった。

乱闘事件の話をしたくなかったからなのか。

「ちょっと新聞にも載ってたからな。英太は知ってるのかと思ってたよ」

新聞なんかテレビ欄と四コマ漫画しか見ない。

「まあ入学前の話だしな。今の陸上部とは関係ないか。とにかく、やるならシッカリ走れ。中途半端は好きじゃない」

そこだけ力強く言って、またたこ焼きを頬張った。

 

 

今の時代、インターネットを使えば過去の事件くらい自宅で調べられてしまう。

お盆休みが終わって練習が再開されたころ、インターネットで調べてみると

「多摩境高校の陸上部顧問、地元中学生を殴る」という見出しのニュースが確かに存在した。

ただし扱いが小さいので事件の詳細はわからない。

ただ乱闘は中学生が仕掛けたもので、先生は応戦したということの様だ。

そして六ヶ月の謹慎と書いてある。

事件は今年の二月十九日の出来事。すると半年後というのは・・・

お盆明け、つまり今この時期ということになる。

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