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2008年9月23日 (火)

空の下で62.転向(その3)

結局たくみは中距離用のスパイクピンは買わなかった。

たくみ自体、まだ迷っているようだ。

ぼくとしては少しホッとした。

たくみが中距離をやりたいのは理解できるんだけど、急に仲間が減るのはなんだか寂しいし、心細い。

 

 

夏休み後半の練習もたくみは長距離に所属したまま参加していたし、誰かに「中距離やりたい」とか言うでもなかった。

でもやはり距離の長い練習の時は、みんなから遅れることが多かった。

ぼくらは気づいていなかったんだ。

たくみは入部した時から長い距離に弱かったことを。

ただ、あの頃はみんな実力が低すぎたから、たくみがレース後半で遅くなっても、みんなと変わらないタイムでゴールしていた。いや、むしろ早かった。

でも、五ヶ月練習してきてみんなが実力アップしたことで、たくみが長い距離だと遅れるようになってきたのだ。

たくみは明らかに長距離向きではないということだ。

それでもたくみは休むことなく部活に出てきていた。

一回だけ、練習帰りにぼくは聞いてみた。

「たくみ、中距離転向の話どうすんの」

「ん・・まだわかんない」

合宿から二週間。まだ答えは出てないようだ。

「でも九月には新人戦があるじゃん。どれに出るか早く決めた方がいいんじゃん?」

「ん・・・だな。親切じゃん英太」

「え?ま、まあ心配じゃん」

「ライバル減らそうって作戦じゃないだろうな?」

「そんなセコくない」

くだらない言い合いできるってことは、そんなに深刻に悩んでるわけじゃないのか。

それとも明るく振る舞っているだけか。

 

 

そうして気がつくと、日が落ちるのも少しづつ早くなり、夏休み最後の日となった。

中学までと違い、宿題が無いのが心から嬉しい。

 

 

夏休み最後の練習はキツいのかと思ってたら、60分ジョックと筋トレのみだった。

入部した頃はこのメニューも相当ハードに感じたものだけど、今となっては軽いメニューに感じる。

すっかり体育部員といった感じだ。ていうか陸上部員か。

筋トレまでこなすと雪沢先輩が長距離チームを部室に集合させた。

「よーし、集合したかー。ミーティングするぞー」

雪沢先輩は普段より気合いが入った掛声を出した。

「九月は一、二年生だけしか出れない新人戦があるからな。今週中にも出場種目を決めようと思う」

この大会は新人戦という名前なのに二年生も出れる。変な大会だと思う。

変なルールだからマニアックな大会なのかと思ってたら、ちゃんとした公式戦で、地区予選に始まり関東大会まであるという大きな大会らしい。

でも関東大会より上は無い。やっぱり変な大会だ。

「それで新人戦を前に、今頃で悪いんだけどこれまでの練習のタネ明かしをしていこうと思う。シッカリ聞いてくれ。」

タネ明かし?

みんなが「ナニソレ」って感じでざわついた。

そのざわめきをたたき切るかのような一言が雪沢先輩から放たれた。

「実は今まで、練習メニューを決めてたのはオレじゃない」

何人かが驚きで「えっ?」って、つぶやいた。

「まあオレが考えてたのもけっこうあるけど、半分以上はオレじゃない。前にいた顧問の先生がメニューを作って、それをオレが実行してたんだ」

「前にいた顧問?」

たくみが質問し、雪沢先輩は「そう」と言った。

顧問・・・。

ぼくは少し離れたところにいる、くるみの方を見た。

くるみはぼくを見てうなづいた。

あの時の・・・。

デビュー戦前にくるみとスタバ裏で「盗み見」した時に、何かメモを渡していた人・・・?

「おい、まさか・・・」

そう声に出したのはぼくではなく、剛塚だった。

「まさか顧問って、謹慎になったっつー・・・」

剛塚は他のみんなより驚いていた顔をしている。いつもより声がでかい。

驚いてるというより興奮している感じだ。

「あいつが練習メニューを作ってたのか?」

剛塚は雪沢先輩に掴みかかりそうな勢いだ。

その時だった。

部室の入り口の方向から声がした。聴きなれない声だった。

「あんまりよー、興奮すんな。剛塚」

みんな一斉にその声の方向を見る。

部室の入り口には、壁に片手をついて立っている大人の男性がいた。

見た瞬間バリバリと音をたてて、ぼくの記憶が甦る。

スタバ裏で見た人に違いない。

ポカンとするみんなを気にせずに剛塚は言った。

「サツキ・・・」

すると雪沢先輩はみんなに聞こえるように大きめの声で紹介した。

「そう、長距離チームの顧問の五月隆平先生だ。明日からまた練習を見てくれることになったからなー」

サツキ・リュウヘイ先生はみんなに向かって頭を下げた。

「長距離顧問の五月です。半年遅れてしまったけれど、よろしく」

 

 

この五月隆平先生の登場で、ぼくらの部活は新しく動き始めることになる。

そう、全てが新しく。今年最後の戦いへ向けて。

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