空の下で63.転向(その4)
九月に入り、真夏というより残暑の暑さが続いてた。
ぼくは九月というともう涼しいイメージがあるんだけど、やっぱりまだ暑いことは暑い。
ただ、夜は涼しかった。何故かというと関東地方は八月の終わり頃から、夕立ちで雷雨が降ることが多くなったからだと思う。
連日の雨で地面が冷え始めていた。
去年まではこんなに雷雨が多く降るとこはなかった。
最近は局地的な雷雨をゲリラ雷雨と言うらしい。
ぼくらの夏休みの練習は昼間だったので、夕方に起きるゲリラ雷雨の被害を受けることは無かったんだけれど、二学期が始まると授業の後に部活をするので、練習中にゲリラ雷雨に遭うことはありそうだ。
テレビのニュースでも、このゲリラ雷雨の話題が多い。
でもぼくらはゲリラ雷雨ではなく、「ゲリラ登場」した顧問のサツキ・リュウヘイ先生の話題で持ちきりとなっていた。
九月一日。
今日は初日ということもあって部活はない。
いきなり授業ということもなく、午前中のみで学校は終わりだ。
学校から多摩境駅までの帰り道、ぼくは牧野と吹奏楽部の日比谷と歩いていた。
「そーいや、剛塚のヤツ、大山にカバン持ちさせてなかったな」
牧野が興奮しぎみにそう言いだした。
「スッゲ、スッゲ。それってどういう風の吹きまわしなんだ?」
日比谷はされの上を行く興奮を見せている。
合宿以降、剛塚は大山にカバン持ちをあまりさせていなかった。
多分、合宿中にみんなで剛塚とモメたのがキッカケなんだと思うんだけれど、それでカバン持ちを辞める方向に進むとは意外だった。
最初のうち、大山はマヌケなことに剛塚に「今日はいいの?」なんて聞いてたりしてたみたいだけれど、最近はそういうやりとりもなくなった。
「剛塚ってのも根っからの不良じゃなかったのかもな。ホントはいいやつなのかも」
日比谷はお気楽にそんな事を言うのでぼくは反論した。
「でも大山は何年もカバンを持たされてたり、パシリに行かされてたり・・・」
「ラジバンダリ!」
牧野の意味不明なセリフでぼくの反論はかき消された。
ラジバンダリってのは流行りのギャグらしいんだけど、ぼくはお笑いには疎いのでちょっとイラッときた。なのに日比谷は爆笑していた。
そういや牧野と日比谷は中学の文化祭で、漫才でステージに立ったことがある。
「牧野と日比谷ってまだ漫才の練習とかしてんの?」
話題を変えてみた。
「そーいや、最近やってないな。日比谷が吹奏楽で忙しいって言うから」
「は?何言ってんだよ。牧野が陸上で忙しいって言ってるからだろが」
二人は駅までずっと言い合いしながら歩いてた。
多摩境駅からは三人とも京王線で上り電車に乗って帰るはずなんだけど、日比谷が下り電車に乗ると言い出した。
「悪い、今日は下り電車で橋本に行くよ」
「なんか用でもあるの?あ、まさかデートとかじゃねーだろな。くそ!」
デートなんて言ってないのに牧野は悔しそうに「くそ」なんて言い放つ。
「違うって。橋本にあるホールで十月に吹奏楽部の定期演奏会があるんだけど、それの舞台打ち合わせがあるんだよ。オレ、開場準備係だから・・・」
「なんだ、デートじゃないのか。しかもなんだ、やっぱり吹奏楽で忙しいんじゃん」
何故かホッとした表情の牧野。
「んじゃまた明日な」
日比谷はぼくらとは反対のホームに消えていった。
定期演奏会か。ちょっと興味あるな。暇だったら観にいこうかな。
ぼくと牧野は上りホームで電車が来るのを待った。
「なあ英太。あの新しい五月先生ってどんな感じなんだろな。厳しいのかな」
「どうなんだろうね。でもまだ若そうだよね。二十代後半って感じ?」
「そんくらいじゃない?でもなんかケンカ強そうだよな。腕とかすげーしまった筋肉だし。 太くはないけど力ありそうだよ」
ケンカかぁ。不良中学生にからまれて殴って撃退して謹慎になった先生だからな。
怖い先生だったらどうしよう。ちょっと不安がある。ぼくはスパルタは嫌だ。
「それにしてもさ。五月先生が来た時、紹介される前に剛塚はサツキって呼んだよな。しかも呼び捨てだし。知り合いなのかな」
牧野は疑問を口にした。
その疑問を聞いて、「もしかして」って思う事があったけど想像だけで話をするのは好きじゃないからぼくの推理を披露するのはやめといた。
「まあ明日にはわかるんじゃない?怖い先生か、そうじゃないか」
「それもそうだな」
今、考えても仕方ないしね。
翌日、二学期最初の部活があった。
練習着に着替えて校庭に集まる。
ウォーミングアップが終わると、校舎から五月先生が出てきて集合をかけた。
五月先生もちゃんとジャージとTシャツ姿で、どうやら一緒に走る気らしい。
「じゃあ今日からはオレ・・・いや、先生が練習を見ます。実はたまに練習をこっそり見てました。あと多摩川ロードレース大会も多摩選手権も観客席で試合を見てました。
だからみんなの走る特徴とかは知ってるつもりです。
でもみんなはオレ・・・いや、先生のことは知らないだろうから一緒に走って知ってもらおうと思ってます。
じゃあ今日からよろしく!まず今日は男子は80分ジョック、女子は60分ジョック。」
ダダーっと話し終えた五月先生はその後に、1キロ単位の走るタイムを設定した。
ぼくら男子は1キロを5分で走るように指示をした。
5分より早すぎても遅すぎてもダメだそうだ。
今までは雪沢先輩についていくという練習だったけれど、どうやら五月先生はタイム設定をして練習するみたいだ。
「残り10分になったら持てる力を振り絞ってスパートをかけること。それまでは1キロ5分を守る。ペースがゆっくりだから他の事にも気をつけてもらおうと思ってる。それは腕ふり。きちんと腕を振るように」
腕ふり?
ぼくはよくわからなかったが、雪沢先輩がうなづき、名高が「ほう」という顔をしたので、どうやら走りにちゃんと関係してくる事柄らしい。
「これからは雪沢に着いていく練習から、タイム設定する練習に転向していかなくちゃダメになるからなー。まずはそれを頭にしっかり入れてくれー」
なんだか楽しそうに笑いながら五月先生が言った。
どうやら怖い感じではなさそうだけど、新しいスタイルについていけるか。
まずはやってみてみないと。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント