空の下で64.転向(その5)
夏休みに比べて少しは涼しくなった多摩境の街を走る。
学校から小山内裏公園に入り、この公園内をひたすら走るというコースは
入部当時からしょっちゅう走っているコースだ。
今まではほとんど競争みたいな練習だったけど、今日は1キロ5分というタイムを設定して走る。
このタイム設定がキツイのか、楽なのかといえば楽だ。
入部当時なら話は別だけど、今のぼくらにとってはなんてことのないペースだった。
ぶっちゃけた話、少し雑談しながら走れるくらいのペースだ。
五月先生はぼくらと一緒に走っているが、集団の一番後ろについている。
そして後ろから「腕ふりー!」とか叫んだりする。
とにかく腕だけはしっかり振っていれば大丈夫な練習だ。
誰も遅れることなく走ってはいたけど、50分を過ぎると大山が遅れだした。
「コラー大山ー!オレ・・・いや、先生より先に遅れるなー!」
よく見ると五月先生はゼーゼーと荒い呼吸をしているし汗だくだ。
それでもシッカリとした足取りで走っている。
対して大山はめちゃくちゃなフォームで走りながら遅れて行った。
残り10分になり、1キロ5分ペースではなく、競争になった。
ここで前に出るのは名高と雪沢先輩なのは相変わらずだ。
それにぼく・牧野・穴川先輩が追って行き、剛塚が続く。
たくみはここで全くペースアップ出来ずに遅れた。
五月先生はというと、たくみと並走したようだ。
練習が終わると五月先生がぼくら一人一人に注意点を伝えた。
「まずは雪沢!」
雪沢先輩にも注意点があるのか。さすがは顧問なだけはある。
「もっと楽しそうに走れ」
「た、楽しそうに・・・ですか?」
さすがの雪沢先輩も困惑していた。
「そう。お前、リーダーとしての重圧もあるし、あとは駅伝が近いって気持ちからかな。なーーんかジビアに走りすぎだよ。走ることを楽しまなくちゃ」
なるほどー。
ん、それより駅伝ってなんだっけ?箱根?
「次に穴川。おまえは雪沢をもっと追わないと。後輩に抜かれそうになってから本気になったって遅すぎるよ。まあ本気になるようになっただけ進歩だけどな」
「あ、はい。すんません」
穴川先輩はボーズ頭を掻いた。
「名高」
一年生のエース、名高。態度デカイからたまには怒られてしまえ。なんて少し思う。
「おまえ、いいな。まだまだ伸びるから練習休むなよ」
あれ?注意点あんま無いじゃん。
「牧野、公園内のアップダウンが楽しそうだったな。そういや富士山も早かったらしいし。でもアップダウン無い道路で油断しすぎ。その辺ちゃんとやれ」
「ガーン!」
何故か叫んだ牧野。
「次に剛塚。おまえケンカ強いだけあって腕の筋肉すげーな。腕ふりもOKだよ。たまには相原とか牧野に追いつく気持ちで走ってみろ」
「ふん。」
剛塚は自分の腕をつかみながら五月先生を睨むように見ていた。
「それと大山。大山はねー。全部だめ。遅れるのはいいけど、遅れた時にもうあきらめてる。あきらめたら、そこで終わりだよってスラムダンクに描いてあった」
そんな昔のマンガ読まないし・・・。
「相原」
やばい。ぼくだ。何言われるかな。
「相原は腕ふりがダメだねー。それじゃ登りで遅れるよ。腕ふらないと足は動かないんだよ。まあ粘りがあって面白いけどね。相原は」
面白いって・・・。
「じゃあ今日はこれで解散!天野たくみはちょっと残るように」
五月先生のもとにたくみだけが残り、みんなは解散ということで着替えに向かった。
でもぼくは、なんだかたくみが気になって、一緒に残った。
それを見た五月先生は不思議そうにぼくを見た。
「どうした相原」
「い、いえ。たくみがどうしたんだろうと思って」
たくみがぼくを見て言う。
「英太。そんなにオレの心配しなくたっていいんだけど」
たくみはそう言うが、ぼくはやっぱり気になっていた。
「たくみさあ。せっかく今日は先生もいるんだし、相談してみたら」
「相談?」
五月先生はたくみの顔を覗き込んで言った。
「相談てなんだ?やっぱり長距離は向かなそうだって話か?」
「え・・・」
五月先生は見抜いていたのか。たくみが悩んでいることを。
「向かない・・・ですか?やっぱりオレは」
たくみはビックリした顔で五月先生に聞いた。
たくみお得意の質問なんだけど、この質問をするのは度胸がいるはずだ。
この質問で、五月先生は黙ってしまった。
二人は互いを見たまま固まる。
ややあって五月先生が仕方なくという感じで口を開いた。
「実は先生が君を呼び出した理由は、長距離を続けるかどうかという話題だ。つまりさ・・・さっきの質問と同じ内容だったって事だ」
たくみは下を向いた。
「前を向け」
五月先生は、たくみのアゴを手で持ち上げてムリヤリ前を向かせた。
その顔にズバリと聞いた。それは普段たくみがする質問のどれよりも鋭かった。
「天野、おまえ、長距離楽しいか?」
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