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2008年9月30日 (火)

空の下で64.転向(その5)

夏休みに比べて少しは涼しくなった多摩境の街を走る。

学校から小山内裏公園に入り、この公園内をひたすら走るというコースは

入部当時からしょっちゅう走っているコースだ。

今まではほとんど競争みたいな練習だったけど、今日は1キロ5分というタイムを設定して走る。

このタイム設定がキツイのか、楽なのかといえば楽だ。

入部当時なら話は別だけど、今のぼくらにとってはなんてことのないペースだった。

ぶっちゃけた話、少し雑談しながら走れるくらいのペースだ。

 

 

五月先生はぼくらと一緒に走っているが、集団の一番後ろについている。

そして後ろから「腕ふりー!」とか叫んだりする。

とにかく腕だけはしっかり振っていれば大丈夫な練習だ。

誰も遅れることなく走ってはいたけど、50分を過ぎると大山が遅れだした。

「コラー大山ー!オレ・・・いや、先生より先に遅れるなー!」

よく見ると五月先生はゼーゼーと荒い呼吸をしているし汗だくだ。

それでもシッカリとした足取りで走っている。

対して大山はめちゃくちゃなフォームで走りながら遅れて行った。

 

 

残り10分になり、1キロ5分ペースではなく、競争になった。

ここで前に出るのは名高と雪沢先輩なのは相変わらずだ。

それにぼく・牧野・穴川先輩が追って行き、剛塚が続く。

たくみはここで全くペースアップ出来ずに遅れた。

五月先生はというと、たくみと並走したようだ。

 

 

練習が終わると五月先生がぼくら一人一人に注意点を伝えた。

「まずは雪沢!」

雪沢先輩にも注意点があるのか。さすがは顧問なだけはある。

「もっと楽しそうに走れ」

「た、楽しそうに・・・ですか?」

さすがの雪沢先輩も困惑していた。

「そう。お前、リーダーとしての重圧もあるし、あとは駅伝が近いって気持ちからかな。なーーんかジビアに走りすぎだよ。走ることを楽しまなくちゃ」

なるほどー。

ん、それより駅伝ってなんだっけ?箱根?

「次に穴川。おまえは雪沢をもっと追わないと。後輩に抜かれそうになってから本気になったって遅すぎるよ。まあ本気になるようになっただけ進歩だけどな」

「あ、はい。すんません」

穴川先輩はボーズ頭を掻いた。

「名高」

一年生のエース、名高。態度デカイからたまには怒られてしまえ。なんて少し思う。

「おまえ、いいな。まだまだ伸びるから練習休むなよ」

あれ?注意点あんま無いじゃん。

「牧野、公園内のアップダウンが楽しそうだったな。そういや富士山も早かったらしいし。でもアップダウン無い道路で油断しすぎ。その辺ちゃんとやれ」

「ガーン!」

何故か叫んだ牧野。

「次に剛塚。おまえケンカ強いだけあって腕の筋肉すげーな。腕ふりもOKだよ。たまには相原とか牧野に追いつく気持ちで走ってみろ」

「ふん。」

剛塚は自分の腕をつかみながら五月先生を睨むように見ていた。

「それと大山。大山はねー。全部だめ。遅れるのはいいけど、遅れた時にもうあきらめてる。あきらめたら、そこで終わりだよってスラムダンクに描いてあった」

そんな昔のマンガ読まないし・・・。

「相原」

やばい。ぼくだ。何言われるかな。

「相原は腕ふりがダメだねー。それじゃ登りで遅れるよ。腕ふらないと足は動かないんだよ。まあ粘りがあって面白いけどね。相原は」

面白いって・・・。

「じゃあ今日はこれで解散!天野たくみはちょっと残るように」

 

 

五月先生のもとにたくみだけが残り、みんなは解散ということで着替えに向かった。

でもぼくは、なんだかたくみが気になって、一緒に残った。

それを見た五月先生は不思議そうにぼくを見た。

「どうした相原」

「い、いえ。たくみがどうしたんだろうと思って」

たくみがぼくを見て言う。

「英太。そんなにオレの心配しなくたっていいんだけど」

たくみはそう言うが、ぼくはやっぱり気になっていた。

「たくみさあ。せっかく今日は先生もいるんだし、相談してみたら」

「相談?」

五月先生はたくみの顔を覗き込んで言った。

「相談てなんだ?やっぱり長距離は向かなそうだって話か?」

「え・・・」

五月先生は見抜いていたのか。たくみが悩んでいることを。

「向かない・・・ですか?やっぱりオレは」

たくみはビックリした顔で五月先生に聞いた。

たくみお得意の質問なんだけど、この質問をするのは度胸がいるはずだ。

この質問で、五月先生は黙ってしまった。

二人は互いを見たまま固まる。

ややあって五月先生が仕方なくという感じで口を開いた。

「実は先生が君を呼び出した理由は、長距離を続けるかどうかという話題だ。つまりさ・・・さっきの質問と同じ内容だったって事だ」

たくみは下を向いた。

「前を向け」

五月先生は、たくみのアゴを手で持ち上げてムリヤリ前を向かせた。

その顔にズバリと聞いた。それは普段たくみがする質問のどれよりも鋭かった。

「天野、おまえ、長距離楽しいか?」

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