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2008年10月 3日 (金)

空の下で65.転向(その6)

静寂が辺りを包んだ。

心地良い静寂じゃあない。不安感のある静寂だ。

校庭のハジでぼくらはそういう空間に包まれていた。 

もちろんド田舎でもないので車の音や、他の部活の人の声とかが遠くで聞こえているんだけど、ぼくの耳には今、それは入ってきていない。

たくみと五月先生の声だけが聞こえていた。

 

「天野、おまえ、長距離楽しいか?」

 

五月先生のこの質問で、たくみは固まってしまった。

いや、きっとたくみの頭の中は固まってないのかもしれない。

いろんな事が頭の中でぐるぐると駆け巡っているような気がする。

それでも口から言葉は出てこない。そんな状態なんじゃないだろうか。

静寂を破ったのは、やはり五月先生だった。それも意外な展開だった。

「相原、おまえは楽しいの?長距離」

「え?!」

イキナリぼくが質問されたので大きな裏声が出てしまった。だ、ださい・・。

五月先生は思わず噴き出した。

「相原、おまえって体育部っぽくないよなー。そんなとこが面白いんだけどさ」

「あ、はあ・・・」

「で、どうなの?楽しくないのか?」

ぼくの答えは決まっている。

「楽しいです。ぼくは走るのがすっごい楽しいんです。みんなで走りあうのが」

この「答え」は前からぼくの中にあったものだ。

でも、いざ口に出してみると恥ずかしい気もする。

「そっか。相原は楽しいか。うん、それが一番だな」

そう言って五月先生は再びたくみを見た。

「天野、答えろ」

突然ドスの聞いた声を出した。

言われたのはたくみなのに、ぼくは5センチくらい飛び上がってしまった。

やっぱ怖い先生なのか?

と、思った瞬間、五月先生は「あ!」と声を出した。

「いや、ごめん。ついケンカ口調に・・・。いや、ホント、ごめん天野。メンゴ、メンゴ。マジで。学生の頃ケンカばっかしてて・・・ごめん~」

メンゴって何だ??

とにかく五月先生はたくみに頭を下げまくって謝ってた。

すると、その行動でたくみが笑い出した。

最初は少しだけ、その後すぐに大笑いしだした。

「ギャハハッハ!!」

ぼくと五月先生は驚いてお互いを見合ってしまった。

「ど、どうした?」

「い、いえ、先生。五月先生って意味わからん人だなーって」

意味わからんのはこっちだ。なんで大笑いしてんだ。

たくみの深刻な話題につきあってるってのに。

「でも先生。今のでなんだか吹っ切れました。言います。答えを」

たくみは笑顔を抑えて先生に向きなおした。

「今、オレは長距離やっていて楽しさを感じないわけじゃないです」

たくみはチラっとぼくを見た。

「そこにいる英太とか、牧野とか、先輩たちとか、春からずっと一緒にやってきた仲間と走るのは楽しいです。でも・・・中距離はもっと楽しくやれそうな気がして・・・・だから」

たくみは一度、息をついた。

ああ、言うんだな。そう思った。

「中距離がやりたいです」

 

 

その後、たくみと五月先生は色々と話し込んだ。

持久力をつけたくて長距離に入ったこと。

思ったよりも長距離に向かなくて悩んでいたこと。

致命的だったのは合宿でみんなについていけなかったこと。

たくみの悩みを聞いた上で五月先生は言った。

「本当にやりたんなら中距離に転向しようか。800メートルや1500メートルに」

「でもうちの学校は短距離と長距離しかないですけど・・・」

「だったら中距離チームを作ればいいだけだ。志田先生と相談する」

そう言ってその場を離れようとする五月先生に、たくみは言った。

「五月先生」

「ん?」

「あ・・・いや、その・・・・ありがとうございます」

たくみにしては素直な言葉だ。それを聞いた五月先生はニヤっと笑ってから 

「オレは普段よー」

と、五月先生は空を見上げてつぶやいた。

もう薄暗くなった空を。

「オレは普段よー。自分から動くことはしねぇ。でも自分の生徒のためなら、なんでもやってやんよ」

そして校舎の方へと歩いて行った。まるで不良みたいな口ぶりのセリフを残し。

 

 

部室に戻るともうみんな帰っていて、ぼくとたくみは二人で着替えた。

着替え終わって駅まで歩いて帰ってるとき、たくみがぼくに言った。

「英太、今日はサンキューな」

「え?お、おう!」

「英太がさ、ためらいもなく楽しいって宣言してるのを見てさ、オレも迷いがなくなったよ。やりたいことをやるべきだなーって」

「そ、そっかあ。じゃあ、少しは役に立てたってことかな」

「どうかなー。やっぱわかんないや」

「あ、なんだそれ急に!サンキューって言ったばっかなのに」

 

 

ぼくらは笑いながら暗くなった道を駅まで歩いた。

たくみは中距離に転向してしまう。専門分野は変わってしまう。

けどぼくらは仲間だ。一緒に走った仲間だ。笑いあえる仲間だ。

それは変わることはないんだ。

それがなんだか嬉しかった。

 

 

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