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2008年10月14日 (火)

空の下で.エース(その3)

『ただいまより女子3000メートル決勝を行います』

スピーカーからの放送が鳴り響いた。

女子の3000メートルは参加人数の関係で予選は無く、決勝のみとなる。

45名が参加して上位8人が都大会に進出となる。

多摩境高校からは大塚未華・若井くるみ・早川舞の三名が参加だ。

 

 

ぼくと牧野は多摩境高校の待機場所に戻って、みんなで応援のために見ていた。

五月先生が腕を組んでトラックを見つめている。

『位置について・・・』

45名が一斉に構える。

この一瞬、世界から音が消える。

そして炸裂音が響いた。

各校の選手たちが飛び出る。

集団のままぼくらの応援席の前を通過していった。

「ファイトー!!」「大塚ファイトー!!」「若井、早川ファイトー!!」

みんなが大声で応援する。

牧野はひときわ大きな声で叫んでいた。

「大塚ファイトオオオオーーーー!!!」

未華の事が好きなのはわかってるけど、あからさまに未華だけに声援を送ってた。

 

 

1キロを過ぎたあたりで集団は完全にバラバラになった。

早川舞は集団から遅れた。というより最初からゆっくりとしたペースを守って走ってる。

「あいつは健康のために走ってるだけだからな」

五月先生はあきらめ半分な感じでそう言った。

くるみは第二集団について走っている。17、18番くらいだろうか。

「おい、英太」

牧野がぼくの横に寄って来た。

「英太、おまえもっと若井くるみを応援してやれよ」

「は、はあ?な、なんでだよ」

「好きなんだろ」

「す・・・??」

ぼくは「す」の口の形のまま固まってしまった。

するとちょっと離れたところで見ていた名高が冷たく言った。

「なんだ英太、牧野にキスでも迫ってるのか?へえ、そういう趣味なんだ・・・」

「違うよ!!」

ぼくがそう叫ぶと、名高は「おーこわ」と言ってぼくらから離れた。

頭が混乱してる。

牧野が意味わかんないこと言うからだ。

「ま、牧野さあ。ぼくはくるみの事なんか別に好きってわけじゃないってば・・・」

「へーえ」

牧野はニヤニヤしてる。嫌な顔だ。

と、思ったら急に真顔になって叫んだ。

「大塚ファイトオオオオーー!!」

未華が先頭集団にくらいついて走り去って行った。

続いて、少し離れて第二集団が来る。

「ほら、英太。くるみが来たぞ、応援しろって」

「え、ああ・・・うん」

くるみはだいぶ苦しそうな表情で走っている。がんばれ、がんばれ!

「くるみ、頑張れ!」

すごく小さな声でぼくはそう言った。

でも心は込めた。

「なんじゃそれ、聞こえないって」

牧野はまたニヤニヤ笑ってる。ああ、ホントに嫌な顔だ。

「英太、次にくるみが来たら、好きだーって叫んだら?」

「そんなこと言えるか!!」

すごいデカイ声が出てしまい、ほかの部員がこっちをチラッと見た。

「うわ、びっくらこいた・・・。まあいいか、とにかく応援しようぜ」

牧野も視線に気づいたらしく応援に集中した。

 

 

試合は未華が11位、くるみが28位、早川は44位でブービーだった。

一番成績の良かった未華が悔しさからか泣いていた。

あと少しで都大会進出という悔しさだ。

牧野はそれを見てもらい泣きしそうになって、ぼくにつぶやいた。

「応援しかできないんだよな・・・オレは」

「それだけでいいんじゃん?」

「ああ。でもいつか未華の力になってやりたいんだよね」

牧野は真剣な表情でそう言った。

ぼくだって。

ぼくだって、くるみの力になれるものなら・・・なってみたい。

 

「好きなんだろ?」

 

さっきの牧野の言葉がやけに心に残った。

それをちゃんと意識して考えたことが無かった。

そんな事を考えていると、ぼくの出番が近付いてきた。

男子5000メートル決勝。(これも予選は無い)

雪沢先輩と名高というエースクラスと一緒に走る、新人戦という舞台。

満足行くまで走りぬいてやる。

 

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