空の下で.エース(その3)
『ただいまより女子3000メートル決勝を行います』
スピーカーからの放送が鳴り響いた。
女子の3000メートルは参加人数の関係で予選は無く、決勝のみとなる。
45名が参加して上位8人が都大会に進出となる。
多摩境高校からは大塚未華・若井くるみ・早川舞の三名が参加だ。
ぼくと牧野は多摩境高校の待機場所に戻って、みんなで応援のために見ていた。
五月先生が腕を組んでトラックを見つめている。
『位置について・・・』
45名が一斉に構える。
この一瞬、世界から音が消える。
そして炸裂音が響いた。
各校の選手たちが飛び出る。
集団のままぼくらの応援席の前を通過していった。
「ファイトー!!」「大塚ファイトー!!」「若井、早川ファイトー!!」
みんなが大声で応援する。
牧野はひときわ大きな声で叫んでいた。
「大塚ファイトオオオオーーーー!!!」
未華の事が好きなのはわかってるけど、あからさまに未華だけに声援を送ってた。
1キロを過ぎたあたりで集団は完全にバラバラになった。
早川舞は集団から遅れた。というより最初からゆっくりとしたペースを守って走ってる。
「あいつは健康のために走ってるだけだからな」
五月先生はあきらめ半分な感じでそう言った。
くるみは第二集団について走っている。17、18番くらいだろうか。
「おい、英太」
牧野がぼくの横に寄って来た。
「英太、おまえもっと若井くるみを応援してやれよ」
「は、はあ?な、なんでだよ」
「好きなんだろ」
「す・・・??」
ぼくは「す」の口の形のまま固まってしまった。
するとちょっと離れたところで見ていた名高が冷たく言った。
「なんだ英太、牧野にキスでも迫ってるのか?へえ、そういう趣味なんだ・・・」
「違うよ!!」
ぼくがそう叫ぶと、名高は「おーこわ」と言ってぼくらから離れた。
頭が混乱してる。
牧野が意味わかんないこと言うからだ。
「ま、牧野さあ。ぼくはくるみの事なんか別に好きってわけじゃないってば・・・」
「へーえ」
牧野はニヤニヤしてる。嫌な顔だ。
と、思ったら急に真顔になって叫んだ。
「大塚ファイトオオオオーー!!」
未華が先頭集団にくらいついて走り去って行った。
続いて、少し離れて第二集団が来る。
「ほら、英太。くるみが来たぞ、応援しろって」
「え、ああ・・・うん」
くるみはだいぶ苦しそうな表情で走っている。がんばれ、がんばれ!
「くるみ、頑張れ!」
すごく小さな声でぼくはそう言った。
でも心は込めた。
「なんじゃそれ、聞こえないって」
牧野はまたニヤニヤ笑ってる。ああ、ホントに嫌な顔だ。
「英太、次にくるみが来たら、好きだーって叫んだら?」
「そんなこと言えるか!!」
すごいデカイ声が出てしまい、ほかの部員がこっちをチラッと見た。
「うわ、びっくらこいた・・・。まあいいか、とにかく応援しようぜ」
牧野も視線に気づいたらしく応援に集中した。
試合は未華が11位、くるみが28位、早川は44位でブービーだった。
一番成績の良かった未華が悔しさからか泣いていた。
あと少しで都大会進出という悔しさだ。
牧野はそれを見てもらい泣きしそうになって、ぼくにつぶやいた。
「応援しかできないんだよな・・・オレは」
「それだけでいいんじゃん?」
「ああ。でもいつか未華の力になってやりたいんだよね」
牧野は真剣な表情でそう言った。
ぼくだって。
ぼくだって、くるみの力になれるものなら・・・なってみたい。
「好きなんだろ?」
さっきの牧野の言葉がやけに心に残った。
それをちゃんと意識して考えたことが無かった。
そんな事を考えていると、ぼくの出番が近付いてきた。
男子5000メートル決勝。(これも予選は無い)
雪沢先輩と名高というエースクラスと一緒に走る、新人戦という舞台。
満足行くまで走りぬいてやる。
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