空の下で.エース(その7)
十月に入り、ぼくの住む東京の八王子ではキンモクセイの香りが感じられた。
このキンモクセイの香りに気づくと、秋も本番だなあなんて思う。
この時期、母親が作ってくれる料理の中では栗ゴハンが一番好きだ。
あの、ほのかに甘い栗がゴハンに入ってると思うとテンション上がりまくりだ。
でも今日はサンマだ。
「ホラ、英太。旬のサンマよ」
サンマに醤油をちょっと垂らして食べる。
「おいしい!」
思わず叫ぶ。
やっぱり秋は食欲の秋だね!
芸術の秋、なんて言葉もある。
ぼくは基本的に「食欲の秋」派だ。
「読書の秋」とか「芸術の秋」だなんてのは好きじゃない。
でも今日だけは「芸術の秋」に近い行動をとっているのかもしれない。
何故なら日比谷が所属する吹奏楽部の定期演奏会を観るために、橋本という街にある市民ホールに向かっているからだ。
市民ホールのロビーに着くと、受付に何故かくるみと早川舞がいた。
「あれ?英太くん?」
くるみは驚いた声を出したけど、驚いたのはこっちの方だ。
「く、くるみ?な、なななんで受付やってんの?」
会う予定のない時に、くるみに遭遇するといっつも上手く話せない。動揺する。
するとくるみは笑った。
「今日はね、クラスの子に吹奏楽部の子がいて手伝い頼まれたの。それにしても今の、『な』が多かったねー」
ぼくはめっちゃ恥ずかしくなった。
それを見た早川舞は冷たい声でつぶやいた。
「プログラムもらったら早く進んで。受付が混むから」
「あ、ごめん」
ぼくはプログラムをくるみにもらって客席へと向かった。
それにしても、早川舞ってのは何なんだろう。
女子の長距離は、若井くるみ・大塚未華・早川舞の三人だけなんだけど、くるみと未華が一生懸命やっているのに、早川舞だけは「健康のため」とか言って早くなるつもりもなければ、逆に退部する気配もない。
ただ淡々と練習に参加しているだけだ。
ぼくらみたいに熱くなる方が珍しいタイプなんだろうか・・・。
ロビーから客席に入り、どこかいい席が空いてないかとキョロキョロしていると、真ん中辺の席で手を振ってるヤツがいることに気付いた。
それは大山だった。
ぼくは大山の隣の席に座った。
「大山じゃん。どうしてここに?」
「ボクは友達がパーカッションやってて・・・観に来いって言うから・・・」
大山がモジモジしながら言った。
「へえ、友達が。パーカスやってんだ」
「と、友達だよ! ほ、ホントに」
「え? あ、ああ」
大山が急に大きめの声を出したのでビックリした。
「それより英太くんこそなんでここに? ああ、そうか日比谷くんが出るからか」
「そうなんだよ。日比谷とは中学で一緒に吹奏楽やってた仲だからさあ」
ぼくはちょっと面倒くさそうに言ってみた。
日比谷と仲良しってイメージ持たれるとアホっぽいから。
開演時間になり、客席が暗くなる。
薄暗いままの舞台に吹奏楽部のメンバーが入ってきて、それぞれの位置に座る。
そのままチューニングが始まる。
「ね、ねえ英太くん。今何してんのコレ」
大山が小声で聞いてきた。
「チューニングだよ。演奏の直前に、みんなの音を合わせるの」
「へえ」
「チューニング・・・懐かしいな」
ぼくと大山の小声での会話が終わったころ、チューニングも終わり舞台が明るくなった。
明るくなると同時に指揮者の女性の先生が舞台に入ってくる。あれは確か、立花とかいう先生だ。かわいくて生徒からも人気だ。
立花先生の合図で吹奏楽部のメンバーが全員立ち上がる。
ここでぼくら観客は拍手を送った。
舞台上をよく見まわすと日比谷を発見した。
あいつ・・・笑ってやがる。
演奏会は二部構成だった。
第一部ではクラシック音楽をキッチリと聴かせた。
といっても発足して3年の多摩境高校だ。そんなに巧い訳ではない。
でも、ぼくの中学とは違い真剣にやってるオーラは伝わってきた。
第二部ではジブリ映画の曲や、最近のヒット曲を吹奏楽にアレンジした曲をやった。
途中、パーカッションの女の子のソロがあったのだが、この時、大山は目を輝かせてパーカッションの子を見ていた。
ははあ・・・そういう事か・・・と思う。
ラストは、ありがちだけどロック調にアレンジされた「ソーラン節」だった。
ここでは祭りの羽織を着た一年生が客席に降りてきて踊っていた。
舞台と客席が一体になり、大盛り上がりを見せて演奏会は終演した。
終始、楽しそうに演奏している日比谷を観て、何故だかぼくは涙ぐんだ。
ホールを出たところで大山が言った。
「みんな楽しそうだったね」
「そうだね。なんだか感動しちゃったよ」
「ボクもだよ。なんかやる気出てきた」
「やる気って?」
「うーん。なんていうか。ホラ、最近は雪沢先輩とか名高くんとかエース争いが熾烈になっててさ。ボクみたいなビリッケツなやつが走ってても、しょうがないんじゃないかなーなんて思ってたんだけどさ」
知らなかった。大山って、そんな事で悩んでたりしたんだ。
「でも今日の演奏会観てたらさ。ソロとか吹かない人たちも地味な楽器の人たちもみんな頑張ってて・・・ボクも地味ながら頑張ろうかなって。出来たらエース争いにも加わりたいけど」
「え、エース争いに??」
「うん、いつか・・・ね!そんな気持ちで頑張ろうかなって」
大山は満面の笑みでそう言いのけた。
すごい。
ぼくはそこまで高い目標を持ってなかった。
いつかエース争いに・・・か。
ぼくの心にまた少し新しい風が吹いた。
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