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2008年10月24日 (金)

空の下で.エース(その6)

「公式記録出たよー」

未華が大声出しながら、公式記録をメモして多摩境高校の待機場所に戻ってきた。

「英太くんはね。おーー、すごい。公式タイムは17分59秒だよ。チョーギリギリだよ。これってある意味すごいよね。順位は33位」

17分59秒か。58秒かと思ってたけど。確かにある意味すごい。

「なんか時限爆弾をギリギリで止めたって感じだね」

くるみがよくわからない事を言う。

五月先生は満足そうだ。

「相原は17分59秒か。ベスト記録を16秒更新だな。いい感じだぞ」

でも内村には負けた。

それだけは悔しい。いつか絶対に勝ってやる。

未華が気を取り直して、他の公式記録を読む。

「それでね。えーと、雪沢先輩は10位。名高くんが9位」

「え?!」

ぼくだけ驚いた声を出してしまった。

名高が雪沢先輩に勝ったの?

ぼくだけ知らなかった。みんなは観戦していたから当然知っていたんだけど。

雪沢先輩はちょっと複雑な表情はしたものの名高に言った。

「早いな。名高。負けたよ」

その声にはやっぱり悔しさが感じ取れた。

すると名高はまたも心臓に悪い発言をした。

「これで、多摩境高校のエースは、オレってことでいいですよね」

場がシンとした。

それでも名高は続ける。

「秋の駅伝大会。エースが走る、花の一区はオレってことになりませんか?」

また駅伝の話題だ。

五月先生はちょっと考えてから答えた。

「そうだな。今までは雪沢がエース区間の一区と思って考えてたけど。雪沢か名高か。考えておかないといけないな」

言われて雪沢先輩と名高の顔が引き締まった。

どうやら、ぼくの知らないうちにエース争いが始まっていたらしい。

 

 

大会は全日程を終え、多摩境高校のメンバーもその場で解散となった。

ぼくは牧野と二人で競技場から最寄の南大沢駅へと向かって歩いていた。

「いやー英太。18分切ったな」

「やっとだよ。でも内村に負けたのが悔しくてさ」

「内村?内村って、あの中学ん時の?」

「そう内村一志」

「内村か。英太、おまえアイツ嫌いなんじゃないの?」

ぼくは考えるまでもなく答えた。

「嫌いだよ」

「だよな。内村のせいで長谷川さんにフラれたような感じもあったもんな」

「ちょ・・・牧野・・・長谷川さんて単語使わないでよ・・・なんか切ない」

「いいじゃん。昔のことだろ。それに今は、くるみがいるじゃん」

「は?え?ナニソレ。関係ないじゃん、くるみは」

また裏返りそうな声で反論していると、後ろから声をかけられた。

「私がどうかしたの?」

心臓が跳ね上がった!

どっか遠くまで心臓が跳んでいったかと思うくらいだ。

振り返ると、くるみと未華が不思議そうな顔してた。

「なんか私の名前使ってなかった?」

くるみが疑いの目つきでぼくを見る。

「え?? い、いや・・・く、くるみも未華も今日は頑張ってたなあって話をさ・・・」

「ふーん。まあ悪口じゃないならいいけどね」

そう言ってくるみは笑った。

なんとか切り抜けたみたいだけど、心臓がまだドキドキしたままだ。

「ああ?そうなの?へえ・・・今まで気がつかなかったなー。これは面白い展開だね」

未華がイキナリ意味わからんことを言い出した。

「え?なに?未華」

「いや、なんでもないよ英太くん。それよりさ、ちょっと四人でお茶してかない?」

「お茶?」

「そう!まーお茶って言ってもお店とかに行くんじゃなくってさ。あたしとくるみがよく行く特別な場所に連れていってあげようかなと思って。どっかその辺の自販でコーヒーとか買ってきなよ」

なんだか少し命令口調だけれど、ぼくらは未華の誘いに乗って「お茶」しに行くことにした。

 

 

未華とくるみが連れてきてくれたのは駅から少し離れた所にある小高い丘だった。

近くには公園があり、家族連れがブランコや砂場で遊んでいる。

ぼくらは、その公園を抜けて、丘を上へと登った。

 

 

丘の一番上にはいくつかベンチがあり、ぼくらは大きな横長のベンチに横一列に並んで4人して座った。

「おおー、なんだか雰囲気いい丘だね」

牧野は喜んだ声を出した。

「でしょー?」

褒められてテンションが上がる未華。普段でもテンション高いけど。

ベンチからは南大沢の街が一望できた。

ぼくらはそこで、今日の大会の事とか中間テストの事とかを話した。

 

 

話に夢中になっていると、空がだんだんと茜色に染まってきた。

丘から見える街も夕日に染まっていき、少しずつ建物に明かりが灯されていく。

「ここから見える家、みんな誰かが暮らしてるんだね」

当たり前の事をくるみが言い、ぼくは答えた。

「そうだよね。みんな、何か悩んだり苦労したりしながら暮らしてるのかな」

そう言うと、少しの間、静寂が訪れた。

近くにある電灯が点灯したところで、未華が言った。

「悩みといえばさ・・・・。エース争いはどうなるんだろうね」

誰も答えは持っていなかった。

でも牧野は夕日の方を見ながらつぶやいた。

「誰でもいいんじゃないの。誰がなってもオレらはオレらだし」

なんだかよくわからないセリフだけれど、ぼくは「そうだね」と答えた。

秋の夕方は肌寒い。

ついこないだまでは暑い日々だったのが嘘のようだ。

季節の移り変わりとともに、ぼくらにはまた新しい展開が待っているのだろうか。

 

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