空の下で.エース(その4)
「集まれー」
五月先生がのんきな声で呼びかけた。
呼ばれたのは5000メートルに出場するぼく・雪沢先輩・名高だ。
「気合入れすぎないで行ってこい。以上」
え?それだけ?
ポカンとする三人をほったらかして五月先生は芝生席に腰をおろした。
「何してんだよ。アドバイスは今しただろ。行ってこい」
「あ、は、はい」
気合入れすぎないで・・・・か。
確かに、たくみや未華の走りを見てテンション上がりすぎてた気もする。
ここは少し冷静になっておかないと。
時間が近付き、三人で競技場へ降りた。
初めて立つ上柚木陸上競技場。
観客席にいるのとは大して景色は変わらないハズなのに、感じる空気が全然違う。
360度、全方位から見られてる。そんな感じだ。
「怖いね」
ぼくが名高にそう言うと、名高がシラッと答えた。
「え?何が?」
「だからさ、なんか観客の視線ていうか・・・」
「バーカ。英太、おまえよく見てみろよ周りを」
「え?」
「誰もお前なんかを集中して見てねーよ」
「あ・・・」
そりゃそうだ。言われるまで気づかなかった。
まるでみんなから見られてる感じになってただけだ。
名高に冷たく言われて、ちょっと怖さが消えた。
「もし、みんなから集中して見られてるヤツがいるとすれば・・・アイツだ」
名高が近くにいた朱色のユニフォームの男を指差した。
背中には白字で「HAZAKURA」と書かれている。
「はざ・・くら?葉桜高校?」
「そうだよ。葉桜高校の秋津伸吾だ」
「秋津伸吾・・・」
聞いたことがある。
別に陸上の強豪でもない葉桜高校に入学してきた一年生、秋津伸吾。
中学の時、大活躍した有名選手らしい。
夏の多摩選手権で一年生ながら10000メートルを制して話題になった。
「まあ、いつかはオレが倒すけどな」
名高はサラリとそう言った。
しかし目つきは鋭かった。
「その前に・・・」
名高は雪沢先輩を見た。
「多摩境高校のエースにならないとな」
ドキッとした。
名高は雪沢先輩に真剣に勝負を挑むつもりらしい。
公式戦での直接対決。
ぼくは・・・これじゃ脇役か??
そう思った時、横から選手に声をかけられた。
「あれ?相原じゃん?相原英太」
甲高い男の声。
聞いた瞬間、嫌な感じがした。
声の方向を見ると、さっきの秋津伸吾と同じく葉桜高校のユニフォームを着た男がぼくを見ながらニヤニヤしていた。
「内村・・・」
中学の時に同じクラスだった内村一志というヤツだった。
「おほっ!やっぱ相原かよー。オマエ、陸上やってんのかよ。吹奏楽はどうしたんだよ。体力勝負な競技なんかオマエに出来るワケ?!」
甲高い声で一気に話す内村。
ぼくはコイツが嫌いだった。
中学の時、クラスメイトの長谷川さんというコに片思いしてたことがコイツにバレてしまい、コイツはなんと、ぼくの好きだった人に「相原ってオマエの事が好きらしいぜー」とか言いやがったヤツだ。
「お?どうしたよ相原。なんか険しい顔してるぜー。リラックスしろよ」
相変わらず、ムカツク。
確か、内村は中学でも陸上部だったけど・・・そんなに早くはなかったハズだ。
「内村・・・。ベストタイムいくつ?」
「はあ?5000の?17分40秒かな。お前は?もっと遅いの?そりゃそうか」
怒りがこみ上げてきたけど、なんとか我慢して言い返してやった。
「18分15秒だけど・・・・今日はおまえに勝つよ」
「おほっ!ナニソレ?勝利宣言てやつ?熱いねー。ま、いいよ。実力差を思い知らせてやるから。葉桜高校が秋津だけだと思われてもヤだしね」
ニヤニヤしながら内村一志はぼくから離れていった。
絶対、負けない。
『それでは男子5000メートル、決勝を行います』
アナウンスが流れ、5000メートル出場者の60人が集まった。
都大会に進めるのは8名。
しかもタイムが18分を超えると試合が終了してしまう。
18分でゴールできなかった選手はリタイヤ扱いだ。
ぼくのベストタイムは18分15秒。ゴールが目標だ。
『位置について・・・』
動き回っていた選手たちがピタッと止まり、静寂が流れる。
まるで時間まで止まってしまったかのような数秒間。
右を見ると雪沢先輩がいた。前方を睨んでいる。
左には名高。目を閉じている。
『よーい・・・』
さらに静かになる。静寂が痛い。
集中、集中。
絶対18分以内でゴールしてやる。
・・・・・気合入れすぎないように・・・・・
五月先生の声が頭に響いた。意味がわからん。気合は入れていく!
できれば・・・いけるところまで雪沢先輩と名高についていく!
そして、内村一志には絶対に勝つ。
パン!!
炸裂音とともに5000メートルの戦いが始まった。
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