空の下で.エース(その2)
新人戦・地区予選大会。
この新人戦というのは前にも言ったけど変わった大会だ。
ちゃんとした公式戦で、この地区予選大会に始まり、勝てば都大会へと進める。
新人戦というが一年生だけではなく二年生までが出れるというのが、ちょっとよくわからないルールだ。
それともう一つ。各学校からは、「一種目につき三名まで」というルールがある。
そして長距離チームとして参加できそうなのは男子は5000メートル、女子は3000メートルだ。
女子は元々、大塚美華・若井くるみ・早川舞という三人しかいないので三人とも3000メートルに出る。
ところが男子は七人の侍が・・・いや七人の選手がいて、出れるのは三人だけな訳だ。
出場を巡っては夏の終わりに5000メートルのタイムトライアルで決めた。
結果は、一位・雪沢先輩、二位・名高、
そして三位にぼくが入った。
ゴール直前までは三位は牧野だったんだけど、ラストスパートで牧野が足をつり、歩いてしまい、ぼくが三位に入った。
その日、帰り道で牧野はぼくに言った。
「英太、オレに勝って出るんだから、ちゃんと活躍しろよな」
牧野の目は赤く充血していた。
ぼくは思わず目をそらしたけど、すぐに答えた。
「絶対ガンバル」
なんてチープな宣言だろう。でも他に言うことも思いつかなかった。
そうしてやってきたのがこの新人戦・地区予選会だ。
場所は八王子市の南大沢というところにある上柚木陸上競技場だ。
今年の春、ぼくが初めて陸上の大会を見た、思い出の会場だ。
あの時は雪沢先輩の応援をして喉を枯らした。
応援する側だったぼくが、応援される側になり、ちょっと恥ずかしい気もする。
でもぼくに負けて新人戦に出れなかった穴川先輩や牧野・剛塚・大山の気持ちに応えるためにも張り切っていこうと思う。
「英太ー!そろそろたくみの1500メートルが始まるぞー!」
競技場の芝生席でストレッチをしていると牧野がそう叫びながら走ってきた。
牧野は完全に観客気分だ。・・・と思う。それとも出れない悔しさがまだあるのか。
「なにボケっとしてんだよ英太。たくみの出番だって言ってるだろ。ちゃんと応援しようぜ!」
「う、うん。ごめん」
そうだ。応援しなくちゃ。たくみの中距離デビュー戦だ。
芝生席からトラックの方を見ると、1500メートルの選手たちがスタート地点で跳ねたり屈伸したりするのが見える。
会場のスピーカーからアナウンスが聞こえる。
『それでは男子1500メートル、予選第一組です』
するとピストルを持った男が、ピストルを上に構える。
『よーい・・・』
一斉に構える選手たち。
乾いた炸裂音が会場に響いた。
30人くらいの選手たちがドドドーっと前に出る。
1500メートルはスタートしてすぐのポジション取りが激しい。
たくみはどの辺だ?
「英太!たくみのヤツ、バカなことしてるよ!」
牧野がなんだかすごい嬉しそうな声でそう言った。
「ほ、ホントだ。あいつ・・・バカだね」
ぼくも思わず笑いながらそう言った。
だって、たくみのヤツ・・・先頭で走ってるからだ。
公式戦だってのに、たくみはいつものように前半でぶっ飛ばして行くらしい。
信じられないスピードでぐいぐいと前に出た。
「たくみー!!かっけーぞー!!」
ぼくらの前を通過する時、牧野がそう叫んだ。
するとたくみはバカなことに、ぼくらに向って親指を立ててグーサインをした。
「たくみ・・・バカだよあいつ」
牧野が何故か泣き笑いしながらつぶやいた。
「でも・・・楽しそうだね」
ぼくはそう言った。だってホントに楽しそうだったから。
それを見たぼくもなんだか楽しくなってきた。
たくみはというと、600メートルくらいまでは一位で走ってたけど途中からスピードダウンして、最後は8位でゴールした。
決勝には6位までしか行けないから予選敗退ということだけど、たくみは満足そうな顔でゴールして倒れた。
記録は自己ベストタイムだったらしい。
公式戦という大舞台で、たくみはいつものスタイルを突き通し、さらに記録まで出した。
「すげえ・・・」
牧野は驚いてつぶやいていた。
「すげえよ、あいつ・・・。マジかっけー」
たくみの爆走はぼくらの中に何かを残してくれた。
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