空の下で.嵐(その5)
「わあああ!!」
くるみの悲鳴が上がった。
穴川先輩が安西に殴りかかる。
「穴川先輩!ストップ!!」
強風の音、悲鳴、ぼくの叫び声、枯れ葉が吹き飛ぶ音、全て一瞬止まった。
穴川先輩の動きも止まった。
いや、止められた。
名高が後からしがみついて止めたのだ。
「ヤバイっすよ!殴るのは!絶対ヤバイ!問題になりますって!」
「放せ名高!雪沢がケガさせられたかもしれねーんだ!放せ!」
すると安西は高笑いをした。
「ギャハハ!バカじゃねーの?殴りかかってきたって、オレはやられねーよ」
安西は再び剛塚の方を見た。
そしてもう一人の男子学生が穴川先輩ににじみよっていく。
それを見て剛塚はぼくに言った。
「相原、お前は若井を連れて駅前まで逃げろ。そんで一応警察呼んで来い」
警察・・・。
頭から血の気が引いてきた。
ぼくらは練習をしてただけなのに、なんでこんな事に・・・。
くるみの顔を見ると、相手を睨んでいる。
逃げる気とか無い。なんにも力になれないハズなのに目だけは相手を見ている。
ぼくもタダで逃げるわけには行かない。
せめて、さっきみたいに全員がうまくこの場から離れられる作戦を考えなくちゃ。
「じゃあ今度こそ行くぜ、剛塚」
安西が再び剛塚に殴りかかろうとしたその時だった。
「やめんか!!!」
辺りの音全てを吹き飛ばしそうな程の怒号が飛んできた。
声はぼくの後ろの方から聞こえた。
そっちを振り返ると・・・五月先生が立っていた。
「やっと・・・見つけた」
「さ、五月先生。なんでここに?」
「牧野から留守電があってな」
五月先生はぼくの肩をポンと叩いて言った。
「もう平気だぞ、相原、若井」
そして剛塚にも肩も叩いて言った。
「殴ってないみたいだな。よくまあ我慢したなあ剛塚」
そして五月先生は安西を見た。
「お前か、安西」
声色が変わった。
いつもの五月先生の声じゃない。声を聞いただけで寒気がするような迫力だ。
安西は五月先生に向かってニヤけて言った。
「殴るのか?教師が学生を。今度は謹慎じゃ済まないんじゃねーのか?あ?」
「なら教師辞めればいい」
「は?」
「目の前で自分の生徒が危ない目に遭ってるんだ。守ろうとしなかったら教師じゃない」
「な、なにドラマみてーな事言ってんだ。学園青春物の見過ぎだぜ。主演俳優かよ」
「オレは普段よー」
「あ??」
「自分から動くような事はしない。だけどよ・・・相手から殴りかかってくるのなら・・・話は別だぜ?安西。例え教師生命にかかわろうともな」
「く・・・、お、おまえ・・・アタマいかれてんじゃねーのか?」
「褒め言葉だな」
やりとりを見て、もう一人の男子学生が言った。
「やっちまえよ安西!教師殴るくらいなんでもないだろ」
すると安西は言った。
「お前・・・忘れたのか?五月の・・・強さを」
剛塚と安西と数人の生徒を一人で倒したという五月先生・・・。
「コイツ・・・高校時代はこの辺じゃ有名な不良だったらしいしな」
そうなんだ・・・。
なんだか納得な感じだ。迫力あるし。
安西は髪をくしゃくしゃにいじりながら言った。
「帰るよ」
そう言ってこの場を去ろうとした。
「待て安西」
去ろうとした安西に剛塚は言葉をかけた。
「なんだよ剛塚。裏切り者の話なんて聞きたくねーよ」
「お前も・・・。そのエネルギー、他の事に使えよ」
安西はキョトンとした顔をした。
「安西、お前だって何かやればスゲエのかもしんねーぜ」
「なんだよソレ・・・じゃあお前は陸上やってスゴクなったのかよ。今日だってビリの方を走ってたじゃねーかよ」
剛塚は黙ってしまった。
だからかわりにぼくが言った。
「スゴクなりつつあるよ。ね、剛塚」
すると剛塚ニヤっと笑いながら言った。
「当り前だ」
それを見て安西は「くそ」と言って歩いて行った。
それに他の男子学生二人もついて行った。
それと同時に雨が降り出した。
これでとりあえず一件落着なのかとぼくは思った。
でも次の日の朝、電話で五月先生から衝撃の知らせがあった。
安西に蹴り倒された雪沢先輩の足首は捻挫していて・・・・
走るのは2週間ダメだというのだ。
駅伝大会までは3週間を切っているのに。
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