« 高橋尚子さん引退 | トップページ | 空の下で.嵐(その2) »

2008年11月 7日 (金)

空の下で.嵐(その1)

ついさっきまで見えていた夕焼け空が雲に覆われていく。

その雲はものすごい早さで遠くから押し寄せてきていた。

そう、まさに押し寄せるという表現が一番正しく感じる。

遠くに見える山梨の山脈の方から分厚い雲が次々と。

まるで、何か不安な事の前兆であるかの様に。

 

ぼくらが上柚木競技場でタイムトライアルを終えて、着替えている間に空は雲に埋め尽くされ、午後4時だというのに夜中のように暗くなった。

風も強くなる一方だ。

時折、ビュウっという音ともに電線が激しく揺れている。 

台風が思ったよりも早く関東に接近してきてるのかもしれない。

「なんだか嫌な感じだな」

練習着から制服に着替えた牧野がつぶやいた。

 

「集合ー!」

五月先生が号令をかけた。

ぼくら長距離チームは全員集まる。

みんなもう制服に着替え終わっている。

強風でくるみと早川舞の髪がすごいなびいているけど、未華はショートカットなので全然平気そうだ。

「今日はこれで解散する!台風も近付いてきてるし、早めに家に帰るように!解散!」

「おつかれさまでした!」

みんなそろってそう言って、それぞれ帰路についた。

 

ぼくは牧野と二人で南大沢の駅に向かって歩いた。

前の方にはくるみと未華が歩いてる。

「英太、おまえ強風に期待とかしてないだろうな」

「は?どういうこと?」

「い、いや。別に」

「それにしてもさ、結局雪沢先輩が勝ったね」

「だな」

「てことは一区は雪沢先輩が走るんだよね。10キロ。大変だなー」

ぼくがそう言うと牧野はため息をついて言った。

「大変だなーって。英太、おまえアンカー走るんだぞ。他人事みたいに言うなよ」

「そ、そうだった」

言われて思い出した。七人のうちのラストを走るんだった。

「アンカーってのは責任重いよね・・・。小学校の運動会だってクラス対抗リレーのアンカー選びはモメたもん」

「英太」

「え、いや、そんな呆れるなって牧野。例えが悪いってツッコミたいんでしょ。例え話は下手だったかもだけど、ちゃんと責任持って走るって。ホント」

「英太・・・・」

「あれ?か、軽く聞こえる?ホント、真剣だよ。マジってやつだよ」

「そうじゃなくて」

「じゃ、じゃあ何だよ」

「前見ろ英太」

「は?」

前を見ると、少し先にくるみと未華がいた。

二人は立ち止っているようだ。

「なにしてんだろ」

よく見ると二人は他の学校の男子生徒と話しているようだ。

男子生徒は三人いるみたいだけど、どいつもなんだか見た目が怖そうだ。

「ナンパか?」

牧野は真剣な目つきでくるみ達の方を見ていた。

「英太、ちょっと邪魔しに行こう。なんだか嫌な感じがする」

「う、うん」

ちょっと怖かったけど、ぼくはうなづいた。

くるみと未華がナンパされてるのがイヤだというのもあったけど、確かに何か嫌な予感があったからだ。

後ろから近づいて、くるみに声をかけた。

「何してんの」

振り返ったくるみは涙目になっていた。

「英太くん、牧野くん」 

「ど、どうした」

ドキっとした。でもなるべく動揺してないように見せた。

未華がぼくと牧野の方を見て言った。

「なんか・・・からまれちゃった」

未華も声が震えている。

やっぱり声をかけて良かった。何か嫌な事態が起きている。

ここで男子高生のうちの一人がぼくに向かって低い声を出した。

「誰だよ。おめーは」

落ち着いた低音だ。ムリして驚かそうという作った声じゃない、元からの低音。

それが怖さに拍車をかけていた。

「こいつらの友達だよ」

ぼくはそう言った。

「はあーん?トモダチね。カレシとかじゃねーんだ」

嫌な言い方と顔だ。それにまだらに染めた赤い髪がいかにも悪そうな感じだ。

赤い髪・・・?

「あ・・・。さっきタイムトライアルを見ていた・・・」

そう、さっきタイムトライアルする直前に、芝生席で見ていたヤツだ。

そいつがなんで未華とくるみにからんでるんだ?

赤髪はニヤッと笑って言った。

「お前、陸上部か。多摩境高校の」

「そうだけど?」

ぼくは何とか気押されしないように答えた。

牧野も相手を睨んだままだ。

「そーかそーか。じゃ、話は早いや。いやさ、オレ達は剛塚に用があるんだ」

「剛塚に?」

ぼくは未華の方を見た。未華はうなづいている。

ナンパされてたわけではないのか。

「さっきお前ら近くの競技場で練習してたろ?そん時剛塚が走ってるのを見てさ。

んで、たまには会いたいなーって思ってよ。仲間呼んでるうちに練習終わっちまって。

んで、ウロウロしてたら練習にいた女のコ二人がいたから声かけたって訳よ」

他の男子生徒二人は「そうそう」とか「だな」とか言ってる。

「でもよ、なんかこの女のコ達、剛塚がどっち行ったか教えてくんない訳よ。だからちょっと怒鳴っちゃったってだけ」

「怒鳴った??」

やっぱり嫌な感じがする。ぼくの感が脳に訴えている。何か危ない、と。

ここで赤髪がよくわからない事を言った。

「んで?どっち行ったわけ?裏切り者の剛塚は」

 

|

« 高橋尚子さん引退 | トップページ | 空の下で.嵐(その2) »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 空の下で.嵐(その1):

« 高橋尚子さん引退 | トップページ | 空の下で.嵐(その2) »