空の下で.エース(その9)
駅伝メンバー発表の翌日、ぼくら長距離チームは上柚木競技場へと来ていた。
雪沢先輩と名高のどちらをエース区間である1区にするか、
それを決めるタイムトライヤルをするためだ。
競技場ってのは意外にもけっこう簡単に借りれるらしい。
昨日の夕方、簡単な手続きで競技場の予約が取れた。
といっても貸切ではなくて、他の高校や一般市民ランナーの人もいた。
今日は風が強い。南の方から時折強風が吹き抜ける。
台風が九州に上陸して東へ進んでいるという。
明日には関東も暴風雨になるという話だ。
「よーし、じゃあタイムトライアルすんぞー」
五月先生の号令でぼくらは400メートルトラックのスタート地点に集まった。
タイムトライアルは雪沢先輩と名高だけじゃなく、全員参加することになった。
久し振りに部内での本気の対決だ。
でもワクワク感はあまり無い。
エース争いという、なんだか重い空気に包まれた感じだ。
当事者である雪沢先輩はいつもと変わらない感じだ。
やや茶色の髪の毛が強風でなびいている。
そして名高は険しい顔で前を見つめている。
どうしてもエース区間で走りたいらしい。
その名高が五月先生に確認した。
「このトライアルで一位だったら一区を走れるんですか」
「そうだな。そういう事にしよう。ただし雪沢か名高が一位だったらだ。他のヤツが一位だったとしても今日だけって可能性もあるからな。実績から考えて二人のどちらかだ。そういうレースにする。いいな、みんな」
「充分っす」
名高は深くうなづいた。
「名高」
今度は五月先生が確認する。
「なんすか」
「このレースの結果で駅伝オーダーは決定だからな。たとえ負けたとしても腐るなよ」
「腐る・・・」
名高はちょっと考えた。
予想していない言葉だったのだろう。
「腐りませんよ。オレは駅伝って興味あるし。それにデカイ大会だし」
「そうか」
「それに・・・勝つつもりで走りますから」
名高はいっつも心臓に悪い発言ばかりだけど、最後のセリフには感心した。
勝つつもりで走る・・・
大胆な発言だけれど、スポーツ選手にとってその考え方は大切なモノかもしれない。
雪沢先輩はそれを聞いて名高に言った。
「オレも、負けるわけにはいかない」
いつも爽やかな雪沢先輩がふいに見せた熱意を感じた。
ぼくらはスタート地点に立った。
風は相変わらず強い。時折、突風みたいなのまで吹いている。
「実際に駅伝大会でも強風ってコトもあるからな。いい経験になるかもね」
雪沢先輩はそんなことを言った。
エース争いの爆心地にいる人なのに、どこか冷めているような感じだ。
でも、ぼくは新人戦で名高に負けた時の雪沢先輩の悔しそうな顔を忘れていない。
燃えてる心は内に秘めているんだと思う。
「じゃ、構えて」
五月先生が言うと全員が構えた。
その時、競技場の芝生席に、この場には不釣り合いな不良風な男子学生を見つけた。
不良風だと思ったのは髪の色のせいだ。
顔は遠くて見えないけど、髪は真っ赤に染まっている。
ぼくらの事を見つめているような感じだ。
誰だろ・・・。
「ヨーイ」
五月先生の声で意識がレースに戻る。
「ドン!!」
10キロというのは400メートルトラックにすると25週だ。
グルグルグルグルとトラックを回る。
ぼくは名高と雪沢先輩からは2周遅れになった。
それでも大山を1週遅れにしてやった。
それほど実力差が出てしまうレースだった。
息切れしながらも横眼で雪沢先輩と名高の勝負は見ていた。
二人はずっと並んで走っていたが、残り3周で名高が抜き出た。
しかしラスト一周、雪沢先輩が鬼の形相で名高を逆転し一位でゴールした。
順位は雪沢先輩・名高・牧野・ぼく・穴川先輩・剛塚・大山の順だった。
全員ゴールした時、雪沢先輩は名高に言った。
「みんな、けっこう早くなったな。名高はけっこうどころじゃないけど」
「・・・。でもオレは負けましたよ」
名高は悔しそうだ。
「負けたけどさ。次はどうかわかんないよ」
「・・・。負けは負けです」
名高は下を向いてしまった。なんだか似合わないポーズだ。
「名高、おまえ腐らないんじゃなかったのかよ」
雪沢先輩は珍しくキツイ口調でそう言った。
「・・・。腐らない・・・ですよ」
そう言って顔を上げた名高は何故か笑顔だった。
「早いっすね雪沢先輩。新人戦の時よりも。なんだか争っていて楽しくなっちゃいました」
ゾクリとした。
名高のヤツ、負けたくせに、強敵と戦うことが楽しく感じてる・・・。
「早くなるわけだ・・・」
見ていた牧野がそうつぶやいた。
本当だ。ストイックなんだ、名高は。
その名高は雪沢先輩にこんなエールを送った。
「頼みますよ一区は。オレに勝つぐらいなんですから。オレは他の区間で順位を上げますから」
「ああ、頑張りまくるよ」
雪沢先輩は爽やかにそう言った。
モテそうだな。
久し振りにそう思った。
その雪沢先輩は名高の胸をどついた。
「いて」
「駅伝、楽しもうな。名高」
一瞬あっけにとられた名高だったけど、すぐにニヤっと笑って言った。
「当たり前っすよ」
東京高校駅伝のエース争いという、嵐のレースは終わった。
でもぼくらにとっての本当の嵐はこの直後にやってくるんだ。
その事に少しでも気づいていたのは剛塚だけだった。
エース編 END → NEXT 嵐編
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