空の下で.嵐(その6)
翌日は暴風だった。
台風は静岡県の南の海上を東北東へ進んでいて、午後には多摩境高校のあるエリアも強風域に入るということだった。
おかげで今日の授業は午前で打ち切りになった。
教室からは昼ごはんを食べずにみんなが帰っていく。
「おーい、英太ー。帰らないのかー?」
吹奏楽部の日比谷がハイテンションな声を上げていた。
「英太、雨スゲエよ。マジで。スッゲスッゲ!はよ帰ろうぜ」
「ごめん日比谷。ちょっと部室でミーティングがあるんだ」
「こんな日にか?!スッゲーな。帰り気をつけろよ」
そう言って日比谷は教室から傘をさして歩いていった。
どっかの先生の怒鳴り声が聞こえる。
「コラー!屋内で傘さすなー!」
そりゃそうだ。
部室に行くと、もう長距離メンバーは全員集合していた。
みんなで円を描くように座っている。
一様に黙っているので輪に入りにくかったけど、ぼくも円に混じった。
そこへ五月先生がやってきた。
先生も円に混じって座る。
「待たせたな、みんな」
五月先生は座るなりイキナリ本題に入りだした。
余計な話題をしている時ではない。
「朝、みんなにも電話で話したが、昨日、乱闘騒ぎがあった」
大山と早川舞以外のメンバーは全員が騒ぎに関わっている。
「いざこざの末、相手の生徒は手を引いて帰っていったんだが、また何かしてくる可能性もある。これからしばらくは練習後はみんなで帰るように」
「いや、多分もう何もしてこないっすよ」
剛塚は下を向いて言った。
「安西は一度イチャモンつけたら途中でやめるようなヤツじゃなかった。なのに昨日は途中であきらめて帰っただろ。五月先生がまだ陸上部の顧問やってるのがわかって手を引いたんだよ。あいつ・・・相手の強さは見極められるヤツだから・・・」
「そうか」
ぼくらは少しホッとした。
またあんな不良漫画みたいな目にあうのはコリゴリだからだ。
「スマネエな、みんな」
剛塚はそうつぶやいた。
「オレがいるからあんな事になったんだ。ほんとスマネエ・・・」
「お、おまえが謝るなよ」
牧野がそう言って続けた。
「おまえが陸上部つぶそうとしたのは中学んときだろ。もう昔の話じゃんかよ。悪いのは安西だよ。今だに根に持ってるなんてよ」
「いや、謝るよ。原因はオレだ。オレもこの陸上部から手を・・・」
「手なんか引かなくていいよ」
剛塚が言い終わる前に大山が割り込んだ。
「剛塚くんはもう悪くないよ。確かに中学の時はぼくも嫌だったけど・・・。今はもうそんなの関係ないよ。ね、英太くん」
なんでぼくに振るのかわからいけど、ぼくは言った。
「そうだよ。スゴクなりつつあるって言ったじゃん。それに人数がこれ以上減るのはマズイでしょ。ねえ先生」
ぼくは五月先生に話題を戻した。
「そうだぞ剛塚。お前が何か罪悪感みたいなの感じてるのなら走ってそれを吹き飛ばせ。駅伝大会は近いんだからな。それに・・・」
五月先生は雪沢を見た。
「雪沢が昨日の騒ぎで捻挫した。走れるようになるまでは2週間かかるということだ。しかし駅伝大会までは2週間と4日。事実上、雪沢は出場できないだろう」
雪沢先輩は拳を握りしめていた。
しかし、少しすると力を緩めて名高を見た。
「名高、悪いけど・・・一区は頼むぞ」
ドキッした。
何故なら雪沢先輩の声が震えていたからだ。
ぼくはなんとなく雪沢先輩から目をそむけてしまった。
思わぬ形で名高がエース区間を走ることになった。
でも名高は意欲全開って感じだ。
「でも先生。オレが一区だとしても、あと穴川先輩・英太・牧野・剛塚・大山だけじゃメンバーが一人足りないッスよ。どうすんですか」
そう、六人しかいない。駅伝は七人で走る。どうしてもムリだ。
「アタシが走ろうか!男のカッコして!」
未華の無茶な提案にみんなが失笑した。
「な、なによ。アンタたちより早いっての」
「そういう問題じゃなくって・・・まあ確かに男に見えなくもないけど・・髪短いし気強いし」
そう言ったのは牧野だ。
未華に思いっきりひっぱたかれた。音がすごかった。
「い、いでえーー!やっぱ男かも・・・あ、いや、うそうそ!」
騒ぐ牧野と未華をほったらかして雪沢先輩は五月先生に言った。
「でもどうすんですか先生。足りないならオレが短い区間をゆっくり走ってもいいですよ」
「いや、お前は治療に専念しろ。助っ人は呼んだ。あいつしかいないだろ」
「あいつ・・・?」
そこへ「失礼しまーす」と言って、そいつは部室に入ってきた。
そいつを見て、「ああ、そうか」とみんなが思った。
確かに短い区間ならこれ以上の助っ人は考えられない。
「おお来たか、天野たくみ」
そこには照れ笑いするたくみが立っていた。
嵐編 END → NEXT 駅伝編
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