空の下で.駅伝(その7)相原英太
名高の一区のスタートを見送った後、ぼくは1時間30分以上は何も出番が無い。
その間、各中継ポイントにいるサポート係からメールでいろんな事が送られてきていた。
『名高くん、なんと23位で通過!50位なんて余裕かも?!』
というくるみのメールを見た時は思わずガッツポーズしてしまった。
『たくみ28位で通過』
これは早川舞からのメール、感情が伝わってこない。
『穴川先輩、珍しくラストスパートしてた。ちょービックリ』
という未華のメールや
『剛塚、大山に殴りかかりそうになりながらタスキリレー』
というゴールしてすぐサポート係もしてる名高からのメールをもらってから、やっとウォーミングアップを始める。
ややあって再びくるみから
『大山くん涙流しながら通過、牧野くんスタートしたよ。61位だよ。頑張って!』
というメールを受け取った時、初めて不安を感じた。
61位・・・・・。
あと11人を牧野とぼくで抜き返すことが出来るだろうか??
六区の牧野のスタートからはすでに15分が経過していた。
牧野の実力からすると、あと2、3分でここに来るはずだ。
ぼくのサポート係をしてくれるのは五月先生だ。
「ようやく出番だな相原。活躍してこいよ」
ぼくの背中をはたきながら笑顔でそう言う。
「が、頑張りましゅ」
うわー大事な日にかんじゃったよ。
すると五月先生はぼくの顔をひっぱたいた。
「いでーーー!な、な?」
思いきりってワケじゃなかったみたいなので、そんなに痛くはなかったけど大声出した。
「なにすんですかー!」
「いや、なんか緊張してるっぽかったからな。ちょっと叩いてみた」
「叩いてみた??なんなんですか全く・・・」
おかしな先生だ。今どき、こんなことしたらPTAになんか言われるよ。
ぼくはブツクサ言いながらジャージを脱いで、ユニフォーム姿になる。
もう1分くらいで牧野が来る時間だ。
中継ポイントで体をジャンプさせたり腕ふりしたりして体を冷まさないように待ってると
『葉桜高校、多摩境高校、来ます』
とメガホンでスタッフが叫んだ。
葉桜高校?こんなに順位落ちてたのか。やっぱりいい目安だ。
ぼくと葉桜高校のアンカーが中継ポイントに並んで立つ。
その葉桜高校の選手を見てギョッとした。
そいつは中学の時にぼくの片思いをジャマした、内村一志だったからだ。
内村もぼくに気づいた。
「お、相原じゃん。偶然だな。また負かしてやるよ」
ぼくは内村一志には新人戦の5000メートルで15秒くらい負けた。
それに片思いだった長谷川さんって女子に「相原ってオマエの事好きらしいぜ」とか言いやがった最悪なヤツだ。内村だけは許せない。
こいつと駅伝のアンカーで一緒になるなんて・・・なんかの因縁か。
「今度はぼくが勝つよ。悪いけど」
ぼくは精一杯イヤミったらしく言ってみた。
牧野と葉桜高校の選手がデットヒートを繰り広げながら走ってきた。
「牧野ー!ファイトー!!」
ぼくが叫ぶと牧野はぼくと内村を見てからこう叫んだ。
「決着つけてこいー!!」
そうしてほぼ同時に内村一志とスタートを切った。
54位でのタスキリレーだった。
ぼくの走る最終の七区は5キロだ。
ぼくの得意とする距離。54位ということはあと4人抜けばいいんだけど、
目の前にいる葉桜高校の内村一志がなかなか抜けない。
「くっそ」
誰も抜けないまま2キロを通過した。
だんだん焦ってくる。
50位以内に入らないと活動停止・・・。しかもこの期限がよくわからない。
その上、目の前の内村一志に勝つ宣言したばかりだ。
やばい・・・まずい・・・。
ここは一度、ペースを上げるしかないか。
ぼくはちょっと無理をして内村の前に出た。
驚いた内村はぼくよりさらにペースを上げて前に出た。
「はあ・・はあ・・・こ、この・・・」
ぼくは内村の横に並んで同じスピードで走った。
仲良しかのごとく並んで走りまくる。
絶対に内村から遅れてなるものか。
3キロを通過した。
ずっと内村と並んで走った。内村が少しでも前に出ようとすれば、ぼくはすぐに追いつき、ぼくが前に出ようとすれば内村も「ぬーーー」とか言いながら追いついてきた。
その間に他の学校の選手を一人抜いた。ぼくと内村で52・53位を走る。
「あと二人・・・」
そう思った瞬間、また内村が前に出た。
すぐにぼくは内村の横に並ぶ。
ところが今度は並んだ瞬間に内村がさらに前に出た。
そしてそのままペースアップをして少しずつ差を広げていく。
「く、くっそ・・・」
慌てて追いかけようとするが、もうこれ以上ペースを上げられそうもない。
しかもまだ2キロくらいある。ペースアップしたらゴールまで持たない。
ぼくは歯を食いしばり、拳を力いっぱい握りしめた。
それは追いつけなくって悔しいからだ。
やっぱり内村の方が底力は上なのか・・・。
4キロを通過し、残すは1キロとなった。
この間に一人抜いて52位になった。
20メートルほど前には黄色いユニフォームの選手が一人と、その前に内村が見える。
でも、前との差が縮まる感じがしない。
ムリか・・・。
そう思った。
50位にも、内村にも、届かない。
活動停止・・・漢字四文字がぼくの頭に浮かんだ。
その時だ。
左前方から聴きなれた音がした。
トランペットの音だ。誰だ、こんな所でトランペット吹いてるのは。
高校野球じゃないんだぞ。
トランペットを吹いてたのは吹奏楽部の日比谷だった。
一人で思いっきり吹いていて、周りの観客や応援してる人から白い目で見られてる。
曲は「天国と地獄」だ。
「な、なんだあいつ・・・」
ぼくが日比谷の横を通過した時、日比谷は叫んだ。
「ここから逆転したらスッゲーぞー!!地獄じゃなくて天国見てこいー!」
アホかあいつ。意味わからん。
だいたい応援に来てくれてるなんて聞いてないぞ。ちゃんと来るって言えよ。
違う部なのに応援に来てくれるなんて・・・カッコ悪いところ見せれないじゃんか。
「はあ・・・はあ・・・よし」
残り800メートル。ぼくは最後の力を振り絞る事にした。
天国か、地獄か。結果はどちらでも、力は出し尽くすべきだ。
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