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2008年12月 9日 (火)

空の下で.駅伝(その4)名高~たくみ

東京高校駅伝大会のスタートを知らせる号砲が鳴り響き、空へと消えていった。

参加校は118校。

エース区間と言われる一区を任された118人の選手が一斉に走りだす。

ぼくはそのスタートを選手たちの右後ろから五月先生と見ていた。

118人もの選手が同時にスタートする絵はすごい迫力だった。

選手たちはあっという間に小さくなり、見えなくなっていった。

ぼくらは50位を目指さなければならない。

 

東京都大会といっても7人という人数さえ集まればどの高校でも出れる。

実力で参加制限などは無いので各校の実力差はすぐに現れた。

5、6人の先頭集団が一気に前に踊り出る。

ここはもう東京では有名な選手たちばかりのグループ。

多分、この5、6人のどこかの高校が優勝するのだろう。 

 

その次に60人くらいの超大集団。ここに名高はいた。

大集団は一定のペースを保ったまま進んでいた。

しかしこれがまた早い。実力が無い選手たちは次々と後ろへと落ちていく。

この一区は全区間の中でも一番距離が長い10キロのコースを走る。

ゆえに各校のエースが集う区間なのだ。

おかげでエースというプライドからか、意地でも遅れまいとする選手が多い。

その意地で、毎年ここで10キロの自己ベストを出す選手も多い。

・・・と、これは牧野に聞いた話だけど。

 

5キロを過ぎると、大集団も40人にまで減っていた。

名高も疲れては来ていたけど、ここで落ちる気はさらさら無い。

辺りを見回しゼッケンを確認する。

ゼッケンの番号は去年の順位。いい目安になる。

38番、63番、29番、77番・・・お、ラッキー7じゃん、などと考えながら走る。

ひと桁の番号も見えるが、77番より遅い番号は見えなかった。

ぼくらのような115番みたいな3桁なんて全くいない。

そこで名高はふと気付いた。

「50番が・・・いねえ・・・」

思わずつぶやいていた。

目安としていた50番、葉桜高校の秋津伸吾が見当たらなかった。

振り返っても秋津の姿は見えない。

変な顔したヤツと目が合ってしまい気まずい思いをしただけだ。

「・・・まさか・・・」

名高の予想は当たっていた。

秋津伸吾はこの時点で、先頭集団6人の中にいたのだ。

目安も何もない。

「くっそ」

名高は腹が立った。

同じ一年のクセにこれほど実力差がある事を。

そして楽しくなってきた。

いつかその秋津を追い詰める自分の姿を想像して。

その想像をした瞬間の名高を、路肩で応援していた未華と大山が見ていた。

「あ、あいつ・・・今、走りながら笑ってたよね、大山!」

「う、うん・・・なんだろね大塚さん・・・」

「頭おかしくなっちゃんたんじゃないの?! きゅ、救急車・・・」

「違うと思うけど・・・」

 

ニヤけた名高はペースを上げて、集団のトップで走ったものの、実力のある選手が

さらにペースを上げて、集団はバラバラになった。

9キロ通過地点で、数人で走っていた名高は路肩にいる雪沢先輩を見つけた。

雪沢先輩は叫ぶ。

「名高ー!!全力出し切れー!」

出し切ってるよ!と叫びたい気持ちを抑え、名高は心で雪沢先輩に叫んだ。

「雪沢先輩の分も走ってます」と。

 

一区から二区への中継地点では、天野たくみが待っていた。

そのたくみからラストスパートする名高が遠くに見えた。

「たくみくん、名高くん来たよ。上着ちょうだい」

サポート係をしてるくるみが、たくみのジャージを受け取る。

「頑張ってね!たくみくん!」

「おう!見てて!」

名高がはずしたタスキをたくみが受け取り、次の瞬間、名高が叫んだ。

「頼んだぞ助っ人!!」

そして路肩に倒れこんだ。

名高が叫ぶなんて今まであまり無かった。

横で聞いてたくるみはその叫びを聞いて涙ぐんだ。

 

名高は23位という、とんでもなく上位でたくみにタスキを渡した。

二区は3キロという短い区間でのスピード勝負だ。

だから中距離で1500メートルを走っているたくみが助っ人として呼ばれた。

いや、それだけじゃない。

一緒に半年間戦った仲間だから呼んだんだ。

二区の1キロ地点で応援していた牧野はたくみを見てつぶやいた。

「あのバカ・・・」

そうつぶやくのもムリはない。

たくみは相変わらず、前半で全力を使い果たす「先行逃げ切り」の走り方で

信じられないスピードで走っていた。

「あのバカ!3キロあるってわかってんのか?!あれじゃまるで短距離走だ!」

それは大げさだとしても早すぎるペースでたくみは走っていた。

 

途中で中距離に転向したたくみ。

持久力つけたいから始めた長距離だったけど、1500メートルとかの中距離に楽しさを感じて、長距離を脱退したたくみ。

中距離は本当に楽しいし記録も上がっていって「中距離向いてる」と確信してた。

でも、心のどこかに長距離チームに対する後ろめたさがあった。

途中で辞めた後ろめたさ。

いつか何かで長距離チームをサポートしたいと思っていたたくみにとって駅伝助っ人の話は願ってもない話だった。

必ず力になってみせる。

力になれるだろ?そう自分自身に質問して「なれる」という答えを自分で出して走る。

 

まるで暴走気味のたくみは後半ペースがガクンと落ちたものの28位で三区の穴川先輩にタスキを渡した。

渡す時、たくみはこう叫んだ。

「助太刀参上ー!!」

穴川先輩は苦笑いしながらタスキを受け取り、走りだした。

他校の関係者たちはみな「?」というテロップをつけたくなるような顔をしてた。

たくみはここのサポート係をしている早川舞にこう言った。

「なかなか・・・いい恩返し出来ただろ?」

「・・・かもね」

多摩境高校 現在28位

 

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コメント

こんにちは!香港は如何でしょうか?

さて、ずっと読めなかったのでエース編からグワーっと読み進め…「おもしろーい!」となりました。

雪沢先輩と名高くんのエース争いも凄かったですが、その後の暴力沙汰(私の中学も荒れていたので良く分かります・笑)、そして駅伝! もうハラハラしながら読んでいます。

剛塚くん、実はいい人っぽいですね。五月先生の男っぷりもいいし……そしてたくみくんが助太刀参上で、続きが気になります!

そう言えば英太くんは未華とくるみ、どっちが気になってるんでしょうか? 常に絡んでいるのはくるみっぽいですが……その辺りも楽しみにしながら、多摩境高校陸上部を応援しています!

投稿: オガワヒカリ | 2008年12月12日 (金) 14時01分

こんにちは!香港から帰ってきましたcafeimeです!
ほぼ初の海外だったので色々大変でした。
でも食べ物がすごい美味しかったですよー。マンゴープリンとか。
 
またまた読んでいただきありがとうございます!
中学・・・荒れていたんですか・・・(笑)
未華とくるみ・・英太はどちらがいいんでしょうか・・英太、ハッキリしないヤツですねぇ(笑)
 
HEB、秋編を読み進めてます。
朝倉くんは大人ですね!ぼくも大人にならなくては・・・。
続き、楽しみにしてますー!

投稿: cafetime | 2008年12月15日 (月) 11時49分

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