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2008年12月12日 (金)

空の下で.駅伝(その5)穴川~剛塚

多摩境高校は28位で三区の穴川先輩がスタートした。

50位の目安としていた葉桜高校は一区の秋津伸吾の好走があって11位で三区をスタートさせていた。もう目安にも何もならない。

 

「どっちにしろ、思いきり走ればいいんだろ」

穴川先輩はそうつぶやいて黙々と走っていた。

ぼくから見ても穴川先輩はパワーがあるわけでもスピードがあるわけでもない。

最初から最後までただ黙々と走る人だ。

夏の合宿までは、本当に淡々と走るだけでラストスパートも何もないからぼくや牧野でも勝てるようになっていた。

でも、穴川先輩は変わった。

合宿の何がそうさせたのか、穴川先輩に聞くわけにもいかないから理由はぼくにはわからないけど、確実に変わった。

 

淡々と走る・・・という表現には変わりはないけど、最後の最後までペースが落ちない。

早くなったり遅くなったりしがちなぼくと違って、常に安定したタイムが出せるんだ。

その安定さを買われて、8キロという長丁場の三区を任された。

 

三区も7キロが過ぎ、周りの選手がスパートをかけたり遅れていったりしだした。

しかもさすが28位で受け取っただけあり、周りの選手は早い早い。

それでも穴川先輩はペースを崩さずに走っていた。

「ペース変えて乱れてどうすんだ」

心の中でそう思ったという。

でも、最後の直線で次の剛塚の姿が遠くに見えた時、頭の中に怒りが沸いた。

「あいつ・・・!!」

剛塚さえ現れなければ、安西が陸上部にからんでくることもなかった。

剛塚さえ現れなければ、雪沢がケガすることもなかった。

剛塚さえ現れなければ、50位内でなければ活動停止なんて条件つかなかった。

剛塚さえ現れなければ、今、こんなスパートかける気にもならなかったのに!

「くそおおおお!!」

穴川先輩はラストスパートをかけていた。

「そんなにオレらと走りてーなら順位上げてきやがれ!!」

そう叫んで剛塚にタスキを渡した。

どこにも向けようがない怒りを走りに現したのかもしれない。

この時点で多摩境高校は37位。

 

剛塚は穴川先輩からタスキを無言で受けた。

順位上げるなんてムリだ。と思った。

このチームの中で大山の次に遅いのはオレだ、と自分でわかっていたからだ。

それなのに五月先生は剛塚に四区、8キロを任せた。

後半の六区、七区は初めから牧野とぼくに決めていたらしい。

六区、七区は5キロ。牧野もぼくも一番得意とする距離だ。

ならば8キロは誰にするか。

たくみ・大山はそんな長い距離はムリだ。となると・・・という消去法だったらしい。

でもぼくはこれで正解だったと思う。

剛塚は燃えると爆発するヤツだ。

まるで爆弾だ。危険という意味も含めて。

 

爆弾・剛塚は穴川先輩に「順位上げてきやがれ」と言われたことを考えながら走ってた。

「そんなんで許してもらえるのか??」

そう思わずにはいられない。

中学では陸上部にからんだくせに、五月先生に「そのエネルギー違うことに使えよ」と

言われたからというだけで、五月先生のいる陸上部に入り、合宿では牧野と殴り合い、秋には安西にからまれる原因となり、終いには雪沢先輩のケガの原因にまでなった。

「この部のヤツらはおかしい!」

剛塚はずっとそう思ってた。

次々と問題を起こしてきたのに、みんな剛塚に「おまえ、迷惑だから辞めろよ」的な事は言わなかった。

むしろ、一緒に続けていきたいという反応ばかりだ。

「この部のヤツらはおかしい!」

今、どんどんと他校の選手に抜かれて行っている。

順位は下がる一方だ。迷惑なだけだ。

なのに時折、路肩でもう出番の終わった名高やサポートの女子陣たちが叫ぶ。

「ファイトー!!剛塚くん!!」

「あと少しだ!頑張れー!!」

おまけに雪沢先輩までもが応援していた。

「剛塚ーー!!頼むぞー!!」

剛塚は不覚なことに走りながら泣きそうになった。

「男が泣いてどうすんだ・・・」

そう思い、歯を食いしばって走り続けた。

途中、路肩に赤い髪の男子学生が見えた。

そいつは腕を組んだまま眉間にしわを寄せて、複雑な表情で剛塚を見ていた。

「安西・・・?」

そんなバカな。あいつが駅伝なんか観に来るわけがない。

そう思ってから前を見ると、中継ポイントが見えた。

大山が大きく手を振って待っている。

それを見て、剛塚は思った。

大山には悪いことをした・・・・と。

中学から今年の夏までずっとパシリとして使ってた。

すげえ長い間辛かったハズなのに、今、なんだか手を振って応援してる。

「あいつが一番おかしいよ」

剛塚はスパートかけながらそう思った。

そしてタスキを取って右腕に持ち叫んだ。

「大山ー!!頼むぞーー!!」

言われた大山は一瞬ポカンとしたが、すぐにニコッと笑った。

「頑張るよ!!」

そして剛塚は大山にタスキを渡した。

もう、パシリで何かを頼むのではなかった。

大山を信頼し、四区までの意思を渡したんだ。

 

多摩境高校、現在47位。

 

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