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2008年12月 5日 (金)

空の下で.駅伝(その3)号砲

第一区のスタート時間まで残り15分を切った。

一区を走る選手たちはすでにウォーミングアップのためにスタート地点付近の道路でジョックしたりちょっとダッシュしたり体操したりしている。

名高もアップしてるけど、あいつは試合前は必ずウォークマンをして音楽を聴きながら走っているので、ちょっと話しかける雰囲気ではない。

ぼくはといえば、その名高を見ながら五月先生と会話をしていた。

なにしろぼくはアンカーなので、出番が回ってくるのはずっと先だ。

ウォーミングアップすらしてない。これが駅伝の妙なトコだ。

 

「名高のヤツ、集中してますね」

アップしてる名高を見ながらぼくは五月先生にそう話しかけた。

「そうだな。まあ音楽聴いて集中するってのは一つの手ではあるからな。でも名高は何の曲を聞いてるんだろな」

「なんですかね・・・?あいつ、かなり激しいロックが好きみたいだからテンション上がる激しい曲でも聴いてるんじゃないかなあ」

「相原は音楽聴かないのか?」

「ぼくですか?」

「そうだよ。中学ん時は吹奏楽部だったんだろ?音楽が好きなんじゃないのか?」

「好きですよ。でも吹奏楽部に入ったのは音楽がやりたいからって言うより楽器やってる人ってカッコいいかもなあっていう理由で・・・まあ、なんとなくでした」

正直にそう言うと五月先生は爆笑した。

「な、なんで笑うんですか!」

「い、いやワルイ相原。それってアレだろ。楽器出来たらモテるかもとか考えたろ」

ぼくは顔が赤くなるのを感じた。

「ま、まあ、そういう理由もちょっとありましたけど・・・」

そんな会話してるとも知らず、名高は黙々とジョックしてる。

「今はどうだ?陸上やってて」

「え?走ってモテるかってことですか?」

「違うよ。走るの好きかってことだよ」

「好きですよ」

迷わず答えた。即答だ。

「そうか。走るの好きか。よかったよ、そう言い切れるヤツが入部してくれて。オレは最近思うんだ。相原が楽しそうに走ってるのを見て、他のみんなにも走る楽しみが伝わってきているんじゃないかってな」

ぼくは五月先生が何を言ってるのかよくわからなかった。なので黙って聞いていた。

「雪沢から聞いてたんだけど、入部した頃はみんな様々な理由があって走っていただけだったんだ。

でも、いつしかその理由にプラスされた感情が生まれた。走るのが楽しい、走るのが好きっていう感情がな。長距離なんて走ってても辛い時間ばっかりなハズなのにだ。

そういう感情が生まれたキッカケの一つが、相原の楽しそうに走る姿なんじゃないかとちょっと思ったんだよ」

「そんな・・・」

「なーーんてな。ちょっと大げさかもな。気にすんな」

さっきと違う静かな笑みを五月先生は浮かべた。

ぼくは黙ったまま、先生の言葉だけを体に吸収した。

「変な話してスマンな。相原が走るの好きだっていう気持ちが伝わってくるんでな。でも相原、走ってる時に他に音楽とか好きな事考えたりしないのか?」

「走ってる時は・・・あんまり無いですね。景色とか見たりしてキレイだなとかそういう事は考えますけど」

「そうか。まあ楽しんで走ってる最中に違うこと考えたらそれは相当好きな事柄だもんな。オレなんか走りながら晩ゴハンの事考える時あるぞ。オレ、晩メシって好きなんだよ」

今度はしょうもない話題と笑顔になった。

 

スタート5分前になり名高がジャージからユニフォームに着替える。

ぼくらのユニフォームは今大会からライトブルーになった。

背中の上部にはちょっと筆記体っぽい英字で「TAMASAKAI」と白字で書いてある。

「お、いいねえ。似合ってるぞ名高」

先生は満足げにうなづく。

「青空の色をイメージしたライトブルーだ。白字なのは雲のイメージだぞ」

解説を聞いてぼくは空を見上げた。

綺麗な秋晴れの空だ。こんな空の下で駅伝を走れるなんて気持ちいいな。

「先生、このゼッケンの115ってどういう意味ですかね」

名高が自分のユニフォームの腹に貼ってあるゼッケンを見ながら言った。

「ああそれか。本来なら去年の順位がゼッケン番号になるんだよ。だから優勝校はゼッケン1番。50位ならゼッケン50番。去年の参加校は全部で113校だったらしい。オレたちは初参加だから114番以降の番号になったんだ。114以降は初参加の証だ」

「ふうん。去年の順位か」

思わずぼくは50番の選手を捜した。

50位を目指すぼくらにとって、いい目安になるからだ。

「あ、50番いた」

ぼくが指さした、そのユニフォームは黄緑色で、HAZAKURAと書いてあった。

「葉桜高校? ってまさか・・・」

50番のゼッケンをつけたその選手は・・・秋津伸吾だ。

9月の新人戦で一年生ながら5000メートルで優勝した男だ。

ぼくは周回遅れにされた苦い思い出でもある。

「秋津伸吾が50位?!」

「いや、葉桜高校はもともと強くもなんともない。そこに何故か秋津伸吾が入学しただけだ。変なヤツだよな。スカウトあくさんあるのに」

先生がしかめっつらでそう言う。

その時、放送が流れた。

『まもなく東京高校駅伝、スタートの時間です。選手はスタート地点に集合してください』

 

全118校のエース達がスタート地点に集まる。

名高は首の骨をコキコキと鳴らしながら歩いて行った。

余裕がある。なんだか頼りがいがある。

それがエースってものか。

『位置について・・・』

名高は肩からタスキをかけて握りしめた。

『よーい・・・』

頼むぞ名高!ぼくは心でそう叫んだ。

パン!!という号砲と共に118校がスタートを切った。

 

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