空の下で-冬(3) 昔の約束「その2」
その日、最後の授業が伸びた。
日本史の先生がつまんなそうに黒板に重要事項を書きながら授業をしていたので、牧野が見かねて少し日本史に関わる質問をしたからだ。
「先生って大河ドラマとか見るんですか」
日本史の先生は「もちろん見るよ」と答えた上で、去年の大河ドラマの感想と今年の大河ドラマの展望を語り始めた。
さらには近年の大河ドラマの質だとか傾向だとか、昔の大河はどうだっただとか語るわ語るわ、授業終了のチャイムなんか関係なく話し続けた。
帰りのHRをするために担任の宇都宮先生が教室に入ってきて、やっと終わった。
おかげで授業は20分も伸びた。
「くあー、オレが質問したばっかりに!大河ドラマならぬ大河授業だった」
「あ、うまいねそれ」
「そうか?どこが?」
牧野と日比谷の会話は毎日くだらない。
ぼくは毎日その会話を横で聞いている。
「あ、オレ部活に遅れそうだ。じゃあまた明日な」
日比谷はトランペットケースを持って音楽室に走って行った。
ぼくと牧野は部活が三連休のうちの初日なわけで、二人で帰路につこうとカバンを持つ。
「あ!やべ!」
牧野はカバンをガソゴソと漁りだす。
なんだか必死な表情なので「どうしたの」と聞いてみる。
「さっき職員室行ったんだけど、職員室にケータイ忘れてきた!」
よりによって職員室に携帯電話を忘れるとは。ていうか持っていくなよ、職員室に。
「オレちょっと取ってくるや。先帰ってていいよ英太」
「ん、校門のとこで待ってるよ」
「ホント?サンキュー!すぐ行くや」
牧野もさっきの日比谷の様に廊下を走っていく。
ぼくは一人で廊下を歩き校舎の外に出る。
もう夕日の茜色が校庭を染めていて、準備体操をしている野球部の姿も茜色だ。
「うう、寒いなあ」
冷え切った風が広い校庭を駆け抜ける。
砂ほこりが舞い上がり、その砂がぼくの顔に叩きつけられる。
「いてて・・・今日、部活なくて良かった・・・寒すぎるや・・・」
「なんだよやる気ない独り言だなあ」
いきなり後ろから男の声で話しかけられて驚いて振り返る。
濃いブルーのウインドブレーカーのその男はサッカー部の柏木直人だった。
「なんだよ相原、今日は陸部は休みかよ」
ちょっと不満そうな声で柏木が問いかける。
「うん、休み。昨日が大会だったから三連休なんだ」
「三連休?なんだよ、それなら尚更チャンス期間じゃないかよ」
「チャンス期間?ナニソレ」
柏木はわざとらしく「はあ」とため息をついた上で胸を張って言った。
「デートのチャンスだよ」
「で、デートお?」
ちょっと大きな声を出してしまい恥ずかしかったが柏木はお構いなしって感じで話をする。
「そうだよ。デートのチャンスだよ。考えてもみろよ相原。オレ達みたいな運動部って三連休なんて滅多に無いんだぜ。この三連休、一日くらいデートに費やせよ」
思わずくるみと遊びに行く姿を思い浮かべた。おっと、最近ぼく妄想が多いな。
「相手誰だか知らないし、そんなの聞くのヤボだから聞かないけどさ。三日もあれば相手の暇な日だって一日くらいあるんじゃねーの。まあ一日目はもう終わるけど」
遠くでサッカー部の人がこちらに手を振っている。
柏木は「今いきますー!」と叫んでからぼくを見た。
「好きな人相手に何もしないのってさ。オレは感心しないぜ」
柏木みたいにイケメンなら行動も出来るだろうけど、生憎ぼくはカッコ良くはない。
「あ、それとさ相原」
急に小声になる柏木に、ぼくは一歩近くに寄った。
「陸部の早川って知ってる?」
「早川? 早川舞のこと?知ってるよ」
早川舞は女子長距離メンバーのうちの一人だ。
メンバーは三人いて、若井くるみ、大塚未華、早川舞だ。
「あいつ、新しい彼氏できたか知ってる?」
「んん?」
早川舞に彼氏がいるって話は聞いたことがあった。
でも新しい彼氏とか古い彼氏とかは知らない。柏木の言葉からするに最近別れたのか?
「ねえ、柏木。もしかして前の彼氏知ってるの」
「ああ、オレだもん」
「ぶご!」
言われて昼に食べた弁当のタコ足ソーセージが口から出そうになった。
サッカー部のイケメン柏木直人と、長距離のやる気無い早川舞が付き合ってたとは。
「あ、陸部の人には秘密な。牧野とかにも。ちょっと色々あって別れたんだよ」
「へ、へえ。色々・・・。青春だね」
「なんだよ相原、からかってんのか?」
「いやいや、そうじゃなくて。大人だなあと思って」
「なんだそれ。まあいいや、もし早川に聞く機会あったら聞いておいて。頼む」
そう言ってぼくに拝むポーズをしてから柏木は校庭にかけだした。
校門にたどり着くと、すでに牧野が待っていた。
「なにしてたんだよ英太。オレが待つハメになったじゃんかよ」
「あー、ごめんごめん。ちょっと柏木と話してて」
「寒いんだからよ。早く帰ろうぜ」
二人で多摩境高校から出る。
高校から駅までは直線の街道の歩道を20分ほど歩く。
前にも後ろにも誰もいない事を確認してから、ぼくは牧野に聞いてみた。
「あ、あのさあ牧野」
「ん?なに?昨日の爆笑花道2時間スペシャルのビデオなら貸してもいいよ」
「いや、ぼくお笑いは見ないし・・・」
「見ろよお笑い。勉強になるぞ、会話方法とか空気のつかみ方とかさ」
お笑いの話になると牧野は真剣な目になる。
そういえば今年は文化祭で日比谷と漫才をやりたいと言っていた。
「ちょっと相談に乗ってほしいんだけどさ」
「お笑いの?英太も漫才やるの?それともコント?」
「違うよ。く、くるみの事で」
「おま! まさか付き合ったのか?」
牧野は立ち止って大声を出したので、ぼくは牧野の口を手で塞いだ。
「んが!」
「付き合ってなんかないって。そうじゃなくてさ」
口から手を離すと牧野は「窒息死するかと思った」と真顔で言った。
「明日さ、くるみにその・・・・「お茶」でもしに行こうよって言おうと思うんだけどさ」
「な・・・」
「ど、どう思う? まだ早いかな」
影響されやすい人間だ。
ぼくは昔からそうだ。誰かの意見に影響されやすい。
中学で吹奏楽始めたのも勧誘に乗ったからだし、高校で陸上部に入ったのも雪沢先輩に勧誘されたからだし、長距離に入ったのも牧野に言われたからだ。
今回も柏木直人の言葉に影響されてるってのは分かってる。
「お茶・・・か」
「ずいぶん前に一応、約束はした事あるんだよね。去年の一学期だけど」
昔の約束だ。
くるみと二人で学校近くのスタバに行き、雪沢先輩と五月先生の「密会」をのぞき見した時に、チラっと言っただけにすぎない約束。
「どう思う?お茶くらいなら一緒に行ってくれるかな」
「どうだろ。でも英太とくるみって仲悪い訳じゃないし、どっちかって言うと仲良いし」
仲良いという単語で嬉しくなる。単純なぼく。
「思い切って誘ってみれば?なんかOK出る気がするよ」
「ほ、ほんと?」
やっぱり周りの言葉に影響されやすい。ぼくはすっかりその気になってきた。
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コメント
面白いです
投稿: 現役ランナー | 2009年1月31日 (土) 23時18分
現役ランナーさん、こんにちは!
げ、現役ですか!すごいですね!
そんな方に面白いと言っていただけて嬉しいですっ!
投稿: cafetime | 2009年2月 1日 (日) 10時08分