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2009年1月 6日 (火)

ブラスバンドライフ2.景色

まだ少し肌寒い風が音楽室の窓から入ってくる。

この風は懐かしい。オレが入部した時もこの部屋はこの風が吹いていた。

春はあったかいイメージだけど実際にはちょっと寒いんだよな。と毎年思う。

 

うちの吹奏楽部が使っている音楽室は真冬以外はいっつも窓が空いている。

だから校庭で練習してる運動部は毎日毎日オレらの曲を聴いてるってわけだ。

ありがたいような恥かしいような。いや、オレらの演奏をタダで聴けるんだ。光栄に思え。

 

その音楽室には今日から一年生が12人も加わった。

二年が10人でオレら三年が8人だから全員でピッタリ30人だ。こりゃすごいな。

昨日までより音楽室が狭く感じるよ。でも女子ばっかだから汗臭くはない・・・かな?

 

顧問の立花理子センセーがやってきた。

音楽室の奥側にあるピアノの前に立つ。相変わらず若くてかわいいセンセーだ。

「みんな集合したかな。七見さん、全員来てる?」

部長の七見奈々が元気に答える。

「はい!ピッタシ30人います!誰も遅刻してないです」

遅刻については聞いてないだろうがよ。いちいち細かいな、ナナのヤツは。

オレが小声でそうつぶやくと、隣にいた栄未希がヒジでオレのわき腹をつついた。

「わっ。な、なんだよ未希」

「塩崎くん、何ぶつぶつ言ってるの?ちゃんと立花先生の話聞きなよ」

「わかってるって。聞いてるよ」

クラリネットの未希は美人だけど真面目すぎる。だから男っ気が無いんだ。

まあオレにも女っ気ないんだけども・・・。

 

「じゃあ一年生は順番に自己紹介してみよーう」

部長のナナが一年生を見回しながら言う。

「なんか特技とかあったら見せてくれてもいいよー!」

むちゃ振りだ。ナナはそれを何の悪気もなく言いのけるから怖い。

ところが一人目の女の子が名前紹介の後に何もしなかったので、ナナはさらなるむちゃ振りをしかけた。

「なんか面白いことやってよー!つまんないじゃんー」

「え・・・」

言われた一年生の女子は固まってしまった。そりゃそうだ。

みかねた立花センセーが「無理な事は頼まないの」と言ったが、その女子は「体がやわらかい」とか言ってブリッチしてみせた。

「おおーー、すごーい」

ナナは大喜び。

でも制服でブリッジするのはカッコよくもかわいくも何ともない。

これで大変なのは次の女子だ。一人目がわけのわからん特技披露をしたせいで順番に次々と吹奏楽と関係ない特技を披露していく。

テコンドーやる女子、猪木のモノマネする女子、マジック披露して失敗する男子。

ろくな新入生がいない。それだけはわかった。

立花センセーもナナも未希も苦笑いするしかなかったが、ナナは「次!」と言って特技披露をさせていった。

最後の出番は、校門前でオレに話しかけてきた陽気そうな男子だ。

「みんなスッゲーっすね。オレ、なんも特技ないですよ」

「いいからまずは名前。あとやりたい楽器、そして特技」

なんだかナナの口調が冷たくなってきた。ヤバイ、爆発するのかも。

ナナが爆発したら大変なことになる。被害が音楽室だけで済めばいい。ナナが爆発して大声で怒鳴ったら学校が揺れる!それだけ被害甚大だ。たぶん。

そんなことは知らず、陽気そうな男子は名乗った。

「えーと、日比谷です。日比谷春一。H・I・B・I・Y・Aで日比谷です」

こいつもどうでもいいヤツだと確信した。

「特技は無いんですけどー・・・やりたい楽器はトランペットなので今ちょっと吹きます。

 えーと、曲は『原っぱ』」

そう言って日比谷は近くに置いてあったオレのトランペットを持ち上げた。

「あ?!ちょっと待てよオマエ!口つけるな!」

そう叫んだが日比谷は何もためらう事もなくオレのトランペットのマウスピースに口をつけて吹いた。

「あー、シオと日比谷くん間接チューだぁ」

ナナがちゃかすが、すぐに顔色が変わった。

うまい!

日比谷が奏でる音色は即興で吹いているものらしかったが、一瞬でうまいとわかるレベルだった。

高音も低音も綺麗に奏でられる。

瞬間、どこかの草原が見えた。

「え?」

と、つぶやいて周りを見渡すと、間違いなく音楽室だった。・・・?なんだ今の。

日比谷の即興での演奏は30秒くらいで終わった。

「うん、いい音ね」

立花センセーはそう言って、拍手をした。

つられてオレも、ナナも、未希も拍手をした。日比谷は照れて笑っている。

拍手しながらナナはオレのとこに来て嫌な事を言った。

「シオよりペット巧いかもよ。日比谷くん」

「な、なにを!?」

オレも五年トランペットやってるから、まだ負けてないとわかるが、これはヤバイ。

うかうかしてると本当に追いつかれる。日比谷春一か。

「なに怖い顔してるの塩崎くん」

立花センセーに言われて「え?いやー、え、えへへ」とか訳わからん笑顔をつくる。

「気持ち悪い」

ボソッと未希が言う。

「あームカツク!なんだよその言い方」

「でも、面白くなりそうだよね」

未希が本当に面白そうに笑って続ける。

「そ、それよりさ。何か今、日比谷の演奏聴いてたら、何だか草原の景色が見えたよ」

「は??塩崎くんお疲れ?」

ちょっと小馬鹿にする表情の未希。しかし立花センセーは驚いた顔して言った。

「草原が見えた気がしたの?それは日比谷くんの演奏への想いが本物で、それでいて塩崎くんが本気で無心で日比谷くんの演奏を聴いたからだよ」

立花センセーは続ける。

「本気と本気のぶつかり合いの時にだけ見えるんだよ。曲の持つ景色が」 

「景色・・・ですか」

なんだかちょっと幻想的な話だ。にわかには信じがたい。 

ナナは軽く受け止めて仕切りなおした。 

「いいじゃん塩崎くん。これなら第1回演奏会、ホントに出来るかもよ」

「そ、そうかあ?」

オレは日比谷以外の一年を見回した。

柔軟、テコンドー、猪木、マジック。ほか。

特技を楽器に変えなければ!

副部長・塩崎圭、いっちょ気合入れますかね。メンドイけど。

 

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