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2009年1月14日 (水)

ブラスバンドライフ10.吹奏楽部の夏

夏休み中、毎日毎日オレらは音楽室にこもる。

海に行ったりもしない。山に行ったりもしない。

せっかくのティーンズライフの夏をほとんど音楽室で過ごす。

 

演奏会での曲数は10曲ある。

こないだのブラスフェスティバルの3曲でさえ脱落者が出たから、今度は何人が辞めるのかと不安に思っていたんだけど、意外にも誰も辞めることなく練習は続いた。

 

ブラスフェスティバルでの悔しい思いがみんなにはある。

そして何より第1回演奏会への意気込みがあるんだ。

 

音楽室を使えるのは午前中だけ。

だからオレらは朝早くから音楽室に入り練習をする。

午後は合唱部が使うのだけど、合唱部が休みの時は午後までというか夜まで練習した。

 

こういう風に、あまりに熱心になってくると必ず文句を言う者が現れる。

部員じゃあない。こういう盛り上がってる時は部員からは文句は出ない。

親だ。

 

吹奏楽や音楽活動に理解がある親なら文句は言わない。うちの親もそうだ。

でも楽器すらやったことの無い親には、吹奏楽部のキツイ練習が理解できないようだ。

 

「なんで毎日毎日、朝早くから練習する必要があるんですか!」

「文化部でしょ!夜遅くまでやることないでしょう」

「体育部でもないのに疲れるほど練習させないでください!」

 

音楽活動となる吹奏楽部は文化部に属する。

体育部の人には理解しにくいらしいが、吹奏楽部の体質は体育部に近い。

上下関係はキチンとしなければならないし、挨拶はヘタな体育部よりも大声でする。

それに、コンクールがある以上、勝負の世界でもある。

多摩境高校はまだコンクールには出ていない。そのレベルには無い。

個人としては、未希とその仲間で四人で奏でる「クラリネット・アンサンブル」に出場を果たして、それなりの成績は残せた。

悔しいが、うちの吹奏楽部で一番うまいのは未希だ。

3年生で唯一、音大を目指しているだけはある。

未希はこれから先、勝つか負けるかの戦いを何度も繰り返すことになる。

 

夏休みが終わる頃になると、親たちも慣れたのか、あきらめたのか、何も言わなくなった。

何を言っても、今の吹奏楽部は止まらなかった。

リベンジ。そして瞬間移動。

この二つの言葉が、みんなを動かしていた。

 

 

少しだけ、涼しくなったかなと感じ始めた8月の終わり。

オレと未希とナナは立花センセーと一緒に、演奏会を行うホールに見学に行った。

係のオッサンに案内されて、ロビーから客席に入ると、思っていた以上にきれいなホールだった。

さっそくナナが歓声を上げる。

「うひゃー。けっこういいホールじゃん!ホントにここでやれるんだー!」

その声がホール全体にこだまする。

「うっわ、ビックリした!カラオケみたい」

未希は冷静に分析をする。

「ずいぶん響くホールだね。これなら小さなソロ演奏とかもお客さんに聞こえるね」

「だな。お客さんにオレらの音楽が届かないと意味ないからな」

オレもうなずく。

ブラスフェスティバルでは、お客さんに「音」は聞こえても「音楽」が聴こえてなかった。

心を込めた演奏は、時には小さな音量で奏でられる場面もある。

こんなに響くホールであれば、思う存分に心を込められる。

立花センセーも深くうなずいている。

見学の帰り際、案内係のオッサンに呼び止められた。

「立花先生。そういえば聞くの忘れてたんですが・・・、ロビーに受付とか出しますよね」

「ええ、そうですね。机でも出して、その上に演奏会のプログラムでも置こうかと」

「実はですね。うちのホールでは受付係二人と、客席のドア係を三人つけないとダメなんですよ。生徒さんでいいんですけど、手配できますか?」

「ドア係ですか?」

なんじゃそれ。

「ええ。最近は客席の扉のところに誰かを配置しなくちゃいけない決まりがありまして」

「・・・わかりました。三人用意します」

立花センセーはちょっと困った顔をしながらそう言った。

 

 

翌日、音楽室では受付係とドア係の計五人をどうするかって話題になった。

といっても吹奏楽部が全員ステージの上で演奏してる時の仕事だ。

他の部のヤツに頼むしかない。

ドア係は立花センセーが合唱部から三人女子を連れてくるという。

でもそれ以上の人数はムリそうだという話だった。 

 

「ドア係はともかく受付係は、ちょっとはかわいい女子じゃないとダメだよな」

これはオレの意見。誰も聞く耳持たずだ。

と、思ったら田中ちゃんが大声を上げた。

「わ、わたしやります!!あんまりかわいくないですけど・・・」

「いや、田中ちゃん・・・そういう事じゃなくて・・・田中ちゃんは出演中だから」

「あ・・・そうか・・・」

田中ちゃんはガックリとしたが、すぐにまた大声を上げた。

「あ!! いいクラスメイトがいます! 同じクラスで。かわいいコと美人なコ!」

「へえ!!」

思わず嬉しそうな声を出したら、田中ちゃんは少しオレを睨んだ。ご、ごめんて。

「ナニ部の人?ちゃんと受付とかできそう?」

立花センセーが言うと、田中ちゃんは「うーん、多分」と言って、やや間を置いてから「大丈夫です。」と力強く答えた。

女子の友好関係は大事だ。

男子はこういう事はなかなか手伝ってくれない。「メンドイ」とか言って。

田中ちゃんは役に立てたのが嬉しいらしくて声のトーンを上げてしゃべる。 

「じゃあ明日、二人をセンセーに紹介します」

田中ちゃんが言った二人は名前からしてかわいい感じがした。

二人とも陸上部だというが体育部の人で平気だろうか。少し不安はある。

ともかく、これでスタッフもそろったよ。あとは練習に集中だ。

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