ブラスバンドライフ8.演出
パラパラとした拍手が夏空に響く中、オレたちはステージから楽器を降ろした。
「なんでスベッた?」
オレはそればっかり考えながら楽器を運んでいた。
1、2曲目は盛り上がっていた。
3曲目のパイレーツ・オブ・カリビアンも最初はいい雰囲気だった。
テコンドーでのナナの立ち回りあたりから観客に苦笑が見えた。
結局、テコンドーの場面が終わったとこで、その妙な雰囲気に戸惑って曲が止まってしまった。
すぐに立花センセーが指揮を振りなおして演奏を再開したけど、一体感のない演奏になってしまって、そのまま最後までやった。
人にはそれぞれ違った価値観がある。
人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。
それに想いを込めて演奏する人がいたりする。
立花センセーの口癖が頭に響く。
今日のオレ達の演奏は観ていてくれてる人達に届いてなかった。
人にはそれぞれ違った価値観がある。
オレ達の演出はただの内輪ノリでしかなかったのか・・・?
ノリ・・・か。
想いを込めてなかったのかもしれない。
オレは中学からずっと5年以上トランペットを吹いてきて、この日初めて悔し涙が出た。
翌日の音楽室は、会話こそあるものの笑い声は少なかった。
「シオ、昨日の演出・・・もうヤメだね」
珍しくナナまでトーンの低い声でそう言う。
「だな。秋の第一回演奏会ではナシだな。パイレーツ・オブ・カリビアン自体はいいけど」
「はあ。よく考えると、曲の世界観とテコンドーの世界観が全く関係なかったもんね」
「だな。多分、海賊のカッコしてサーベルで戦うのはアリだったと思うんだけどな」
「そうかもね。でも、なんかああいう演出する勇気なくなっちゃったよ」
「オレも」
二人でため息をつく。
そこへ未希がやってきた。
なんでか少し怒ってる顔をしている。
「だから賛成じゃなかったのよ。テコンドー演出」
未希は仁王立ちでオレとナナを睨む。
「ちゃんと演奏のみで魅せればいいのよ。たとえヘタだとしたって」
未希はオレ達の中では演奏レベルが高い。
去年は町田市のコンクールに4人アンサンブルのリーダーとして参加して金賞を獲ったくらいだから多摩境高校に置いておくのはもったいないくらいだ。
その未希が「演奏のみ」でやっていこうと主張している。
オレとナナは何だか逆らえない雰囲気になってしまった。
「で、でも・・・」
少し弱い声が後から聞こえた。
それは田中ちゃんだった。
なんだかオドオドしながらオレ達3人に言ったんだ。
このオドオド感がちょっとかわいい。
「どうした田中ちゃん」
「私は・・・スベル瞬間までは楽しかったです。楽しく演奏できてました」
楽しく・・・か。
「でもお客さんをガッカリさせちゃダメだよ。せっかく来てくれてんだから」
未希はピシャリと言い切る。
ナナより未希の方が部長みたいなセリフだ。
「そんなんですけどお・・・」
重い沈黙がこの場に流れる。
たった一度の失敗が昨日までの楽しい音楽室を消し去った。
なんだか練習する気にさえなれないような空気が部屋を埋め尽くしていく。
その空気を変える一言は近くにいた日比谷から放たれた。
「いーじゃねーすか。コケたって。もう一回やりましょうよ」
「は??」
オレとナナはハモッてそう聞き返した。
「もう一回っすよ。もちろん全く同じじゃなくって。ちゃんと曲の世界観にあった演出で。
ま、リベンジってヤツですよ」
日比谷は全くメゲていない様子でそう言う。
思わずオレとナナは互いの顔を見てしまった。
「シオ。や、やる?」
「や、やってみんか?」
オレ達の中には敗北感があった。
演出に失敗したという敗北感。
負けたんだから、もういいかっていう思い。
それを日比谷はたった一言の言葉でもう一度やろうと言う。
リベンジという言葉で。
それだけでオレとナナには再び意欲が戻ってきた。
「日比谷、いいねそれ。リベンジ。ねえシオ」
「だな。リベンジ。オレらの今年の流行語大賞にしようぜ」
オレとナナがやる気を見せると未希がため息をついた。
「はあ・・・。やっぱりそうなるわけね・・・。なんだかそうなる気がしたよ」
ため息をつく未希も嫌な顔はしていない。
「でも今度はちゃんとプラン練ってキチンとやろうね」
「あたりめーよ!」
高らかに宣言してみたが、いい案はない。
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