ブラスバンドライフ12.開演30分前
開演まで2時間を切った。
舞台の上ではオレら吹奏楽部が最後のリハーサルをしていた。
「うーん、パーカス隊、ちょっと音大きすぎ。七見さん、みんなをもっと抑えて。テンション高すぎるからね」
指揮をする立花センセーが各セクションにダメ出しをする。
「フルートとクラリネットは逆に小さいかな。未希ちゃんはいいけど、他の人はもっと自信持ってみよう。そんなにヘタじゃないから」
いつもは静かな立花センセーだけど、今日はよく注意する。
さすがに指導者としての血が騒ぐのかもしれない。
「塩崎くん。金管隊はリズムより早く走り過ぎ。塩崎くんと日比谷くんはいいけど、他の人はもっとよく私の指揮を見てね。特に田中さん、焦って早くなりすぎだよ」
「あ、ははい!」
注意されて真っ赤な顔で返事する田中ちゃんを見てオレはちょっと笑った。
バカにしたんじゃない。
なんだか和んだんだ。
でもオレは田中ちゃんに小声で言った。
「田中ちゃん。力入り過ぎだよ。リラックスしていこ!」
「あ、すいません。でも、大丈夫ですか?私。ちょっと自信が・・・」
焦りが顔に出てる田中ちゃんを見て、オレはとんでもない事を口にしてしまった。
「大丈夫だって。オレがついてるし」
「え!?」
近くの数人にそのやりとりが聞こえたらしく、驚いた顔でオレをチラ見した。
それを見て、オレはなんだか恥ずかしい事を口にした事に気がついた。
「あ・・・」
気がつくとオレも田中ちゃんも顔が真っ赤になっていた。
リハーサルは順調に進み、山場である瞬間移動の練習に入った。
演出の発案者、マジック失敗男がブツブツとつぶやく。
「暗くなる・・・ナナ先輩のパーカス・・・明るくなる・・・テレポート・・・・」
発案者のクセに不安らしい。
いや、発案者だからこそ不安なのかもしれない。
実は瞬間移動ではオレはかなり目立つ事になる。
内心ドキドキしてるんだけど、表には出さないようにしてる。
だってダサイだろ。3年の男がビクビクしてたらよ。
だいたい、吹奏楽部の男ってどの学校もなんだかダサイやつが多いんだよな。
映画「スィングガールズ」を見てみろよ。男はスッゲーなよなよしてるだろ。
あんなヤツが多いんだよ。
でもオレは違うぜ。ってとこを見せてやりたい。
リハーサルが終わった。開演までは残り40分てとこだ。
瞬間移動も曲の練習もなんとかなった。
最後の曲のリハーサルが終わって、イスから立ち上がろうとした時、何故か誰も立ち上がらなかった。
オレも同じだ。動けなかった。
「あとは・・・本番だけね」
立花センセーだけは普通に指揮者台のところに立っていて、そうつぶやいた。
「今ので練習は全て終わり。みんな、よくここまで頑張ったね。
今日でこのメンバーで演奏するのは最後だからね。力いっぱいやろうね」
そのセリフが聞こえた時、いきなり目が熱くなった。
ヤベエ!!
泣きそうになるのがわかって、歯を食いしばって耐えた。
周りからは何人かが鼻をすする声が聞こえ、それがホールに響く。
なんでこうなるのかって?
この演奏会で、オレら3年生は引退だからだ。
吹奏楽部というのは最後に定期演奏会をして引退をするのが普通だ。
その後は、受験や就職活動が忙しくなるので、ここでひと段落してしまうんだ。
田中ちゃんが泣いている。
未希も涙ぐんでいる。
ナナは・・・オレと同じく歯を食いしばっていて、まるで鬼の形相だ。怖え!!
立花センセーは、みんなを一度見まわしてから言った。
「第1回発表会がこのメンバーでの最後になるなんて変な感じだけどね。
悔いの無いように最後の最後まで頑張ろうね」
ナナが肩を震わせている。
頼む、ナナ。
お前は泣かないでくれ。
いつでも強気だったお前が泣くのなんて見たくない。
そんな姿見たらオレも涙をこらえきれない。
だから頼む。お前だけは泣かないでくれ。
「みんな・・・」
ナナがちょっと上ずった声でしゃべりだした。
「円陣組むよ」
ナナに言われてオレらは全員で円陣を組んだ。
25人と立花センセー。大きな大きな円陣だ。
そしてナナはいつもの力強い声で叫んだ。
「このメンバーでの最後の戦いだー!みんな気合い入れてくよー!
多摩境高校吹奏楽部ー!! いくぞー!!」
「はい!!!」
全員の大きな掛け声がホールに響いた。
そして、すぐに開場時間となり、お客さんが客席に入ってきた。
第1回演奏会。まもなく開演だ。
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