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2009年1月 8日 (木)

ブラスバンドライフ4.音楽室は恋愛禁止

季節の移り変わりは早い。

新入生が入ってきてあっという間に一か月が過ぎた。

中学の頃よりも早く感じるのはテストが多いからだとオレは思う。

多摩境高校は三学期制度だ。四月から七月が一学期。

その間に中間テストと期末テストがある。

たった三か月で二回もテストがあるんだから忙しいことこの上ない。

おまけにオレは三年生だから進学の事も考えなくちゃいけない。

 

一応、進路の希望は決めてある。

都内の専門学校に進んでイベント制作の仕事の勉強をしたいと思ってる。

今風に言うとアートマネジメントというらしい。

どっかの有名な劇場で、芝居とかクラシックとかの公演の制作をするのがオレの目標だ。

 

でもそれよりもオレには目の前に難題が立ちふさがっている。

トランペット・トロンボーン・チューバの面倒を見ることになってるオレだけど、チューバの中に一向にうまくならないヤツがいるのだ。

例の特技披露で猪木のモノマネをした一年生の女子だ。

名前は田中ちゃん。どこにでもいる名前だからイノキと呼ぼう。

 

イノキは今日もリズムが全く合わず、チューバを持ってイスに座ったままうなだれている。

「おいイノキ、なにへこんでるんだよ。もう一回今のとこやるぞ」

オレが少し厳しめに言うとイノキは泣きそうな声で答えた。

「なんでですか・・・もうやめてください」

「はあ?うまくいかなかったからだろ。これじゃ全体でやる時に一人で音がズレるって」

「そんな話じゃないです・・・」

「じゃあどんな話だよ」

「ひどいです塩崎先輩・・・」

とうとうイノキは泣きだしてしまった。

かわいそうだけど毎年よくあることだ。

みんなより進歩が遅い。ほんのちょっと遅れてるってだけなのに「もうダメだ」的な発想で塞ぎ込んじまったり、泣き続けたり、退部しちまったりする。

イノキは確かに覚えは悪いが一生懸命さは伝わってくる。

アントニオ猪木のモノマネしてたわりには丸顔でかわいいんだけど、打たれ弱い。

「おいイノキ。泣いてたってしょうがないだろ。みんなだって頑張ってるんだ」

「だから・・・そうじゃないんです」

イノキはもうヒックヒックと声を出しながら泣きじゃくってる。

それを音楽室の遠くのところからナナと未希がこっちを見てる。

未希は険しい顔でこっちを睨み、ナナは「あーあ、泣かしちゃった」という顔してる。

「おい、泣くなよ。何がそんな辛いんだっての。猪木ばりに元気ですかーとか言おうぜ」

「だからそれが辛いんです!」

イノキがうつむいたまま急に大きな声を出したのでオレは思わずたじろいだ。

「え?そ、それ?」

「イノキですよイノキ!わたしは田中っていうんです!一回モノマネしただけでずーっとイノキって塩崎先輩に言われて・・・それが辛いんです!」

顔を上げることなくイノキはそう叫んだ。

じゃあ猪木のモノマネなんてやるなよ!!と、言いたいけど・・・。

「アントニオ猪木は悪い人じゃないよ」

優しく言ってみたけど、なんかセリフを間違えた。言いなおす。

「ごめん。田中ちゃんは田中ちゃんだよね。今からはきちんと名前で呼ぶよ。だからさあ、泣かないで」

今年度ベスト・オブ・優しい声で言ってみる。

するとイノ・・・いや、田中ちゃんはやっと顔を上げた。

「ホントですか」

「ホントだよ。オレが嘘つきかと思うのかよ」

「ありがとうございます・・・」

田中ちゃんはやっと笑顔を見せた。

「やっと笑ったな。もうイノキなんて呼ばないけど『元気ですかー』とは言うからな」

「え、ええ?なんですかソレ。今度は塩崎先輩が猪木のモノマネするんですか?」

「女子がやるよりいいだろ」

田中ちゃんはアハハって声を出して笑った。

その声を聞いてオレはなんだか嬉しくてヘラヘラ笑ってしまった。

 

二週間後、田中ちゃんは全体練習でほとんど遅れることなく一曲まるまる演奏できた。

あの日から急に見違えた感じだ。オレの指導もなかなかのモンだろ。

「すげーよくなったじゃん田中ちゃん!」

「塩崎先輩のおかげですよ!はい、これお礼です!」

「え?お礼?なんの?」

「ちゃんと名前で呼んでくれたお礼です」

そう言って田中ちゃんは茶色い紙袋を渡してくれた。

中にはお洒落に包装されたクッキーと紅茶のセットが入っていた。

「え?あ、ありがと」

オレがそう言うと田中ちゃんは笑ってから同級生のとこに駆け出していった。

な、なんか恥ずかしいな。でも、ま、嬉しいけど。

「なーにニヤニヤしてんの」

いきなりナナが後ろから声をかけてくる。

「シオ。あんた、後輩に手を出すなんてアタシの許可とってからにしなさいよ」

「手・・手を出す?!ち、違えーって!オレ、立花センセー一筋だもんよ!」

「どうだかねー。あーあ、男って女の涙に弱すぎだよ。もう惚れかけてやんの」

「ほ、惚れてねぇよ!!」

ものすごくデカイ声を出してしまった。おもわず田中ちゃんの方を見る。

田中ちゃんはオレの声には気付かず同級生たちのワイワイ盛り上がっていた。

「なーにムキになってんのシオ。恋愛くらいしなって。ティーンエイジャーなんだから」

「なんじゃそりゃ」

恋愛・・・?オレが?田中ちゃんに? 

いや、いやいや、音楽室では恋愛禁止だよ。オレ的には。 

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