ブラスバンドライフ13.開演ベル
13時30分。
ホールは開場時間となった。
開演時間は14時00分の予定なので、お客さんはこの30分の間に受付を済ませて自分の席につくことになる。
このホールは500人ピッタリの客席数だ。
開場してすぐに50人くらいが受付した。
その後、次々とお客さんがやってくる。
誰も来なかったらどうしよう・・・と田中ちゃんは不安そうだがオレは心配してなかった。
なんつったってオレが出るんだぜ。
ちゃんとクラスのみんなに声はかけておいた。
オレと未希はロビーにある受付の横でお客さんを眺めていた。
色んなお客さんがやってくる。
クラスメイト、交流のあった他の高校の吹奏楽部のメンバー、先生たち。
嬉しかったのは「楽器に触ろう」企画で行った幼稚園の先生たちが来てくれたこと。
「みんなのホントの演奏が聴きたくて」
そんな言葉をかけられて思わず飛び上がりそうになったが、高校男子たるもの、そんな事しちゃサマにならんのだよね。うん。
オレと未希のところへ、パーカスのテコンドー女子がやってきた。
「どした」
「いえ、あの・・・クラスの友達の男子を呼んだんですけど、来るかなって・・気になって」
オレはつまんない事を聞いてみた。
「気になる男?」
我ながら女ゴコロを気にしてないセリフだけど、テコンドー女子はちょっと照れて答えた。
「いえ、そういうんじゃないんですけど・・・。クラス内では少しだけ仲良く男子で。
音楽を生で聴いたこと無いって言うから、来てって言ってみたんです。来るかな~」
少し待つとテコンドー女子は、歓声を上げて手を振りだした。
ちょっとぽっちゃりな男子が照れながら手を振り返す。
「あ、あの男の子です!やったー、来てくれたんだ大山くんー」
大山くんと呼ばれた男子は受付でプログラムをもらって一人で客席に向かっていった。
それを見届けるとテコンドー女子は「うし!」と言って楽屋へと走っていった。
「青春だねー」
未希がちょっと羨ましそうな声を出す。
「だな」
オレもうなづく。
「ねえ塩崎くん。高校なんて青春だらけだよね。あ、ホラ見てよ、あのお客さん」
未希が指さす先には、優しそうな感じのうちの学校の男子がいて、受付スタッフの若井くるみと笑顔で話してた。
「あの男子なんかすごく若井さんの事好きそうな笑顔じゃん。ホント青春だよね」
未希の言うとおりだ。
高校生なんてドコ見ても青春ばかりだ。
その恋愛とかを疎かにしてでもオレらは吹奏楽を練習してきたのに。
「ねえ塩崎くん。今日の私たちの演奏で、お客さんをハッピーな気分に出来るかな」
未希は真顔でオレを見た。
珍しくオレも真顔で答える。
「出来るだろ。それでいてオレらもハッピーな気分になろうぜ」
13時55分。
開演5分前のベルがホールに鳴り響く。
「チョー、キンチョール!」
舞台の袖でナナが意味不明な声を上げた。
「ほんとキンチョール」「まじ、キンチョールよー」
よくわからんセリフが飛び交う。
部員全員が舞台袖に集まる。
飛び跳ねるナナ、真剣な面持ちの未希、笑顔の日比谷、硬い表情の田中ちゃん。
テコンドー女子、マジック失敗男、柔軟女、エトセトラの仲間たち。
立花センセーは、そんなみんなを見回して優しい声を出した。
それは久し振りに聞く、あの言葉だ。
「みんな、忘れないで。
人にはそれぞれ違った価値観がある。
人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。
それに想いを込めて演奏する人がいたりする。
そう。
私たちの音を会場のみんなに届けよう!」
いろんな表情をしていたメンバー達が一つの表情になった。
笑顔だ。
演奏前だってのに笑顔になったんだ。
ちょっとコレはいい感じなんじゃねーの?ゾクゾクしてきたよオレは。
そして今、開演ベルが鳴り響く。
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