ブラスバンドライフ11.開演5時間前
10月10日。
カラッとした秋の晴天。
思えば今日までの道のりは長かった。
夏の終わりにドア係や受付係を決めてからは猛特訓の毎日だった。
その間に何度か人前で演奏する機会があった。
9月のアタマには老人ホームに10人くらいの小編成で乗り込んだ。
昔なつかしの曲を3曲ほど演奏した。
その中で好評だった「いい日、旅立ち」は今日の演奏会の曲目にも入れた。
同じく9月下旬には春にやった幼稚園で再び「楽器に触ろう」の企画で行った。
今度は本番用の楽器は持っていかずに、幼稚園生には気軽に楽器に触ってもらった。
何故だか今回は嫌な気分にはならなかった。
と、いうか幼稚園生が元気に打楽器で遊んでいるのを楽しく見れた。
そしてつい先週、10月のアタマには学校の文化祭で演奏した。
この時も3曲やった。
今年のヒット曲だ。「羞恥心」に「キセキ」に「ポニョ」。
どれも盛り上がったがテコンドーなどの演出はやめておいた。
羞恥心で手をグルグル回すくらいの振り付けをやった程度だ。
そうした経験を積んで、ついにこの日がやってきた。
実は再び親から「帰りが遅い」とのクレームもあった。
なにしろ夏休みと違って授業が終わってから練習するわけだ。
帰りが遅くて心配にもなる。
おまけに3年生は受験だってある。
それでも「10月10日までだから」と言って、オレも未希もナナも他の3年も、夜遅くまで練習してきた。
多摩境高校吹奏楽部 第1回定期演奏会。
全てはこの演奏会の成功のためだ。
朝9時、オレらはトラックで運ばれて来た楽器をホールの舞台へと運んでいた。
ナナが部長らしく仕切る。
「2、3年生は楽器を舞台の上に運んでー!未希は楽器の配置を立花センセーと相談しながらドンドン設置していってー!!あと座るイスもね!」
「わかったー!」
「シオ!1年生を連れて、舞台のひな段をホールの人と一緒に組んで!」
「りょーかい!!」
吹奏楽部は25人なので、全員がイスに座ると、後ろの方に座ったヤツはお客さんから見えなくなってしまう。
なので後ろの一列だけは、ひな段と呼ばれる台を作り、その上にイスを設置するのだ。
そうすりゃ後一列は高いところに座ることになり、お客さんからも見える・・・というわけだ。
まあ、これは自慢できる作戦じゃあない。
どこの学校の吹奏楽部でもやっている「常識」だ。
その辺は立花センセーが慣れている。
「ひな段完成ー!」
ひな段が完成してオレは右腕を突き上げて高らかに宣言した。
「じゃあ楽器置くからどいてどいて」
未希がシラっとした顔でイスと楽器を配置させていく。
「チ、なんだよ」
オレが舌打ちすると田中ちゃんがなだめる。
「まあまあ塩崎センパイ。機嫌悪くしないでくださいよー。みんなテンション上がり気味なんですよー。焦っちゃたりする人だっているかもですよー」
そういう田中ちゃんも目が泳いでる。一番テンパってるのは田中ちゃんかもしれない。
なんだか心配だな・・・。
楽器の設置が終わると、マイクのチェックやら電気の調整(照明と呼ぶ)が始まった。
瞬間移動の発案者、マジック失敗男が照明スタッフと何やら打ち合わせしている。
心配らしく未希が付き添っている。
瞬間移動は失敗したらダサイことこの上ない。
未希とマジック失敗男がちゃんと打ち合わせしてくれる事を祈る。
マイクのチェックではナナが舞台上でスタンドマイクでしゃべる。
「ただいまー!!・・・・・・」
な、なんじゃそのセリフは・・・。台本にあったか??
「・・・マイクのチェック中ー! ただいまマイクのチェック中ー!あー!あー!」
オレはというと日比谷とテコンドーと柔軟の4人でプログラムにチラシを入れる作業をしなくてはいけない。
プログラムは3枚折りで作ってあって、開くと「部員募集中!」のチラシが出てくるようにするのだ。
ちなみにプログラムのタイトルは「多摩境高校吹奏楽部 第1回定期演奏会」だが
サブタイトルは「始まりを目撃しろ!」だ。
これはオレが勝手に決めた。
女性陣からは猛反対をくらったけど、日比谷は大賛成だった。
部員募集中のチラシはナナが書いた。
かわいい女の子のイラストに吹き出しがついていて、そこにこう書かれている。
「アナタも楽しいブラスバンドライフを送ってみませんか?」
当初は「吹奏楽漬け」と書いてあったが、なんかキツそうなイメージなので
ブラスバンドライフという表現になった。
「塩崎センパイ! 受付係の二人を連れてきましたよー」
田中ちゃんがかわいい女子を二人連れて来た。
一人はノーメイクでナチュラルな優しそうなコだ。
「若井くるみといいます。今日は自信ないけど頑張って受付しようと思います」
もう一人は一年生なのにバッチリメイクのスラッと美人だ。
「早川舞です。田中ちゃんに頼まれたんで仕方なく来ました」
「あ、ああ・・・よ、よろしく」
オレは二人に受付の説明をしてその場を去ろうとした。
「じゃあ、よろしくね」
受付を離れ、舞台に向かう。
その時、意識してなかったんだけど、後で若井さんが田中ちゃんに話しかける声がした。
「田中ちゃん、今日言うの?」
「うん・・・うまく演奏出来た時は・・・言う!」
「わあ・・・勇気あるなあ」
なんの話だろ・・・。クラスの仲良ししか知らない話だろうか。
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