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2009年1月18日 (日)

ブラスバンドライフ14.辿り着いた舞台

10月10日、午後2時ちょうど。

 

多摩境高校吹奏楽部・第1回定期演奏会の開演ベルが鳴り響いた。

ざわざわしていた客席が静かになる。

ベルが鳴り終わると、会場全体の照明が暗くなった。

先頭を切って出るのは未希だ。

「みんな、行くよ」

少し張りつめた声を出して、未希が薄暗いままの舞台に歩きだす。

未希に続いてオレらも舞台へと踏み出した。

 

薄暗い舞台を歩き、オレは自分の席へと到着した。

右隣には日比谷、左隣には田中ちゃん。

いつもの練習と同じの慣れた配列。

でも表情はいつもとは違う。それは薄暗い中でもわかった。

オレだってそうだ。

何故だか鼻の先に汗が出るのだ。これが本番の緊張なのか。

心臓の鼓動も早くて大きい気がする。

近くのヤツに聞こえるんじゃないかと思えるくらいだ。

「ふうー、ふうー」

田中ちゃんは少し過呼吸気味な感じだ。

見かねてオレは田中ちゃんに微笑みかけた。

そんなオレを見て田中ちゃんは一瞬、不思議そうな表情を見せた。

この表情がすごいかわいかったが、田中ちゃんは一回うなづいて、集中した顔を見せた。

いい感じだ。

 

薄暗い中、全員が席につくと、チューニングが始まる。

チューニングとは、簡単に言うと全員の音程を合わせる作業である。

コンサートマスター(女性の場合はコンサートミストレス)の楽器の音に、他のメンバーも音程を合わせるのだ。

チューニングが終わると、舞台全体に照明が降り注いだ。

まぶしい!

思わず目を閉じる。

でもすぐに開けると、舞台上のみんなが見えた。

客席は暗くてよく見えない。それはそれで助かるけど。

 

照明がついてすぐ、舞台袖から指揮者である立花センセーが入場してきた。

ここで客席からワッと拍手がまき起きた。

立花センセーは真ん中にある指揮者台の横で、オレらに手で合図をする。

その合図でオレらは全員が立ち上がり、客席に向かって立花センセーと共に礼をした。

拍手がさらに大きくなる。

 

ああ、やっとここまで来たんだな。

 

そう、オレは演奏会に出てみたくて吹奏楽を始めたんだった。

始めたのは中学の時だ。

中学の時は一年から三年まで定期演奏会に出ていた。

創立したばかりの多摩境高校に入り、吹奏楽部に入り、メンバーの少なさが理由で演奏会が出来ないとわかった時、マヌケな事にオレは半泣きで立花センセーに文句を言った。

「演奏会できないってどういう事ですか!じゃあ何を目標に頑張ったらいいですか!」

あの時の立花センセーの優しい声が二年半もたった今でも鮮明に覚えている。

「ごめんね塩崎くん。でもいつか・・・いつか、演奏会が出来る時が必ず来るはずだよ」

「いつかって・・・」

「来年かもしれないし、もしかしたら再来年かもしれない。でも必ず塩崎くん達がこの学校にいる間に演奏会まで辿り着くように一緒に頑張っていこう」

あれから二年半。何人も何人も辞めていく中、オレや未希やナナ、そして何人かの三年生が生き残り、やっと辿り着いた舞台。

今、その一曲目を奏でるために、立花センセーが指揮者台に登る。

オレは何故だか自然と笑みがこぼれていた。

一年生の日比谷やテコンドー女子たちも笑顔があふれている。

立花センセーも一瞬表情がほころんだ。

すぐに真顔に戻り、指揮棒を構える。

オレらも楽器を構え、指揮棒に注視した。

注目された指揮棒は、「待ってました」とばかりに静かに振り下ろされた。

 

音が、みんなの音が、奏でられていく。

みんなの音が音楽となり、その音楽が会場を包み込んでいく。

お客さんにだけじゃない。

オレらメンバーにも音楽は降り注いでいる。

上手な演奏じゃあない。そんなのは演奏してるオレらが良くわかっている。

でもなんだろう?この心地よい感覚は。

もちろん必死こいて譜面と指揮棒を追いながら演奏してるんだから大変なんだけど、心地よい必死さなんだ。

楽しい。

そうだ、楽しいんだ。

夏のブラス・フェスティバルの時は「盛り上げてやろう」と考えていた。

「なんとかうまくやってやる」という気持ちで演奏していたので「楽しい」という感覚は無かった。

でも今は違う。この演奏を楽しんでいる。

人前で、こんな楽しんで演奏するのは初めてだ。

 

演奏会は二部構成となっている。

第一部はクラシックを五曲、何の演出もなく音楽のみで聴かせる。

曲目は有名なものを選んだ。

お客さんが聴きやすいという理由もあるが、本当の理由はオレらが曲を覚えやすいというのが一番だ。

オレらはヘタだ。未希以外は。だから有名な曲の方がやりやすいという訳だ。

四曲を演奏し終わると、オレに大役が回ってくる。

五曲目の紹介を、オレがマイクで説明するのだ。

いや、もっとカッコよく言うとMCってヤツだ。

 

オレは舞台のハジにあるスタンドマイクの所に移動した。

するとスポットライトがオレだけに当たる。

おお、オレ目立つじゃん。イケてるか? でもまぶしい。

いや、まぶしいのはオレの存在だっつーの。まあいい、しゃべろう。

「み、みみみ、み・・・みみ!」

うわー!なんじゃコレ!舌が乾いて噛みまくりだ!信じられんねー!イケてねーし。

「み、みなさん、こんばんわ」

「まだ2時だぞー」

「あ、そうでした・・・。じゃあ、こんにちは」

何故か会場がドッとうける。顔がめちゃくちゃ熱くなってきた。

「え、えー。四曲続けてお送りしました。み。みみみ・・・みなみさん」

メンバーもお客さんも大笑いだ。オレってこんなマヌケキャラだったのかー!

「みなさん、と、届いたですか」

なんだか怪しい中国人みたいになってしまった。汗が出まくる。

会場から「何がー?」という声が聞こえる。

何がって・・・。

立花センセーの「あの言葉」が頭に響いた。

 

人にはそれぞれ違った価値観がある。

人から見たら小さな小さな演奏会だとしたって。

それに想いを込めて演奏する人がいたりする。

 

「ぼくらの音はみんなに届いていますか?」

オレのこの言葉に開場が拍手で応えてくれた。

ものすごい拍手。

こんなヘタな演奏だってのに・・・。ありがとうみんな。

「ありがとうございます。 本当に嬉しいです」

ちょっと上ずった声で言ってしまった。かまわず続ける。

「早いもので第一部も次の曲で最後となります。

ぼくらは、まだまだこんなに下手なんですが、それでも正々堂々とここまで練習をしてきました。

その正々堂々さをこの舞台上で表現したいと思います。

それでは、第一部最後の曲です。

エルガー作曲、威風堂々」

オレらはヘタなりに堂々と演奏した。

ヘタということに、恥じらいはなかった。

そう、まさに威風堂々と。

 

そして演奏会は大拍手の中、第一部が終わった。

この後の第二部は・・・いよいよ演出のリベンジと瞬間移動だ。

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