ブラスバンドライフ最終話.終わりと始まり
いい日、旅立ちの演奏中はすすり泣きが聞こえていた。
まだ一年生の田中ちゃんが一番号泣していて、途中でティッシュでチーンとやっていたのは、さすがに困った。
さらにそれを見ていた日比谷が「ゲハハ!」と笑ってしまったのは、政治家風に言うと「痛恨の極み」ってヤツだ。
ちょっとオレの指導が甘かったか。
いや、オレだけじゃないらしい。
この曲の間は「プピー」というフルートのマヌケな音が多かったし、打楽器のスティックが手からすっぽ抜けて舞台の左から右へと飛んで行ったりした。
それを見てお客さんのオッサンが「ホームラン!!」と叫び失笑を買う始末だ。
泣きの演出もいいが、みんな精神的にダメージを受けすぎだ。
いい日、旅立ちの曲はすっかりコメディー風になってしまい、指揮をしながらも立花センセーは苦笑いをしていた。
しっとりと演奏を終える頃、部員たちの目には再び光が灯り始めていた。
気合の光。
オレはというと、心臓の鼓動がドクドクと言っている。
ただし、心地よい緊張って感じだ。
田中ちゃんが、また過呼吸っぽい音をたてて息をしている。
立花センセーの指揮で、「いい日、旅立ち」の音が終わる。
拍手が鳴り響く中、突然、舞台と客席の照明が完全に消えた。
ちょっとざわめくお客さんたち。
すぐに舞台左手のパーカスのナナのところにだけスポットライトが当たる。
「いよーーーー!!!いくぜっ!最後の一曲!!」
ナナは叫ぶと同時にティンパニーを一人で激しく叩く。
ナナの独壇場。つまりソロだ。
乱打していたナナの音が、少しづつリズム感のある音へと変わっていく。
と、突然、今度は舞台の反対側にスポットライトが当たる。
そこには未希がいて、いつものクラリネットではなく、日本の笛を構えている。
祭りで吹く様な笛の音が、ナナのティンパニーとのアンサンブルを奏でる。
暗闇に中、二人だけがスポットで照らされている。
ナナと未希。
この、まるで静と動の二人がいなかったら吹奏楽部は、ここまで来れなかったかもしれない。
その二人の音が東北の祭りのような音を奏でていく。
ふいに、二人の音が同時に止まる。
二人に注視するお客さんたち。
ほんの1秒ほどの間をはさんで、25人全員の強い音が出た瞬間、舞台も客席も全てがパッと明るくなった。
全員による強烈な音と、いきなり明るくなる照明。
音が強烈に感じるのは当たり前だった。
ナナと未希以外のメンバーは全て客席に点在していたのだから。
「うわ!いつのまに!?」
お客さんが驚いて、辺りをキョロキョロと見回す。
見回す客席ではオレら吹奏楽部がところ狭しと踊りながら楽器を吹く。
曲は「ソーラン節」をロック風吹奏楽にアレンジした「ロック・ソーラン節」だ。
これが「瞬間移動」だ。
ナナと未希にだけスポットライトが当たってる時に、こっそりとダッシュで客席に移動するだけという、なんとも単純で、それでいてお客さんをビックリさせる演出だ。
客席で演奏しながらも、踊る場面とかがある。
踊りの練習もさんざんした。ダンス部になったのかってくらいだから、振り付けもちゃんと揃っている。
劇場の照明スタッフに頼んでおいた、ピカピカと派手に点滅する照明が客席に当り、お祭りというかディスコ(クラブ?)という感じの雰囲気を作り出す。
正直、いきなりこんな展開になって、お客さんがどう思うかは不安だった。
夏のフェスタの時は、演出でスベッたからだ。
でも、あの時は「お遊び」だった。
今やっているのは練習やリハーサルをやった「真剣」な演出だ。
真剣さはお客さんに・・・届いた。
会場がみんな笑顔で手拍子をしてくれていた。
演奏と手拍子がホールにこだまする。
そしてビックリしたのは・・・オレ達、演奏者もみんなが笑顔になってたって事だ。
楽しい。
音楽はこうでなくちゃ。楽しく感じなくちゃ。
曲が終盤にさしかかると、オレらは舞台へと演奏しながら戻った。
そしてコーダ。
「ああ、終わる・・・」
立花センセーの指揮が振りおろされ、最後の一音が鳴り渡った。
全く間を空けずに聞こえたのは今日一番の拍手。
拍手の中、オレらは全員横一列に並んだ。
全く鳴りやまない拍手。
その中で、ナナはマイクを使わずに叫んだ。
「ありがとうございました!!!」
つられてオレらも同じように叫ぶ。
「ありがとうございました!!」
ほとんどのヤツは言葉の途中で泣きだした。
でもオレは耐えた。
男が泣くなんてな。みっともないぜ。「いい日、旅立ち」では不覚をとったけどよ。
「アンコール!!」
え?
なんだか意外な言葉が客席から聞こえてきた。
「アンコール! アンコール!」
アンコールという言葉があちこちから聞こえる。
うわあ・・・。アンコールだってよ。ほんとかよ・・・。
オレらは困った。
実はアンコール曲は特に決めてなく、練習もしてなかったからだ。
なのに立花センセーは客席にお辞儀をして、オレらに「席について」の合図をした。
そして、マイクを使わずに言った。
「もう一度、演奏しようと思います。堂々と演奏しきったことを記念して。
エルガー作曲、威風堂々」
言われてオレらは威風堂々を演奏した。
もう譜面は舞台上には置いてなかったので、記憶を頼って演奏してみた。
何度も練習してきただけあって、最後まで演奏しきれた。
威風堂々を演奏し終わった時、お客さんは立ち上がって拍手をしてくれた。
スタンディング・オベーション。
オレは忘れない。
今、見ている景色を。
オレは忘れない。
ここまで一緒に頑張ってきた仲間を。
演奏会は無事に終わり、ヘタなりにいい評判を得た。
お客さんが全員帰った後、オレらは舞台の上の片付けをしようとしたら、日比谷が大声を出した。
「集合ッスよーー!!」
「うわ! びっくらこいた。なんだよ日比谷」
オレはちょっとふてくされながら言ってみた。
「そんな怒らないでくださいよ。ちょっとオレ達1、2年生からプレゼントがあるんすよ」
「はあ?」
「だから、ホラ、塩崎センパイ。あ、ナナセンパイも未希センパイも、3年生みんな客席に座って下さい」
日比谷の強引な誘導でオレら3年は全員が客席に座った。
「なんなんだよ!」
大声で問いかけるオレに、日比谷は言った。
「オレ達が今日、演奏会出来たのは3年生のおかげでっしょ?だから少し、恩返しでもしようかなーと思いまして」
「ナニよ日比谷。なんかくれるわけ?」
ナナが物欲しそうな顔をすると日比谷は「ガハハ」と笑ってから答えた。
「聞いてください。オレ達から3年生への曲を」
「曲?」
そこで奏でられたのは、有名な二人組デュオの曲だった。
吹奏楽ではよく使われる曲だ。オリンピックで使われて人気になったバラード大作。
演奏を聴きながら、歌詞を思い浮かべる。
ある歌詞のところで、景色がゆがんだ。
泣かないってきめていたのにな。
まあいいか。そんなくだらない意地なんか。
「いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある」
・・・・・本気の演奏と、本気の聴く気持ちの時にだけ見える景色があるという。
オレに見えたのは拍手するお客さん達。そして今、ここにいる仲間たちだった。
もう、このメンバーで演奏する事は無い。
でもきっと受け継がれていく。後輩の時代、そのまた後輩の時代へと。
だって、こんな感動的な景色を見ることの出来たメンバーだもの。
「すいません塩崎センパイ。ちょっと話聞いてもらってもいいですか?」
全ての片付けが終了して、夕方に市民ホールを出たところで田中ちゃんが消え入りそうな声で話しかけてきた。
手にはいつかと同じ茶色い紙袋がある。あの時の紅茶、おいしかったな。
「ん、いいよ」
オレは田中ちゃんを連れて、みんなとは違う方向に歩きだした。
ふと振り返ると、ナナと未希がこっちを見ていて、「あちゃー」とか言ってる声が聞こえた。
その向こうでは受付係をしていた田中ちゃんの友達の若井さんが両手でガッツポーズみたいなのを作ってるのが見えた。
「塩崎センパイ。あの・・・イキナリですけど。その・・・私・・・センパイの事が・・・その・・・」
田中ちゃんは声は小さくなってるし、下向いてるし、なんだか震えている様な気までする。
そして立ち止って、ゴモゴモと言い出した。
「す・・・」
「す?」
「スキヤキ・・・」
「はあ・・・?」
「おいしいですよね」
「・・・だね」
静かになる二人。沈黙になりたくない。
「で、その・・・塩崎センパイのことが・・・」
「ねえ田中ちゃん」
「え、は、はい」
急に姿勢が良くなる田中ちゃん。その様子がかわいかった。
「こ、今度さ。ど、どっか二人で遊びにいこうか!」
オレとしては精一杯の勇気を振り絞ってみた言葉だ。
「遊びに・・・ですか? い、行きたいです!」
さらには声まで元気なる田中ちゃん。かわいいなあ・・・。
「その時はさ・・・その・・敬語なんて使わない関係で行きたいな!いい?」
すごく驚いた顔をしながらも、田中ちゃんはハッキリと答えた。
「は、はい!!」
答えておきながら田中ちゃんは急に眉間にシワを寄せた。
「ど、どうしたの?」
「間違えました」
「何を?」
「返事です。今の、はいって返事は取り消します。もう一回誘ってみてくれていいですか?」
意味がわからん。
断られるのかな・・・。うそー。そんな・・・。ヤベエ・・・オレ泣きそうだよ・・・。
「え、えーと。今度どっか遊びに行こうか」
その言葉を聞いて、田中ちゃんは満面の笑みで元気に返事をした。
「うん!!」
「ブラスバンドライフ」 END
ここまでお読みいただいてありがとうございました。
8ヶ月後を舞台にした後日談あります → 読切「自転車を押しながら」
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