ブラスバンドライフ5.アクティブ
雨の日が多くなってきた六月なかばのことだった。
いつものように音楽室で練習を繰り返していると、未希が怒りだした。
「ちょっと、パーカス隊、休憩時間だからってふざけすぎだよ」
未希が怒るのもムリはない。
パーカス隊・・・つまりパーカッション担当の女子たちが、みんなでテコンドーの練習をしているのだから怒られるに決まっている。
パーカスのリーダーである部長のナナまで一緒になってテコンドーの構えをしている。
「ちょっとナナ!アンタまでテコンドーの練習してどうすんのよ」
ナナは悪びた様子もなく答える。
「え、だって面白いんだよテコンドー」
そう言ってナナは戦いのポーズをとった。
「ナナ、その構え、太めの足が出過ぎ」
「な!? き、気にしてることを・・・」
ガクッとうなだれるナナ。
「うん、確かにナナの足は少し太いかもしれない」
オレはそう言ってしまってから「やべ!」と思ったが時すでに遅し。
女性陣の非難の視線がオレに集中して痛い。
「わたしも足ちょっと太いんですけど・・ダメですか?」
田中ちゃんがオレに聞いてくる。
そんなこと聞くな。田中ちゃんは少しぽっちゃり目だからしょうがないんだから。
「田中ちゃんは平気だよ。オレ全然気にならない」
「ホントですか?えへへ!」
まるっきりバカップルだ。
いや待て、付き合ってない。
ところでパーカス隊のみんなにテコンドーが流行りだしたのには理由がある。
入部の特技披露でテコンドーをやった女子がいた。
そのコはパーカス担当になったのだけど、ことあるごとにテコンドーの構えを披露する。
「健康にいいんですよ。ダイエット効果もありますし」
「だ、ダイエット効果・・・」
その単語がパーカスリーダーのナナの心を動かした。
以来、パーカス隊は休憩になるたびにテコンドーの動きをしている。
それが真面目な未希には気に入らないようだ。
いつもパーカス隊に「カンフーやめて」と言っている。
「カンフーじゃないって。テコンドーだって」
そうして今日も未希がまた怒っているという訳だ。
ところが今日はこの話題に立花センセーも入ってきた。
「七見さん」
七見というのはナナの苗字だ。七見奈々。
「あ、はい」
「その動きは何ですか?ティンパニーでも木琴でもないようだけれど」
立花センセーの質問にナナが答える。
「か、カンフーです」
「テコンドーでしょ」
未希が冷たくつっこむ。
「テコンドーねえ。それとパーカッションと関係があるのかな?」
立花センセーはニコッ笑いながら問う。
この笑顔に前にオレもやられた。かわいい。
「関係は・・・ないです」
「じゃあ、そのテコンドーの動き。ちゃんとお客様に見せる気はある?」
「はい?」
オレもナナも未希もパーカス隊も質問の意味がわからなかった。
お客様にテコンドーを見せる?なんのことだ?
立花センセーは自分の指揮者譜面台のところに移動した。
そして譜面台の上に置いてあったチラシのようなものを持って来た。
「これを見て」
そのチラシは黄色のハデな模様にオレンジの字でデッカクこう書いてあった。
『ブラス・サマーフェスティバル開催!』
「これに私たち多摩境高校吹奏楽部も出ようと思います」
立花センセーはまた笑顔でそう言った。
「この辺でブラス活動してる団体が出れるお祭りです。隣町の橋本で開催です。
でもお祭りだから普通にクラシック演奏しても盛り上がりません。そこで!」
まさか・・・。
「みんなでテコンドーの動きを取り入れた演奏をしてもらおうと思います。
名づけて・・・・名づけるなら何がいいかな、うーん塩崎くん、なにかアイデアない?」
イキナリ話題を振られた。
「オ、オレですか? え、えーと・・・テコンドーの動きを入れる・・・
格闘吹奏楽・・・なんてどうですか?」
「怖いねえ。じゃあそれを英語にしてアクション・ブラスで行きましょう」
あ、アクション・ブラス??
みんな驚いていたが、なんにせよ大勢の前での演奏が決まった。
ちょっと音楽室全体が盛り上がることになりそうだ。
「フェスティバルは来月です。頑張って練習しましょう!」
「おーっ!」
未希以外が威勢よく雄たけびを上げた。
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