ブラスバンドライフ7.フェスタ
7月中旬。ブラスフェスティバルの当日だ。
昨日まではどんよりどんよりな雲が広がってて「こんな天気でやんのかよ」とか思ってたんだけど、いきなりカラっと晴れた。
晴れたはいいが気温がぐぐっと上がって一気に夏日になった。
ここまで晴れろとは願ってない。
朝、家を出たらすぐに汗が出た。
「あぢー」
トランペットを入れたケースを持って、会場となる橋本へ向かう。
オレはトランペットだからまだいい。
ティンパニーとかの大きすぎる楽器のヤツも、軽トラックで運ぶからまだいい。
中途半端な大きさのチューバとかのヤツらが悲惨だ。
今回は会場が駅前だという理由で大きなトラックが使えず、大きな楽器だけを軽トラックで運ぶという事になってしまったから大変だ。
重い目に遭いながら、汗をだくだく流しながら会場へと向かう。
会場の橋本には朝10時に着いた。
駅前のメインストリートには屋台などがたくさん出ていて、すでに人だかりとなっていた。
この七夕祭りは朝9時から夜8時まで開催されるお祭りだそうだ。
メインイベントは二つ。
メインストリートで行われる総勢100名によるダンスパレード。
そして仮設ステージで行われるブラスフェスティバルだ。
ブラスフェスティバルはオレらみたいな学校の吹奏楽部や、小編成の市民の吹奏楽団が出るということだ。
トリは何故か地元出身のプロ女性歌手が吹奏楽団の音をバックに歌うらしい。
お昼過ぎにブラスフェスティバルが開始された。
全10組が30分交代で演奏していく。ちなみに30分には楽器セッティング時間も含まれる。そんくらいおおめに見てくれっての。
オレらの出番は3番目。わりと前半だ。
「立花センセー!田中ちゃんがキンチョーで過呼吸になってます!!」
待機場所でたこ焼きを食いながら待っているとテコンドー女がそう叫ぶのが聞こえた。
見ると田中ちゃんが苦しそうな顔してうずくまっている。
思わず駆け寄るオレ。
「だ、大丈夫か田中ちゃん!お、落ち着けってオイ! おちつけらろ・・」
オレが落ち着いてない。自分に言いきかす。
「お、オレ、落ち着け!」
そう言って自分の足を手で殴ってみると、ちょっと落ち着けた。だがかなり痛い。
「ぐあ・・・いてぇ・・・」
そんなオレを見て田中ちゃんは笑った。
「はは・・・塩崎センパイって・・・面白いですね。センパイ見てたら私も落ち着いてきました」
「お、おう。そうか」
田中ちゃんはゆっくりと立ち上がった。
その眼には、さっきまで過呼吸の苦しさの色はない。
「センパイありがとうございます。なんだか本当に落ち着きましたー!いつも助けてもらちゃってすいません」
「いや、まあ・・・大事な後輩だし・・・」
「大事な?!」
なんだか田中ちゃんは嬉しそうにそう言った。
「センパイ、今日頑張りましょうね!」
丸顔な田中ちゃんが元気にそう言うとオレもなんだか元気になってきた。
『プログラムナンバー3番、多摩境高校吹奏楽部さん、楽器セッティングしてください』
出番は午後1時にやってきた。
オレらは仮設ステージに次々と楽器を乗っけていく。
早く準備してしまえば演奏時間も長くとれる。
ということは余裕を持って本番3曲に取り組めるってわけだ。
ナナが全体を仕切り、三十人の部員をテキパキと動かす。
「焦ないで!でも急いで!あ、アンタちゃんとティンパニーのストッパーかけて!」
打楽器関係のセッティングに苦労したものの、わりとすぐに設置完了した。
それぞれの配置に着く前、未希がオレに言った。
「塩崎くん『景色』見たいんでしょ。本気でやんなよ」
「いつでも本気だっつーの。ナメんな」
30人がそれぞれの配置につく。
オレはトランペットを持ちステージのほぼ中央だ。
前には指揮者の立花センセーと、フルート隊とクラリネット隊。
右隣には同じトランペットの日比谷。
左隣はトロンボーンの田中ちゃんだ。
さーて、やるかオレたちのステージを。心して聴けよなー。
一曲目は『となりのトトロ』。
誰でも知ってるジブリ映画の曲をやって家族連れの客の気を引くという作戦だ。
まあ緊張のせいで音がバラバラだったけど、それなりに拍手をもらえた。
「ふう・・・あっぶね・・」
思わず口走った。
隣の日比谷は「しまった」という顔している。どこかミスったのか・・・。
逆隣の田中ちゃんは緊張のあまり、曲が終わってもトロンボーンを構えたままだ。
「田中ちゃん、もう構え解いていいよ・・・今、センセーがマイクで司会してるから」
「あ、ふ、ふあー。緊張する・・・」
2曲目は『羞恥心』
つい最近ヒットした曲を吹奏楽にアレンジして演奏した。
これも音がズレたり、曲の途中で楽器を落とすヤツがいたりとダメダメだった。
それでも拍手が来た。
3曲目は『パイレーツ・オブ・カリビアン』
3曲ともポップス系にしたのは今回の場所がお祭り会場だからだ。
ホントはクラシックもやりたいんだけど、祭り会場でクラシックやっても仕方ない。
おかげでそれなりに客も足を止めて聴いていてくれている。
戦いっぽいメロディーのところで、ナナと数人が例のテコンドーの動きを実践した。
楽器を床に置き、指揮者の立花センセーの横でテコンドーっぽく戦う。
ナナが次々と敵をテコンドーで倒していくような寸劇となった。
「どうだ!」
ナナは敵全員を倒してそう言ったが、なんでか客は拍手が少なかった。
「あ、あれ?」
あれ?という気持ちが部員に広がる。
その動揺からか、全体のリズムが一気にバラバラになった。
「ヤバイ!」
と思ったが、もう遅かった。
曲はバラバラになり、とうとう演奏が止まってしまった。
スタージ上に、押しつぶされそうな程の重い空気が舞い降りた。
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