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2009年2月

2009年2月 2日 (月)

空の下で-冬(4) 昔の約束「その3」

昨夜は心臓が暴れて、なかなか寝付けなかった。

 

「明日はくるみをお茶を誘うぞ」

そう考えると静かに睡眠を取るなんてのは難しい事だった。

部屋の電気を消してベッドに入っても、ドキドキして眠くなるのに時間がかかる。

眼をつぶって落ち着こうと努力をする。

「ひ、羊が一匹・・・」

超古典的な事をしてみるが、これは逆効果としか思えなかった。

一匹、二匹と数えていたら、頭を使ってしまって寝れないじゃないか!と思う。

よくまあこれで寝れる人がいるもんだよ。

逆に無心になれば寝れるかもと考え、何も考えないようにして目を瞑る。

「明日・・うまく誘えるといいな」

そう思うと、くるみの顔が頭に浮かぶ。

決して人気なコじゃあない。特別かわいい訳ではないし、目立つ性格な訳でもない。

でも、運動部なのに大人しい雰囲気は、なんだか優しいオーラを持ってる気がする。

そのくせ、ぼくとかをからかったりする事もある明るい子だ。

明日、どっかお茶しに行けたら何を話そうかな。

会話、長い時間持つかな。

「全然、無心になれないな・・・」

一人、ニヤッと笑ってしまい、バカな人間だなと感じた。

 

気がつくと朝七時半だった。

どうやら途中でちゃんと寝れたようだ。ホッとしながら部屋の窓を開ける。

冬にしては明るい光が部屋に射し込む。

「ふあ・・・。いい天気」

あくびをしながら呟く。

こんないい天気ならどこかに出かけるのもいいなと思い、机の引き出しにしまってあった五千円札を取り出した。

「今度はおごらないとな」

前にくるみと二人でスタバに行った事があった。

あの時はくるみがコーヒー代を払ってくれたので、今度はぼくが払いたい。

 

いつもより、ちゃんと寝ぐせをチェックして、顔もキチンと洗った。

それを見ていた母親が不思議そうな顔をする。

「あら、もしかしてデート?」

「ぶ!」

「図星? いい彼女できたんなら、そのうち紹介しなさいよ」

「いないよ、彼女なんて」

「そうなの?不良少女はお断りだからね。そこはしっかりしてちょうだい」

「はいはい」

うちの母親は茶髪とかピアスだとかをしてる学生は嫌いらしい。

今時、不良じゃなくたって髪の色くらい染めると思うんだけど。

 

学校に着いて校庭を歩いているとサッカーボールが飛んできた。

危ないと思って素早く避ける。

「あ、わるい!」

サッカー部の柏木直人がすまなそうな顔して走ってくる。

すでにジャージ姿。朝練らしい。

「朝から頑張るなー、サッカー部は」

「そう思うだろ?うちの顧問、練習量を自慢するタイプだから・・・」

校庭の奥の方を見ると、サッカー部がみんな走り回ってる。

「朝から持久走だぜ?ハードだっつーの。おかげで体力はついたけどな」

「そっか、じゃあ頑張ってね」

「あ、待て待て相原。マイ・・・早川の件、頼むな」

そう言って柏木はサッカーボールをドリブルしながら練習に戻って行った。

今、マイって呼んだよな。ホントに早川舞と付き合ってたんだな。

しかも確実に・・・未練タラタラだし・・・。

 

「なにオマエ、柏木と知り合いなの?」

校庭を歩き抜けて校舎に入ろうとしたところで後ろから名高に話しかけられた。

「あ、おはよ名高。知り合いって・・・同じクラスだよ」

「へえ」

名高はつまらなそうな顔をして髪をかきむしる。

「英太さ。三月の校内マラソン大会、真面目にやる?」

いきなり話題がそれた。しかも妙な質問だ。

「校内マラソン大会?真面目にやるけど・・・。学年別にやるんだよね。そうなると一位は名高だとすると、ぼくと牧野で二位争いをしないといけないよね」

「まあ一位は確実にオレだけどさ」

なんだよ、自慢したいだけか?ちょっと頭にくる。

「でも英太と牧野が二位争いかどうかは微妙だな。他の運動部にも早いヤツはいるぜ」

「うーん、確かに」

「だろ?野球部、サッカー部、バスケ部、バレー部、テニス部・・・敵はいくらでもいるぜ」

それでも名高ほどのヤツはいないだろう。

それは確実に思える。名高の実力は一年生としてはケタが違う。

「オレさ、柏木と同じ中学だったんだよね」

また唐突に名高が話題を変えてくる。

でも今度は何の話題だか察しがついた。

「もしかして・・・柏木って早いの?」

「よくわかったじゃん英太。かなりやるよ、柏木は。オレの予想では・・・もしかしたら英太と牧野より早いかもしれない」

「ホントに・・・?」

「まあ、やってみないとわかんないけどさ。校内マラソン大会、真面目にやるなら陸上部として恥な成績にはなるなよ」

そう言って名高は自分のクラスの方へと歩いて行く。

教室にはすぐ着くってのにウォークマンなんかつけて。

 

 

午前中の授業は全く集中出来なかった。

三学期の期末テストもそれほど遠い訳でもないのにコレじゃあヤバイかもしれない。

でも今日は仕方ないよ。緊張してきてるもん。

 

午前中の授業が終わり、昼休みになる。

昼休みは50分間。最初の20分で家から持ってきた弁当を一気に食べた。

せっかく母親が作ってくれた弁当なのに、味とか感じる余裕がなかった。

くるみに声をかけるチャンスは昼休みしかないからだ。

部活は三連休の二日目。部活が無いとなると別のクラスのくるみに会いに行くタイミングは、この昼休みくらいしか考えつかない。

弁当を食べてガタンと音をたてて席を立つ。

「行ってくる」

「うお!マジか英太!」

一緒に弁当食べていた牧野が真っ赤な顔して驚く。

「な、なんかオレまで緊張してきたよ」

「なんで牧野が・・・」

「いや、英太とは中学校からの付き合いだし・・・なんだか他人とは思えねーって」

牧野は本当に顔が強張っている。

「頑張れよ。英太」

「ありがと」

ぼくは少し噴き出して答えた。牧野のおかげで少し落ち着いた気がする。

 

ぼくの行動を知ってか知らずか、こんな楽な展開が用意されていていいのか悪いのか。

廊下を出て、くるみのクラスに向かって歩いていると、なんとくるみがこっちに向かって歩いていた。

でも一人じゃあない。女子三人で歩いている。

くるみと早川舞と知らないコの三人だ。未華じゃなくて良かった。あいつなら騒ぐ。

「あれー?英太くんだ。ん?なんだか顔が怖いよー」

くるみは笑いながらそう言う。

やっぱりぼくも顔が強張っているのか。頑張って笑ってみる。

「顔怖い?そうかなー」

「なんか声も変だよ?」

くるみがそう言うと早川舞がぼくに「キモイ」と言った。

こんなヤツのドコがいいの?!柏木!!

「あーと、くるみ、ちょっと時間ある?」

くるみと呼ぶのは今でも恥ずかしいが、陸上部ではみんなが「くるみ」と呼ぶ。

名字の「若井」とか「若井さん」と呼ぶ人は少ないので、ぼくもくるみと呼ぶ訳だ。

「時間?いいよ。じゃあマイちゃんと田中ちゃんは先行ってて」

言われて早川舞と田中なる女子は「先行ってるね」と言って歩いて行った。

「どうしたの?なんか大事な用?」

「いや、大事なってほどじゃないんだけど・・・」

心臓がバクバクとする。

言うしかないだろ。せっかくやって来た、このラッキーな状況なんだし。

「今日、部活ないからさ。学校の後、お茶でもどうかなーと思って」

「え?」

固まる二人。

沈黙が長いよ。早くなんか答えてよ。ええい、ぼくからなんか言うか。

そう思っていると、くるみが申し訳なさそうに小さな声でつぶやいた。

「今日はちょっと用事があるんだけど・・・ごめん・・・図書委員の仕事が・・・」

「あ、ああ、そうかあ」

なんでか笑顔で答えるぼく。

今日はダメと言われただけなのに胸が苦しくなる。

くるみが図書委員だなんて初めて知ったし。

「あ、でも明日なんてどーかな?英太くん、明日は忙しい?」

「明日?いいよ明日でも!じゃ、明日どっか行こう!」

喜びかけた瞬間、それに待ったをかける一言がくるみからかけられた。

「明日は未華と舞ちゃんと遊園地に行こうって言ってたんだ。英太くんも行こうよ!」

ナニコノテンカイ・・・。

 

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2009年2月 5日 (木)

空の下で-冬(5) 昔の約束「その4」

「で、なんでオレな訳よ」

牧野はふてくされた表情でぼくを睨む。

くるみにお茶を誘った次の日、朝の教室での事だ。 

昨日、勇気を振り絞ってくるみにお茶を誘った結果、くるみと未華と早川の遊園地へのお出かけにぼくも着いて行く事になった訳だけど、男一人だと少し感じが悪いので、昨日の夜のうちにメールで牧野に「一緒に行こうよ。」と連絡しておいたんだ。

それで今日、登校して教室に入ったらイキナリ牧野がこう言ったわけだ。

「なんでって・・・。男一人だと行きにくいでしょ」

「それはわかる。でもオレを選んだ理由がわからん」

牧野は腕を組んでぼくを睨みつけている。なんで怒ってるの?

「理由って・・・。くるみと未華と早川だから全員が陸上部な訳じゃん。そしたら陸上部の人の方が誘いやすいし、名高とか大山とか剛塚よりか、牧野の方がいいかなって」

「ふん」

牧野は腕を組んだままニヤリと笑った。嫌な笑みだ。

「そういう事か。まあ誘われたんだから、行くけどな」

そう言うと、なんだかそわそわしだした。

「くるみと早川はともかく、未華がいるなら行くしかないだろ。見ろよ英太、今日はデジカメ持って来たぜ。遊園地行ったらみんなで撮ろうぜ」

なんだよ!行く気満々じゃないかよ!

「あーなんだか楽しみだなー!なっ英太!」

うきうきだよこの人。怒ったふりだよ。

 

今日は授業が午前中で終わる。

それで午後を使って、都内の遊園地へと行く計画な様だ。

くるみに言われた集合場所の多摩境駅の改札へ行くと、すでにくるみと未華と早川が来ていておしゃべりをしていた。

「おまたせー!」

牧野が陽気なトーンで声をかける。

「コラー!ちょっと待ったぞー!」

未華も陽気な口調だ。この二人はお似合いかもしれない。

「はやく行こうよ」

対して早川は低いテンションだが、早く遊園地に行きたいって感じはする。

 

やってきた電車は平日の昼時とあって空いていた。

七人がけの横長のイスにみんなで座る。

早川、未華、牧野、くるみ、ぼくの順だ。

座る時、牧野は強引に真ん中に座った。

ああいう勇気がぼくにも欲しいが、牧野は表情は少し強張っていて、「ああ、なんだ牧野も緊張してるんじゃんか」と少し安心もした。

 

「英太くんってラクラクー行った事ある?」

くるみが言うラクラクーとは今日行く遊園地の名前だ。

ぼくが小学校高学年くらいの時に都内に出来た屋外遊園地で、ジェットコースターやコーヒーカップやお化け屋敷など、定番のアトラクションが多数あるという話だ。

「ラクラクーは無いなぁ。くるみはあるの?」

真横に座るくるみと話すのは照れ臭い。

距離が近すぎるので顔を見ながらは話せない。ちょっと視線を逸らしながら話す。

「わたしも行った事ないんだよね。怖い乗り物とか多いのかな?」

「なんかジェットコースターはけっこうスリルあるらしいよ」

「ホント?へー、楽しみ」

「え?くるみって怖いの平気なの?」

「ジェットコースターとかは好きだよ。お化け屋敷とかは嫌いだけど。英太くんは?」

「どっちも好きだよ。今日、楽しみだね」

全くのウソだ。

お化け屋敷のは別にいい。本当にお化けが襲ってくるわけじゃない。

でもジェットコースターは本当に落ちるから苦手だ。ああ、乗るのかなあ・・・。

ジェットコースターが好き?

ヤバイ、なんでウソついたんだろ・・・。乗る事になるよね・・・。

ウソついた理由は簡単だ。

気が動転してるからだ。

ただでさえ隣に座っていて緊張してる上に、さっきから電車が揺れるたびに体が触れる。

もちろん今は冬服の制服だから肌が触れることなんて無いんだけど、肩や腕が時々あたるのが物凄くドキドキする。

ちょっとスキマ開けて座った方がいいだろうか。

「ねえ英太くん聞いてる?」

「え??」

いつの間にか何かの話題を振られてたらしい。全く聞いてなかった。

「ご、ごめん、なんだっけ」

ちょっと怒ったような顔でくるみは言った。

「だからさあ・・・。今日、お茶じゃなくてゴメンネって・・・」

「あ・・・」

謝ってるのを聴き逃したのか?! 最低だなぼく・・・。

「いや、いいよいいよ。みんなでパーッと遊ぶ機会が出来たんだし」

「ほんと?うーん、それならいいんだけどね」

くるみは少しぼくの顔を不思議そうな表情で見た後、最近のヒット曲の話をしだした。

なんだろ、今の間は・・・。

 

多摩境駅というのは東京都の西のハズレの方にある。

上り電車で40分ほど行くと、大都会・新宿駅だ。

ぼくは新宿や渋谷とかに来る事はまず無い。

流行とかには疎いので都心部で服の買い物とかをすることが無いからだ。

それにぼくは基本的には都会よりか田舎の方が好きだ。

東京都に住んでいて「田舎」というのは変だけれど、ぼくの住む八王子市は畑や田んぼがたくさんあるし、すぐ近くの稲城市なんか梨が名産品だ。梨狩りが出来るくらいだ。

そんな田舎東京を出て新宿駅で電車を乗り換える。

そして新宿駅からは数駅のところで電車を降りた。

 

その駅からは歩いてすぐに屋外型遊園地ラクラクーのジェットコースターが見えた。

「おー!あそこだー!」

牧野がジェットコースターを指差す。

周りはオフィスビルやホテルなどが立ち並ぶのに、その空間だけはジェットコースターや観覧車などがそびえたっていた。

牧野と未華が正面エントランスのチケットセンターらしき所へ駆け出した。元気だなあ。

「あの二人、今日は部活じゃないのに走ってるよ・・・」

早川はため息をしつつ二人を追って早歩きしていく。

早川は都会が似合う。

毎日メイクはバッチリしているし、スカートの丈は短いし、最近は髪も長くなり、その髪を少しカールさせていて、テレビでよく見る「渋谷の女子高生」という感じだ。

なによりも少し気だるい感じが、大人から見た「最近のコ」という印象を受ける。

「英太くん、わたしたちも早くいこうよ」

くるみもチケットセンターに走りだした。

「走らなくても入場券売り切れないって」

と言いつつぼくも走る。

みんな走るという行動が普通になってる。さすが陸上部。

 

ぼくらは入場券と乗り物フリーパスを購入した。

「最初はどれに乗ろうか!」

未華がキョロキョロと辺りの乗り物を見回しながら言った。

そしてジェットコースターを見上げたので、ぼくがすかさず言う。

「あー!まずはそこのヤツにしようよ」

ぼくが指さしたのは、それほど高くもない小さな「ミニ・スプラッシュ」というアトラクションだ。

ジェットコースターには違いはないのだけど、子供もたくさん乗ってるし、これくらいなら何とかなるだろって考えだ。

「えー?なんか迫力なさげじゃない?」

未華は少し不満げだが牧野が「まあ小手試しってとこだな」と言ったので、まずはそれに乗ることになった。

「じゃあ一番凄そうなジェットコースターは今日の大トリで行こうね!」

未華はすごく楽しそうにそう言うと、くるみも「うん、そうしよう!」と答えた。

ぼくも笑顔を作るが、少し顔が引きつってる。

ああ、なんだか乗ることは避けられなそうだ。

せっかく、くるみと行動を共に出来てるのに憂鬱になってきた・・・

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2009年2月 9日 (月)

空の下で-冬(6) 昔の約束「その5」

カタコトと鈍い金属音をたてながら、ミニ・スプラッシュという名のジェットコースターが急な登り坂を登って行く。

名前の通り、そんなに高くは上がらないのだが、それでも三階くらいの高さにはなる。

座席は20人ほどで、冬の平日だというのに家族連れや学生などが乗り込んでいた。

その中の最後部に牧野とくるみ、ひとつ前の列に早川と未華とぼくが乗っている。

「ひっさしぶりだなー、こういうの!」

右隣に座る未華が心から楽しそうな声を出した。

「英太くんも久しぶりなんじゃない?こういうの!」

若干、顔が固まってるぼくを見て未華はそう言う。ぼくが固まってるのがわからないのか!

「この急勾配!なんだか富士山を思い出すよねー!」

未華はこのジェットコースターの坂で夏合宿でやった富士山登りの坂を思い出したのか。

全く繋がらないっての!あれは走って登ったんだ。落ちるという行為は無い。

登りの急勾配は終わり、ミニ・スプラッシュはほんの数秒だけ平坦に進んだ。

そして、超急勾配の下りを爆走した。

下っては登り、下っては登る。右へ左へと急カーブが続き、最後に一番の落差で落ちる。

「楽しいーー!!」

未華は最後の急勾配で両手を上げて叫んでいたが、ぼくはというと

「ひょえーーー!!」という訳のわからん甲高い声を出していた。

落ちた先はプールになっていて、大きな水しぶきが上がり、少し濡れた。

ふ、冬なのに・・・。

 

その後、体を温めるために、屋内に作られたカフェらしき場所に入って小さなテーブルを五人で囲んだ。

それぞれが温かい飲み物を買っている。

「ねえ英太くん、さっき落ちる時さ、変な声出してなかった?」

未華が嫌な事を聞いてくる。それは聞かないでほしい。

「そ、そう?ちょっとテンション上がってさあ・・・叫んじゃったかな」

「それにしちゃ妙な声だったような・・・」

「え・・・・。あ、あー!そういや前の列の子供が変な声で叫んでたような・・・それじゃないかな、多分」

ちょっとムリな言い訳をしてみたら、意外にも未華は「あ、そっか。」と納得してくれた。

ホッとしたのもつかの間、今度は早川が変な事言い出した。

「なんか相原、顔色悪くない?」

「あ、ああ。水かぶったからさあ、ちょっと寒くて」

もちろん言い訳だ。さっきのミニ・スプラッシュであんな怖かったんだから、今日の大トリで乗る巨大ジェットコースターの事を考えると顔色も悪くなる。

ただ、どうしても言い出せない。「怖いから乗れない」と。

くるみがいなければ言うかもしれないんだけど、カッコ悪いセリフを言う気になれない。

たかがジェットコースターの話なんだけど・・・。バカな去勢。

 

続いてコーヒーカップみたいなのや、巨大迷路など、平和なアトラクションを巡った。

大騒ぎしまくる牧野と未華。

この二人は気が合うようで、ちょっとした物珍しい事があるとすぐに興味を示してあーだこーだと騒ぎ立てている。

ラクラクーのグッズ売り場でも、変なグッズを見ながらはしゃいでいた。 

「だよねー牧野、やっぱコレそう思う?」

「思う思う!未華も?うわー偶然!」

そんな会話が多い。二人ともわざと合わせてる訳じゃあなさそうだ。本当に気が合うのかもしれない。

 

一方、早川といえばテンションこそ低いものの、若い人向けのグッズには熱心な様で、グッズ売り場では何個か買っていた。

「マイちゃん、何買ったの?」

くるみは早川と仲がいいようで「マイちゃん」と呼んでいる。

「ケータイのストラップとか」

「へえ、そんなの売ってたの?」

「らくら君のイラストがちょっとキモかわいくてさ。つい買っちゃったよ」

そう言って早川が見せたラクラクーの公式キャラクター、らくら君のイラストは確かに少し変わったかわいさだった。

 

「次はお化け屋敷行く?」

一通り、アトラクションを乗りつくしたところで牧野がパンフレット見ながらそう言った。

ここのお化け屋敷はけっこう怖いんだと、前に雑誌で読んだことがある。

「私、怖いのムリ・・・」

くるみは首を横に思いっきり振りながら答える。

「えー、そうなんだ。じゃあ辞めようか」

そんなに簡単に却下できるの?!

じゃ、じゃあ巨大ジェットコースターも却下できるかな・・・。

「オレは巨大ジェット・・・」

言いかけたところで未華が「次はアレ乗ろ!!」と大声を出した。

未華は斜め上の上空を指差していて、そこには大きな観覧車があった。

 

冬の昼間は短い。

辺りの影は少しずつ長くなりつつあり、遠くのビルの合間に見える空は青色からオレンジ色に変わりつつあった。

観覧車は四人乗りだった。

ぼくらは五人なので、三人と二人に別れようという事になった。

「どうする? ジャンケンでチーム分けする?」

「んー、そうだね。グーとパーでチーム分けしよ」

牧野と未華が相談して、グーパーでチームを分ける。

なんだかずいぶん久しぶりだ。グーパーなんて。 

・・・出来たら、くるみと二人になりたいな・・・

そんな期待はハズレ、予想外の組み合わせとなった。

「グーっとパー!!」

一斉に五人がそれぞれの手を出し、グーを出したのは牧野と未華とくるみ。

と、いう事は・・・。

 

少し夕焼け色の染まった観覧車に乗り込む。

観覧車は両側に二人がけの座席が用意してあり、ぼくはその片側に座る。

ぼくと同じくパーを出した早川は、ぼくと対面する形で反対側の座席に腰を降ろした。

「トビラ閉めますー。良い旅をー」

係員が優しい笑顔をしながら扉を閉めた。

観覧車はゆっくり、ゆっくりと上昇していく。

窓から見下ろすと人の姿が少しずつ小さくなっていく。

誰にも邪魔されない完全に二人きりの空間・・・。

ぼくと早川は無言のまま座り続けた。

 

あと少しで頂上だ。

そう思った時、早川が口を開いた。

「相原ってさ」

一周する間に話さないのかと思ってたので、少し驚いた。

そういえばぼくは早川とは今までほとんど話した事がない。

「なんで走ってるの?」

意外な質問にぼくは答えに少し詰まった。

「理由・・・? うーん・・・。最初はなんとなく始めたんだけど・・・。今は、楽しいからかな」

「楽しい?走るのがって事?」

「そう。早川はなんで走ってるの?」

「健康作りのため・・・」

そう言ってちょっと苦笑いをした。

「でも今は・・・」

そう言いかけて早川は言葉を止めた。遠くの夕日を見つめる。

茜色に染まる早川は妙に大人な感じがした。同じ学年とは思えない。

「私がサッカー部の柏木直人と付き合ってたの知ってる?」

「え?!」

いきなりその話題になったので驚いた。

「え、あ、まあ・・・」

「直人。あいつさ・・・。サッカーに一生懸命なんだよね。サッカーバカ」

「そ、そうなんだ」

「一生懸命過ぎてさ・・・。私は部活に一生懸命じゃないし。別れちゃったよ。色々あって」

「へえ・・・」

そうとしか反応できない。何か理由はあるんだろうけど聞くに聞けない。

「相原はくるみが好きなの?」

「は?!」

心臓がドキンとした。かなりの衝撃だ。心臓停止してたとしても動き出すような。

そんなぼくの心境なんかお構いなしで、早川は髪をいじりながら妙な事を言った。

「くるみって一生懸命だよねー。見ていて悔しくなるぐらい真面目で一生懸命。もちろん未華もなんだけどさ。未華と違ってくるみって早くもないのに一生懸命なんだよ」

早川はしきりに「一生懸命」という言葉を使っている。

この言葉に何か思い入れがあるのか・・・。

「私ってさー。一生懸命さが足りないんだって。柏木が言ってた」

「そんな事を?」

そこで早川はぼくの方を向いて睨むようにして言った。 

「直人さ、一生懸命な人が好きらしいよ。女のコも。相原、私の言ってる意味わかる?」

まさか・・・。

この時の直感が「まさか」で済まされなくなるのは、そんな先では無かった。

 

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2009年2月12日 (木)

空の下で-冬(7) 昔の約束「その6」

観覧車を降りるとすっかり夕方になっていた。

ぼくと早川が観覧車から出てくると、先に到着していたくるみがぼくをからかう。

「マイちゃんと二人きりで襲ったりしなかった?」

「おそ!!?」

何を言うかこのコは! 

もちろん何もしてないのに、ぼくは何故か顔が赤くなってしまった。

「えっ?英太くん、襲いかかったの?」

くるみがケラケラと笑う。襲いかかるなんて全く疑ってない表情だから、まあいいけど・・・。

「まったく。ぼくが早川に襲いかかるわけないって」

「あれ?怒った?」

「怒った」

「スイマセン」

全然反省してる感じは無いんだけど、やりとりが楽しかったのでこれはこれでいいや。

「じゃあ最後は巨大ジェットコースターだね」

ついに来たか。

 

ラクラクーで一番怖いと言われるのが今から乗る巨大ジェットコースター「ぐるり東京名所JET」だ。

ビルに囲まれた遊園地の立地を活かしていて、ただ高いだけではなく、近隣のオフィスビルに突っ込むような角度で落下し、オフィスビルの直前でコーナーを曲がり、一回転する。

その後も急傾斜、急コーナーが続く。

場所によっては東京タワーや六本木ヒルズなどが見えるらしく、「ここで左向け!」などの看板がコースの途中にいくつか配置してあるらしい。

その指示通りの方向を見れば東京の観光名所が見えるという事だ。

「東京中の観光名所が一度に見られるコースターです!途中に回転もあって、まさにまさにぐるり東京名所JET!!」

訳のわからん事を係員が叫んでいる。

夕方とあってか少し空いていて、ぼくらが列に並ぶとあっという間に順番がやってきた。

「今度も四人掛けの座席だね。どうチーム分けしようか」

未華が悩んでいると牧野がぼくの顔をチラッと見てから言った。

「まあ合コンでもないんだし、たまには男と女で分れようか」

「え?いいのそれで」

未華が不思議そうな顔をするが牧野はうなづいた。

「まあ、たまにはいいだろ」

この牧野の提案で未華とくるみと早川が同じ列に座り、その後にぼくと牧野が座った。

座席に座った時に、牧野が小声でぼくに言った。

「怖がってるトコ、くるみに見られたくないだろ?」

「え・・・牧野、サンキュー」

「英太がこういう乗り物苦手なの知ってるしな。わざわざくるみに醜態見せる事は無い」

牧野の優しさがすごい嬉しかった。持つべきものは友だなあ。

「ま、英太のビビってるトコ見るの楽しいしな。ちょーマヌケ面しそうだし。オレが見る」

持つべきものは・・・。

 

東京名所JETは、さっきのミニ・スプラッシュとは比べモノにならないほど高くまで登った。

「英太、そろそろだぞ」

「生きて帰れますように・・・」

「はあ?」

牧野の言葉の直後、東京名所JETは猛スピードで落下した。

さっきと違って、叫び声なんか上げる余裕すら無かった。

ただ、猛スピードで通り過ぎる景色だけは脳裏に焼き付いている。

「左だ!英太あ!」とか「右、右ー!」とか言う牧野の叫び声も記憶しているけど、あっという間の出来事だった。

ゴールして地面に降り立った時、ぼくはふらふらで声も出なかった。

 

「最後にもう一度グッズ屋行ってくるね」

未華は東京名所JETから降りてすぐにグッズ屋に向かった。

「あ、オレも」

「私も行くよ」

牧野と早川とくるみもグッズ屋に向かう。

「ぼくはちょっと・・・そこのベンチで休憩してるや」

「はいよー」

久し振りに一人になった。

何人か座れそうなベンチに深く腰をかける。

見上げると、観覧車についてる電飾が点灯したところだった。

辺りはまだ夕方で、夜という感じではない。なのに街灯にも明かりが灯り出していた。

「はー、一日が終わるなあ・・・」

夕日の方角を見ると、ビルの横に光り輝く太陽が見えた。

しかしその太陽は横から出てきた雲に隠れてしまった。

急に辺りが暗くなる。

「夜は・・・雨かな」

「何ブツブツ言ってんだよ」

いきなり未華が隣に座った。

「あれ、未華、いつの間に。グッズ屋は?」

「よく考えたら、もうサイフにお金が少なかったから戻ってきたんだ。見てよこのサイフ、ほら780円。電車賃くらいしかないや」

未華はサイフの中身をぼくに見せながら笑った。

近くで見ると未華ってすごいかわいいと思う。

ちょっぴり色黒な小顔と年中短めの髪。肩までとどいてるところなんか見たこと無い。

でも今日もそのショートカットが似合っていてかわいい。まさに体育会系少女。

牧野が好きになるのもよくわかるよ。

「何見てんの。まさか私が好きってわけじゃないんでしょ」

「あ、ごめんごめん。髪型いいなって思って」

「でしょ?立川の美容室でやってもらってるんだー」

「へえ。立川ってけっこう遠いのにね」

「家がそっちの方なんだよね。国立ってトコ。そういえば英太くんはドコ?」

「堀之内ってトコなんだけど、知ってる?」

「堀之内かあ!4月の春季大会やる上柚木競技場の近くじゃん」

「春季大会?」

そんな大会あったか?

「ちょっと何寝ぼけてんのよ。春季大会知らないの?4月の頭にある記録会だよ。まあそいれはいいとしても、高校総体の支部予選会も上柚木競技場だからね」

「高校総体の支部予選会・・・」

「私、今度は都大会決勝を目指してるんだー。いくぞ都大会!」

未華は立ち上がって拳を空に向かって突き出した。

「ちょおっと英太くん!アンタもやってよ、一人でやったら恥ずかしいでしょ」

「え? お、おーし!行くぞ都大会!」

ぼくも空に向かって拳を突き上げた。

なんだかすごく気持ち良かった。高校総体が何なのかはよくわかって無いけれど。

 

 

グッズ屋から帰ってきた牧野とくるみと早川と合流して、ぼくらはラクラクーから出た。

辺りはすっかり夜になり、かなり寒くなってきた。

「なんだかスゲエ急に寒くなってきたなー」

牧野の言う通り温度の低下が急激だ。

さっき太陽が雲に隠れていったし、明日はもしかしたら雪かもしれない。

「じゃあそろそろ帰ろうか」

ぼくらは再び電車に乗った。

 

新宿駅に着いた時、未華が「あのさー」と言い出した。

「どうかした?」

くるみが問うと未華が「ちょっと今日、行きたいトコが別にあるんだけどいいかなー」と、みんなを見回しながら答えた。

「まだ時間はあるし、いいよ」

早川がそう言って、ぼくが続いた。

「ドコに行くの」

「桜ケ丘公園」

その場所を聞いて、くるみがビクッと肩を動かした事には気付かなかった。

 

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2009年2月16日 (月)

空の下で-冬(8) 昔の約束「その7」

桜ケ丘公園・・・。

新宿から西に向かって電車で30分ほど戻ったところに聖蹟桜ケ丘という街がある。

多摩境高校からもそれほど遠くない街だ。

国民的アニメ映画の監督が、この街を舞台にした映画を作ったことでも知られている。

中学生の恋愛がテーマだったせいか、付近の中学生や高校生が聖蹟桜ケ丘でデートする事は少なくない。

そんな街のハズレに桜ケ丘公園はある。

大きな敷地の西側は芝生の斜面になっていて、その頂上から見る夜景が綺麗だと聞いたことがある。

未華が行きたいのはそこらしい。

 

聖蹟桜ケ丘駅に降りると、未華は地図を探した。

「うーん、どっちに向って歩いたらいいんだろ」

ぼくはこの街は初めてだ。牧野の方を見るが牧野も首を振っていた。

早川も「駅には来たことあるんだけど、公園はわかんないや。雑誌では見たけど」と、困った顔をしていた。

「こっちだよ」

意外にも公園の場所がわかるのはくるみだった。

なんだか早足で歩きだす。

「あれ?くるみって桜ケ丘公園行った事あるの?わー助かる」

未華は嬉しそうな声を出したが、くるみを笑顔で答えるだけで、すぐに早足で進む。

「あ、早いってば、待って待って」

未華がすぐに追いかけ、ぼくらも後に続いた。

なんだかくるみの様子が少しおかしい様な・・・。

 

駅から離れると、ぼくらは静かな住宅街の中を進んだ。

街道とかも近くにないらしく、まだ午後7時だというのに物音がほとんどしない。

時折、どこかの家の子供が騒いでるのが少し聞こえるだけだ。

ついさっきまで新宿の喧騒の中にいたのが嘘のようだ。

「さみい」

牧野がつぶやく通り、なんだかすごく寒くなってきた。

東京都とはいえ二月の夜はやはり冷える。歩くのを止めたら一気に体が冷えてしまいそうだ。

「こういう寒い日ってのは星がよく見えるんだよな」

牧野がやたらとロマンチックそうな事を言いながら空を見上げたが、曇っているのか星は見えない。

「チ、桜ケ丘公園に着いたら、お!星がキレイだなって言おうとしたのによ」

「ナニソレ牧野。ちょっとカッコつけようとしてない?」

「いいだろ英太。一日中グループデートみたいに行動してるんだからさ。少しはこんなセリフ言ったっておかしくないって」

「そうかなあ。早川さんはどう思う?今の」

隣を歩く早川に話題を振ってみた。

「・・・柏木がそんな事言ったことあるよ」

「え?!柏木くんが?」

「マジで?! 柏木のヤツ、くせー!!」

「いや牧野、それ言おうとしてたじゃん」

「え?つーか早川って柏木と付き合ってんの?」

牧野がそこに食いつく。

早川は「んー、去年ね」と当然の様に答える。堂々としていて男らしい。・・・失礼か。

 

住宅街を抜けると、桜が丘公園に到着した。

公園入り口からは木で出来た階段を登る。

この階段がかなりキツイ傾斜で、さっきの「ぐるり東京名所JET」を思い出す。

「キツイ!まるで部活だ!」

牧野がさして嫌がってもない表情で文句を言うと、未華が答える。

「なによ牧野!今日も部活だよ!」

「なんの練習だよ」

「階段登りなんて足腰が強くなりそうじゃない。それで到着した先には夜景が待ってるんだから一石二鳥ってヤツだよ。あ、一石二鳥っていいね。いい言葉だよ」

なんか説明してる間に「一石二鳥」が気に言ったらしく、しきりと一石二鳥と繰り返す。

 

それにしても・・・と、階段を登りながら思った事を口にした。

「前にもこんな事あったよね」

「ん?どんな事?」

未華は前を向いて歩いたまま答えた。

「どんなって・・・いやさ、みんなで夕方だか夜だかに丘に登った事」

「ああ、あったね。秋の新人戦の帰りだっけ」

「そうかな、多分。未華って丘が好きだね」

「違うよ。今日はあたしが来たいって言ったけど、丘が好きなのはくるみだよ。新人戦の帰りに行った丘も、くるみのオススメスポットだったんだ。学校が休みの日は、よく丘にある公園とかで読書とかしてるらしいよ」

「へえ、くるみが?知らなかった」

だから、今日のこの桜ケ丘公園も知っているのかもしれない。

 

だいぶ登ると、ついに目的である芝生の斜面にたどり着いた。

斜面にはいくつか木製のベンチがあり、その近くにはオレンジ色の丸い外灯が三か所ほど設置されていて、暗い公園内であるにもかかわらず、ここだけは優しいオレンジの光に染められていた。

そのベンチにくるみ・未華・早川が座り、ぼくと牧野はその後ろに立った。

そこからは、さっき通った聖蹟桜ケ丘の街が一望でき、遠くには多摩川や、その向こうには中央高速の綺麗に整列された外灯が並んでるのが見えた。

未華がつぶやく。

「綺麗だね」

「乙女かよ」

「乙女だよ」

こんな雰囲気のいい公園でも牧野と未華のやりとりは少しだけくだらない。

でもなんか微笑ましい。

いつか・・・いつかこの二人にはくっついてもらいたい。

きっと楽しいカップルになるに違いない。

「いい場所じゃん」

早川は夜景を見ながら唐突につぶやいた。

「でしょー?」

未華が嬉しそうに言う。まるで自分がここを作ったかのような勢いだ。

「だね。いいとこだよ。きっと私の元彼もこういう所に来たかったんだろうな」

「え?柏木くん?」

未華は当然の様に聞く。くるみにも驚きの色はうかがえない。

早川と柏木が付き合ってたのを女性陣は知っていたようだ。

「あいつさあ、妙にロマンチックでさあ。夜景だとかイルミネーションとかが好きなんだよ。でも私、あんまりそういうのに興味が無くってさ。こういう場所に一緒に行った事なかったんだけど・・・。来てみると意外といいもんだね」

なんと答えていいかわからず、みんな静かになってしまった。

「あ、ごめん。別にしんみりした話じゃなくってさ。私からフッたんだし、柏木。別れたくて別れたんだから、今の話とか気にしないで」

慌てて早川がフォローする。

「すげえよな早川。学年でも人気トップクラスの柏木をふっちゃうなんて。いや、スゲエ」

牧野が訳のわからないコメントをする。しかもちょっと日比谷っぽい。

「なんだよそれ?私、褒められてるの?」

「オレにもよくわからん」

みんなが笑う。危うくしんみりしそうなところだったけど、なんだかまた楽しい雰囲気に戻った。

 

しばらく五人でクラスの話題や授業の話題をしていた。

「うー、しかし寒いな」

「だね。あ、あっちに自販あるじゃん!なんかあったかいの買いにいこうよ」

未華の指さす先には、だいぶ遠くに自動販売機が見えた。

「ホントだ。行こう行こう」

ぼくらは自動販売機に向かおうとしたが、くるみだけは座ったままだった。

「あれ?どうしたの?くるみ」

未華が心配そうに尋ねると「あ、あたしいいや。ここで待ってる」と弱い声で答える。

ぼくら四人はお互いの顔を見合わせる。

実はさっきからくるみはほとんど会話していない。

ずっと夜景を眺めてるだけだ。

「まあいいか。じゃあちょっと待ってて、なんか買ってくるよ」

未華は自動販売機に向かう。早川と牧野も向かい出したので、ぼくは未華たちに言った。

「あ、くるみ一人だけにすると、夜の公園だし危ないから・・・ぼくもここにいるよ」

「わかったー。よろしくー」

未華はちょっとニヤついてから再び歩き出した。

 

ぼくはくるみの隣に座った。

いつもなら「二人きりになれた!」なんてウキウキするところだけど、実はそうじゃなくて、本当に「夜の公園で一人にしたら危ないよ」と思っただけだ。

「寒いね」

話しかけると、くるみはうなずいた。

「英太くんはいいの?自販行かなくて」

「うん、別にいいや。寒いけど、なんとかなるよ。ぼく、寒いのは得意なんだ」

「へえ、変な特技だね」

ちょっと笑うくるみ。でもすぐに視線は夜景に戻る。

その様子を見て、ぼくは疑問をぶつけてみる。

「あのさ・・。この公園って何か思い出でもあるの・・・かな」

言われてくるみは少し驚いた表情でぼくを見た。

「いや、なんかさ。ここに来てからずっと静かにしてたから・・・聞いちゃまずかったかな」

再び夜景に視線を戻す。

オレンジ色の外灯で照らされるくるみの顔は、とても綺麗だった。

くるみは夜景の方を向きながら、目を手でぬぐった。

「え?」

動揺する。今、涙をぬぐった??

「あ、ご、ごめん。なんでもないよ」

笑ってぼくの方を見るくるみの目は、ほんの少し赤かった。

「くるみ、な、なんかぼく悪い事言った? ごめん、ほんと」

ぼくがあんまり慌てた声を出したので、くるみは首を思いきり横に振った。

勢いがありすぎて髪が揺れる。

「ち、違うって。英太くんがどうとかってじゃなくって。ごめん、ここに来てから、どうも涙がちょっと出そうになっちゃって」

「それって・・・」

「あ、訳わからないよね。ここね・・・その・・・・好きな人と最後に来たところなんだ」

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2009年2月19日 (木)

空の下で-冬(9) 昔の約束「その8」

この冷たい空気の中、さらに空気を切り裂くような一言だった。

それはもちろん、ぼくにとっては・・・という事なのだけど。

 

「好きな人と最後に来た場所」

 

この桜ケ丘公園は、くるみにとってはそういう場所らしい。

ぼくは思わず聞いてしまった。

「す、好きな人って・・・」

こんな事を女性に聞くのはどうなのかとは思う。

けど、聞いてしまった。ぼくの気が動転しているからってのもある。

「あ、意味わからなかったよね。英太くんにこんな話した事なかったし・・・」

くるみは相変わらず遠くに見える夜景を見たまま話した。

「わたし、中学の時に好きだった人がいてね。わりと上手くいっちゃって、よく二人で出掛けるようにまではなったんだ」

頭がくらくらしてきた。

なんでだろ、不安で仕方なくなってきた。

この話の続きは聞きたいんだけど、聞くのがすごい怖い。

「何度か出かけてさ。その人とこの桜ケ丘公園に来たんだ。わたし、丘が好きだから」

ぼくは自動販売機の方を見た。

牧野たちはまだ戻ってくる様子は無い。

「でもさあ、ここでさあ、いざ告白したらさあ・・・」

くるみはそう言ったまま静かになってしまった。

少しの間、静寂が流れる。

ここでぼくは本音を言った。

「いいよ、くるみ。辛い話なら・・・無理してぼくなんかに言わなくても。さっきの涙の訳なんて気にしないからさ」

また静寂が流れる。

今のセリフは良くなかっただろうか。

そう思っていたら、くるみはぼくの方を見て笑顔で言った。

「フラれちゃってんだよね!ここで!」

「え・・・」

「何回も二人で遊んでおいてそれは無いよねえ。今みたく寒い日の夜にここまで来てだよ?わたし、ここで泣いちゃったよ、思いっきり! 泣き終わったら、もういなかったの、その人。バカにしてるよね、絶対!」

急におっきめな声で一気に話すくるみに、ぼくは少したじろいだ。

でもくるみは少し涙ぐんでポツリと付け加えた。

「一緒にここで星とか夜景とか見る約束してたのになあ」

くるみは空を見上げた。

ぼくもつられて見上げたけど、雲が出ているのか星は全く見えなかった。

「あーあ、今日も見えないや。その時も泣いてて何も見えなかったんだよね。約束破られちゃったままだよ」

「そんなの・・・」

「ん?」

「そんなの昔の約束だよ。辛いけど・・・忘れちゃいなよ」

「そう・・・。そうだね。そんな昔の約束なんかに拘ってちゃダメだよね。全部忘れちゃおっかな」

「全部はダメだよ」

「え?」

ぼくは少し考えてから言った。

「なんていうか・・・。思い出は忘れちゃダメだよ。・・・な気がする。きっと、今まであった出来事ってのは忘れちゃいけないような気がする。昔の約束なんて忘れちゃえって言ったばっかだけど・・・」

「そっかあ。思い出は忘れないで、取っておくモノかあ」

再び夜景に目をやるくるみ。

「そうかもね。思い出を忘れようとするのは自分を忘れようとしてるようなものだもんね」

「よし」と言ってくるみはベンチから立ち上がる。

「なんだか少しスッキリした。誰にも言えなかった出来事を言っちゃって少し楽になった気がする。ありがと英太くん」

「え?未華とかにも言ってないの?」

「んー、なんとなくは言ってたけど、この場所だとは言ってなかったかな」

そうだよな。知ってたら今日ここに来てないもんな。

「英太くんってなんか話やすいなあ。今日こんな事を言うとは思ってもみなかったしね」

「話しやすい?そう?喜んでいいのかなあ」

「うん。だって前にも雪沢センパイと五月先生の密会現場を盗み見にしにいく時も、英太くんが一番相談しやすかったもん。相談できるってのはいい事だよ」

そんな事もあった。

そしてあの時以来だ。くるみと二人きりでこんなに話しているのは。

「そういえばあの時、英太くんとしたお茶しに行く約束したよね。まだどこにも行ってないね」

出ました!!くるみからこの言葉が!!待ってました!!

「あ、いいよいいよ、昔の約束だし」

とか言ってしまうぼく。何やってんだろ・・・。でも過去の恋愛話聞いた後だと弱気にもなるよ。

「え?いいの?そっかあ」

ベンチに座り直すくるみ。

ややあってから、つぶやくように言った。

「じゃあ約束し直そうか」

「え?」

「新しい約束しようよ。今度はちゃんと守るからさ」

「新しい約束・・・か」

後ろの方で牧野達の騒ぎ声が近付いてくるのがわかった。

ここは迷ってるヒマは無い。なんか新しい約束をしなくっちゃいけない。

「じゃあ今度、映画でも観にいこ!」

ちょっと飛躍しすぎただろうか。単なる「お茶」だったのが「映画」に変えたのは・・・。

でもくるみは迷いなく答えてくれた。

「うん。じゃあ映画観て、帰りにお茶しよう」

 

 

牧野と未華と早川が戻ってきた。

未華がイキナリ冷やかす。

「二人で何話してたのー?」

「んー秘密」

ぼくは少しニヤけながらそう答えた。

「あー、なんかヤラシイ笑みだね」

「やらしくない!」

ぼくの大声での否定を聴かずに未華は空を見上げた。

「あー、やっぱ星出ないかあ。残念だなー」

みんな空を見る。

すると牧野が「あれ?!」と叫んだ。

「あれ何?やたら早い星が見えるよ!」

牧野が指さす先には白く光るモノがフラフラと動いていた。

「流れ星!!」

未華が嬉しそうにそう叫ぶが、それにしちゃ長いこと動いてる。

そして白く光るモノが他にもたくさん現れた。

「あ・・・」

「雪だ・・・」

それは舞い散る粉雪だった。

粉雪が外灯に照らされて、光ってるように見えたのだ。

たくさんの粉雪がひらひらとぼくらに周りの降り出した。

「あー見て」

早川に言われて街の夜景の方を見ると、夜景に照らされながら落ちていくたくさんの粉雪が見えた。

「わあ・・・綺麗」

街の光と空からの粉雪。

この淡い景色をぼくらはしばらく眺めていた。

見ている間、なんだか嫌な事も全部忘れられていた気がした。

 

くるみの悲しい出来事も忘れさせてくれればいいのに。

 

そう思うけど、切ない思い出はそう簡単には消えないのは知っている。

でも昔にこだわっちゃいけないんだ。

くるみの切ない思い出も遠く霞むような楽しい思い出を一緒に作っていけたらいいな。

今までは単に「仲良くなりたい」という感じだったぼくが、そう思った最初の日になった。

 

 

そうして陸上部の三連休は終わった。

これからぼくらは4月の春季大会へと動き出す。

でもその前に・・・3月の校内マラソン大会に必死になる事になる。

ぼくらの専門分野とはいえ・・・・・・他の運動部をナメちゃいけない。

 

 

 

空の下で 冬の部「昔の約束」編 END  →  NEXT 冬の部「校内対決」編

 

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2009年2月20日 (金)

昔の約束編、描き終わりましたー!

2nd seasonの最初「昔の約束」編が終わりました。

 

これまでスポーツ一直線だったのに、イキナリこんな内容でスタートしてすいません(笑)

今シーズンは英太の恋愛にもスポットを当てて進行していくので、こういう事になりました。

とはいえ作品は「空の下で」ですので、今後は再び練習や試合が始まりますのでご心配なく!!

今シーズンはこれまで活躍の無かった早川舞もたくさん出来てきますし、新キャラのサッカー部のイケメン柏木直人、さらには早川の様にチョイ役だった人たちも物語に絡んで行く予定です。

そして宣言通り、恋愛事が絡むので面倒な展開も待ち受けています。

ガンバレ英太!悪いけど今年は試練が多いぞ!!

 

そんなこんなで始まった2ndシーズンですが、訳のわからん遊園地が出てきました。

あんな遊園地はありません!

「へえ、東京って変なジェットコースターあるんだな」と思わないでください!

遊園地(テーマパーク)で働いていた事のあるcafetimeの創作です。

 

この遊園地の回を更新した次の週の事でしたが・・・

モデルにしていた遊園地に実際に行く機会がありました。初めて行きました。

それも・・・昔、好きだった人とゴハンを食べに・・・です(汗)

英太を遊園地でパニックにさせた罰でしょうか??

英太並に緊張しながら遊園地を歩きました(笑)→進展は無いですからね! 

 

さて、この後はサッカー部の柏木くんにも活躍してもらいます。

cafetimeは偏見を持ってます。

サッカー部の人ってカッコいいという偏見(笑)

そのカッコいい柏木直人くんの登場で今後は盛り上げていきたいと思います。

(若干、とあるイケメン俳優っぽい名前になってしまいましたが・・・後から気づいた)

 

ところでブラスバンドライフ以降、アクセス数が以前の3倍くらいになりました!!

(もともと相当低いアクセス数なんで・・・・・・3倍しても一日100件には届かない)

かなり嬉しい!!ありがとうございます!!!!!! 

 

ではでは今後も頑張りますのでよろしくお願い致します!!

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2009年2月23日 (月)

空の下で-冬(10) 校内対決(その1)

2月14日。

ぼくの嫌いな日だ。

そう、バレンテインデー。

いや、男子って意外とこの日が苦手なヤツが多いと思うんだよね。

モテるヤツだとか彼女がいるヤツだとかはいいんだろうけどさ。

ぼくみたいにモテる訳でもない男子は劣等感を覚える日でもある。

毎年毎年、気になる人がいて、ワクワクドキドキしながら一日を過ごし、結局そのコからもらえるのはクラスみんなに配る義理チョコだったりする。

それで、義理チョコをもらうと時、「義理だからね」なんて念を押されたりなんかして、「なあんだ」とガッカリしつつも「でもちょっと嬉しい」なんて考えたりする。

なのに何日かして、その人が別の男子に本命チョコをあげたという話だけ手に入って、ガックリとするってのがオチだ。

もしくは大量の義理チョコをもらって、3月14日にお返ししまくるハメになるか。

なんていうグチをお昼休みに教室の自分の席で永延と考えていたら、サッカー部の柏木直人に話しかけられた。

「どしたよ相原、うかない顔して」

柏木は黒色のお洒落な紙袋を持っていた。

「柏木!もしかしてそれ!」

「あ、若井にもらっちゃった。本命チョコかも。なんか手紙が入ってるし」

「わ、若井!?」

血の気が引いた。

「そう若井加奈子。サッカー部のマネージャー」

「あ?ワカイカナコ? な、なんだあ・・・」

くるみじゃないのか。焦った・・・。ていうか柏木とくるみに繋がりは無いもんな。

ん?ていうか本命チョコ?

「え?手紙が入ってるの?」

「ああ。後で読むよ。ちょっと緊張するね」

いいなあ。柏木みたいなイケメンは。

おまけに柏木はサッカー部でも実力派だ。顔だけじゃない。

「なあ相原。マイ・・・いや、早川の様子はどうだった?」

「え?早川?元気だったよ」

柏木はため息をついた。

「そうじゃなくてよ。新しい彼氏が出来たかどうかだよ」

「え?ああ、いないんじゃないかな。元彼の柏木くんの話題ばっかしてたよ」

「え?オレの?!」

大声で言ってしまい、恥ずかしくなったのか柏木は小声で問いかける。

「な、なんて言ってた?て、てゆーかオレって相原に早川と付き合ってた話したっけ」

珍しく慌てる柏木が面白かった。

「サッカーバカだって言ってた」

「はあ?」

またも大声になる柏木。そしてまたも小声に戻る。

「またなんか言ってたら教えてくれ」

そう言って立ち去ろうとした時、未華とくるみが教室に入って来た。

「おー!英太くん!いたいた!」

二人はそれぞれチョコをくれた。

「義理だから勘違いすんなよ」と言う未華。

「義理だよ」と言うくるみ。

そんなに言われなくてもわかってますよ・・・。

二人は牧野にもチョコを渡して教室から出て行った。

大喜びする牧野の声が教室に響いた。恥ずかしいっての。

 

 

この日の全ての授業が終わり、担任の宇都宮先生がホームルームをする。

「えー、3月3日のお雛様の日、校内マラソン大会だけど、コースを発表します」

宇都宮先生は黒板にプリントを張った。

「場所は立川の昭和記念公園な。広大な公園の中を一周する8.2キロだ」

8.2キロとは中途半端な数字だ。

「出るのは一年生・二年生全員だ。午前中が一年生、午後が二年生が走る」

へえ。学年別なんだね。

「優勝から10位までは表彰状と記念品が出るからな。頑張れ。それとクラス対抗にもなってて、クラスごとのポイントも集計する。1位のクラスには何か出るらしいぞ」

「何かってなんだよー」「てきとー」というヤジが飛ぶ。

「ああ、それと男子も女子も一緒に走るからな。気合入れろよ」

宇都宮先生はそう言うが、何の気合いだかわかんないし、先生の言葉自体に気合が無い。

でも最後の情報は少し気になるところだ。

男女一緒に走るという事は未華とも真剣勝負になる可能性がある。

現時点でぼくと牧野と未華は実力が拮抗している。

いいかげん未華には勝ちたい。

 

ホームルーム後、柏木がまたぼくの席にやってきた。

「相原、マラソン大会って本気でやんの?」

「うん、まあね。顧問の五月先生に本気でやれって言われてるし」

「そっか。良かった」

「え?何が?」

柏木はぼくを指さしながら答える。 

「オレも本気で相原と牧野に勝つつもりだからだよ」

ちょっとカッコよかった。

でもぼくも負けてられないから目を逸らさずに言った。

「負けないよ」

「いいねえ相原。これは絶対本気だね。オレ、サッカー部では一番持久力あるからね。絶対に追い詰めてやるからなー」

セリフとは裏腹に笑いながら言う柏木。

しかし急に真顔になる。

「ところで相原。さっき義理チョコくれた二人って誰?」

「え?ああ、陸上部のコだよ。大塚未華と若井くるみ」

「へえ、そうなんだ。どっちがどっち? 色白なコは?」

未華は色黒だから、どっちかというと色白なコというのはくるみの事か?

「んー。若井くるみかな」

「へえ、若井さんていうんだ。かわいいよね」

「ああ、わりとねー」

もしかしてぼくがくるみの事を好きなのを見抜かれた?

そう思ったが、柏木は「まあいいや、んじゃ部活あるから」と言って教室を出て行った。

そこへ牧野がやってきて不安な事を言う。

「おいおい英太。柏木のヤツ・・・くるみの事、気に入ってんじゃねーのか?」

「え?!」

まさか??

いや、待てよ。確かラクラクーの観覧車でも早川がその事を忠告してた様な・・・。

 

不安感を煽ったバレンタインデーは終わり、あっという間に校内マラソン大会は近づいた。

 

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2009年2月26日 (木)

空の下で-冬(11) 校内対決(その2) 

多摩境高校には週に二回、体育の時間がある。

つい先週まではハンドボールをやっていて、うちのクラスでは牧野と柏木が活躍を見せていた。

牧野は意外にも球技も出来るし水泳とかスノボーとかも出来るスポーツ万能派だ。

柏木は球技オンリーで、球とつくスポーツでは大活躍を見せるが、ボールの無いスポーツは全くダメだった。

ぼくはというと・・・、どのスポーツでも平均的な感じで目立ちもしない。

そんな体育の授業も今週からは校内マラソン大会に向けて、持久走になった。

 

「じゃあ今日は30分のジョックをするぞー」

ガタイのいい体育の先生がそう宣言すると、ジャージ姿のみんなから「えー?」という声が届いた。

「さ、30分も?!」

「たるいー」

校庭を30分もジョックするのはつまらないので、学校を出て小山内裏公園まで行って公園を一周して帰ってくるというコースだ。

「なんか陸部に入った時によくやったコースだな」

牧野がそう言う通り、これはぼくらが陸上部に入部した当初に散々やったコースに似ている。

 

体育の授業は2クラス合同でやる。

1クラスに男子は20名くらいなので、約40名という団体でジョックを開始する。

ジョックで30分なんて今さら疲れる事もない。

でもやっぱり文化部・帰宅部のヤツらには厳しそうだ。

10分もすると次々と脱落して歩いている。

マラソン大会・・・どうしようか。こんな中で本気で走ってもいいものか。

 

「あー、30分なんてカッタるいなー。いっそ猛ダッシュして公園一周して帰ってきちゃイカンのかねえ。キミどう思うよ相原くんー」

つまんなそうに伸びをしながら走るコイツは水泳部の石塚だ。

冬だってのに真っ黒に日焼けした細身の体でゆうゆうとジョックをこなしている。

「まあ体育の授業だし、のんびりでいいんじゃない?早くゴールしたいの?石塚は」

走りながら会話するぼくと石塚。全く息が切れていない。

「オレ、レースが好きなんだよね。水泳でもそうだよ。相原くんはどうよキミー」

「えー、そうだなー。ぼくは走ってればジョックでもレースでも楽しいけど」

「おー!それは陸上部の鏡ってヤツだよキミー」

石塚のお父さんは役所の中間管理職なんだとか。

さっきから使ってる「キミー」は、そのお父さんの勤務中での口癖だとかで、石塚は面白がってやたらとマネをするのだ。

 

20分走ると、やはり運動部だけしか先頭に残っていなかった。

ぼく、牧野、サッカー部の柏木、水泳部の石塚、バスケ部の君島だ。

いや、もう一人、文化部が残っていた。なんでコイツはこんなに持久力があるんだ?

「どーよ英太!オレもなかなかスゲエだろ。マジでスゴクね?スッゲスッゲ!」

吹奏楽部の日比谷だ。コイツは小学生の時から体力がクラストップだった。

その騒がしい日比谷にバスケ部の君島が頭をはたいた。

「うるせーぞ日比谷!チビをナメンな!」

よくわからないツッコミだ。セリフの通り、君島はバスケ部なのに背が高くない。

高くないけどスピード戦術を得意としていて、点数こそ決めないものの鋭いパスワークと体力でチームで活躍してるらしい。

尊敬する人は「リョータ」と言っていた。バスケ漫画の中の人物だ。

 

水泳部の石塚も、バスケ部の君島も隣のクラスのヤツだ。

今まであまり話した事もなかったけど、体育が持久走になり、よく先頭で一緒に走る事になったので、いつの間にか仲良くなってきたって訳だ。

30分のジョック後、ぼくは二人にこう聞いてみた。

「マラソン大会って本気でやるの?」

すると石塚も君島も同じ様な事を言うのだ。

「そりゃマジでやるよ。油断すんなよキミー、オレの目標は相原に勝つ事だよキミー」

「オレってバスケ部一年の中じゃスタミナに自信があんだよねー。打倒相原だよ」

他にも野球部やバレー部、はたまた写真部のヤツにまで挑戦状を叩きつけられた。

 

 

「おまえ、陸上部にしちゃ遅そうとかってナメられてんじゃねーの?」

その日、部活の帰り際に名高にそう言われた。

「え?」

練習が終わって、部室でジャージから制服に着替えている時の事だ。

シャワーを浴びた体をタオルで拭きながら名高がそう言ったのだ。

「え?ナメられてるって?ぼくが?」

「ああ。だってオレは挑戦なんかされてないぜ」

「いや、それは・・・名高は別格だもん」

そう言うと名高はぼくを睨むようにして言った。

「英太。お前絶対に他の部のヤツに惨敗なんかすんなよ。ギリで負けるくらいならいいけど、相手になりませんでした・・・なんてのは困るぜ」

「な、なんだよ。どういう事?」

「お前さ、今の陸上部一年の実力ナンバー2なんだよ?わかる?」

「はあ?」

「まあ牧野とは互角かもしれないけどさ。他の部のヤツはこう思ってる訳よ。名高には勝てなくても相原なら勝てるかもしれない・・・ってさ。勝てたら陸上部だとしてもナンバー2だ」

「ま、まさかあ?そんな単純なヤツいるわけないって」

名高は制服を着終わり、カバンからMP3プレイヤーを取り出しながら話す。

「運動部なんて単純明快なヤツばっかだって」

そして耳にイヤホンを付けて「じゃあな、また明日」と言って部室を出て行った。

 

ぼくは制服に着替えて、部室の窓から見える校庭を眺める。

もう午後7時で暗いのに、水銀灯を点けてテニス部が練習をしていた。

どこの部も一生懸命だ。

視線を校舎に向けると、音楽室にも明かりが灯っているのが見えた。

吹奏楽部か、合唱部か。

廊下を写真部のヤツが歩いているのも見えた。

こんな遅い時間まで活動してんだな、と感心する。

「何たそがれてんだよ」

気づくと部室には剛塚がいて、カバンにタオルとかを乱暴に詰め込んでいた。

「あ、いや、どこの部も一生懸命だなーと思ってさ」

「は?当たり前だろバカ。みんな必死でやってるに決まってるだろがよ」

「そんなもんかな」

「何寝ぼけた事言ってんだよ英太。好きな事には必死になるって。そういうの、オレ達だけだと思ってんじゃねーぞ。ナメてんじゃねーぞバカが」

剛塚は乱暴な言葉を使っているけど、言っている事は正しい。

校内マラソン大会に対して、ぼくは少しナメていたのかもしれない。

どうせ得意分野だし、他のヤツに負けはしないでしょ、と思っていた。

でも、実際はそうでもないかもしれない。

みんな毎日毎日こんな遅い時間まで練習してる連中だ。

柏木も、石塚も、君島も、それぞれの部で体力自慢な連中だ。

「本気でやんなきゃ勝てないな・・・」

そうつぶやくと剛塚は呆れた顔をして言った。

「マラソン大会か?今頃本気かよ。遅いって。俺はとっくに本気だ。クラス1番を狙ってる」

そしてぼくを指差して言った。

「油断してんと俺に追いつかれるぞ。富士山の時みてーに」

そう言い残して帰って行った。

 

そうだ。何か油断していた。

ここのところ、くるみの事ばっか考えていて、どうにも集中していなかった。

マラソン大会に強敵なんていくらでもいる。

サッカー部の柏木、水泳部の石塚、バスケ部の君島、吹奏楽部の日比谷。

それに名高、牧野、剛塚、大山。あと女子ナンバー1の未華。

もしかしたら、たくみあたりも意外と健闘してくるかもしれない。

考えを改めよう。

これは陸上部だけではなく、持久走の学年順位を決める重要な戦いなんだと。

走るからには・・・全力だ。

それが礼儀ってものだ。

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