空の下で-冬(15) 校内対決(その6)
坂を登り切ると最初にいた広大な芝生エリアに帰ってきた。
周りは芝生だけなので風をさえぎるものが何もないせいか、横から冷たい風が叩きつけた。
でも、不思議な事に寒くはない。
ここまで8キロ近く走ってきていて体は温まっているし、ぼくと牧野と柏木とのデットヒートになっていて、正直なところ、寒いとか考える余裕はなかった。
まさか、柏木直人がここまで早いとは思ってなかった。
サッカーが体力を使う種目だというのはもちろんわかる。
バスケの君島にしたって水泳の石塚にしたって、想像以上に粘った。
どれも体力を使う種目だ。もちろんわかってる。
でも持久走はぼくらの専門分野だ。
その専門である、ぼくと牧野にここまで柏木が食らい付いてくるとは、こんな時だけど尊敬しちゃう。
その柏木が「うおおお!!」と叫んで、ぼくと牧野の前に出たから驚いた。
残り500メートルでラストスパートをかけたのだ。
すぐに牧野が追っていく。
ぼくは一瞬遅れたが、腕を大きく振って追いかけた。
柏木、牧野、ぼくの順で縦一列になって走る。
まただ。
また牧野の後姿を追っている。
「アンタさあ。オレがこんな事を黙っていられる性格だとでも思ってんの?」
あの時、いつの間にか牧野が友達数人を呼んで戻ってきていた。
ぼくに掴みかかっていたリーダー格は、ぼくから手を離し、牧野を睨む。
「なんだ牧野。逃げたんじゃなかったのかよ」
凄むリーダー格に対して牧野は笑って言った。
「一人じゃアンタには勝てないからさあ。強いじゃん、アンタ。で、仲間を呼んできたって訳」
「仲間だあ?」
「そうだよ。仲間の英太を助けるためにだよ」
リーダー格は「チっ」と言って廊下にツバを吐いた。
「下らねえ野郎だな、牧野」
「黙っていられないんだよね」
「は?」
問いかけるリーダー格に牧野は答えた。
「何かあるとさ、黙っていられない性格なんだよ。いい事も悪い事もさ」
この後、確か取っ組み合いのケンカになったハズだ。
牧野と仲間たち数人と、リーダー格とその仲間数人のケンカ。
こう言うと乱闘騒ぎに聞こえるけど、まだ中学に入ったばかりのケンカだ。
中学といっても小学校を出てから半年もたってない少年達のケンカ。
窓が一枚割れる騒ぎにはなったけど、それほど大事にはならなかった。
それ以降、ぼくと牧野はそれまで以上に仲が良くなった。
いつも横に並んで歩く二人になった。(日比谷もいたので三人が多かったけど)
まさか、三人とも一緒の高校になるなんて思ってもなかったけど・・・。
そして今、残り300メートルで、ぼくと牧野は横並びになって、柏木を抜いた。
互いに合図をしてタイミングを合わせて抜いたわけじゃない。
何故だか、柏木を抜きにかかるタイミングは一緒だったのだ。
抜かれる時、柏木は驚いた顔をしつつも、こう言った。
「うお、すげ!」
横並びになってぼくと牧野は走る。
名高がいない今、優勝争いはぼくと牧野の一騎打ちという形になった。
楽しい。
牧野と一緒に走れるのが楽しい。
それも優勝争い。
ずっとこのまま走っていたい気分だ。
けれど、これは勝負。
普段は横並びでいたい関係だけど、勝負の時は別だ。
いつまでも牧野の横にいる訳にはいかない。
この一年間、牧野とは勝ったり負けたりの繰り返しだった。
でも、きっとこの先、どちらかが実力で上を行く日が来るんだと思う。
それなら、ぼくが牧野に勝てるよう全力を尽くすだけだ。
全力を尽くして負けたんなら後悔は無い。
ただ、全力。それだけだ。
残り100メートルを切ったところで、ついにぼくが牧野の前に出た。
と言っても2メートルほどだけだ。
牧野はすぐ後ろを追ってくる。
粘り過ぎだ!と思い、このデットヒートの中、冷や汗を出しながら走る。
そうしてゴールテープを切った時、ぼくは思わず大声を出して両手を上に挙げた。
「はいーお疲れー。倒れこむ前にここに自分の名前を書いてねー」
ゴールのすぐ先には長机がいくつか置いてあり、係員の生徒が鉛筆を持って待っていた。
ぼくは鉛筆を受け取り、よろよろしながら『1位』の所に自分の名前を書く。
すぐに牧野も『2位』の所に名前を書き出していた。
すると係員の生徒が笑いながら言った。
「なんだ、ヨロヨロだなー。そんなに全力で争ったのかよー」
カチンと来たので、その生徒の顔をよく見ると、三年生で陸上部の部長の中尾一輝センパイだった。「雨のスプリンター」と呼ばれる、あの先輩だ。
「あ、中尾先輩・・・」
以前はくるくるパーマ(天然)の髪だったのが、短髪になっていたので気付かなかった。
「何してんですか先輩」
牧野が聞くと、中尾先輩は笑って答える。
「何って、記録係だよ。校内マラソン大会って一、二年だけしか走らないからさあ。三年生がスタッフやってんだよ。いやー、それにしても相原と牧野でトップ2とはね。名高は真剣にやってないとしても・・・入部当時では考えられない順位だよな」
ぼくと牧野は顔を見合わせた。
「そうかな、牧野」
「・・・そうだよ。オレと英太で学年のトップだなんて。考えてみりゃすごいよ」
「スッゲスッゲってやつ?」
「そう!それだ!」
牧野は嬉しそうに声を出した。
ぼくに負けた悔しさは見えない。
きっと、すでに「次は勝つ」なんて考えてるんだろう。そういうヤツだ。
そこへ三位でゴールした柏木がやってきた。
「早いなー相原、牧野。さすがだよ」
何故だか握手をしてくる柏木。
「ホント真剣に走ったんだけどな。やっぱ早いや、二人は。でも全力で勝負出来て満足したよ」
言われて、ぼくは正直な事を口にした。
「いや、柏木くんスゴイよ。負けるかと思ったもん」
「マジで!? うわー、全力尽くしてよかったー」
そう言って、笑いながら名前を記入して、どこかへ歩いて行った。
ぼくらのやりとりを見ていた中尾先輩は笑って言う。
「お前らみたいなヤツがいれば、この先の陸上部は面白くなりそうだなー。後は頼むぞ」
ぼくと牧野はハッとした。
もう三月。もうすぐ卒業式だ。
創立3周年の多摩境高校は、今月、初めての卒業式を迎える。
長距離チームには三年生がいないので、すっかり忘れていた。
実は、卒業式の日、中尾先輩から「次の部長」が発表される予定なのだ。
普通は、受験前に三年生が引退するので、その時に次の部長が決まりそうなものだけど、中尾先輩は短距離の成績が良くて、スポーツ推薦で大学が決まっていた。
なのでこれまでも、ずっと中尾先輩が部長として活動してきたんだ。
新しくなる。
そう感じた。
ぼくらも、もうすぐ二年生だ。
陸上部も、もうすぐ新しく生まれ変わる。
新しくなる陸上部で、この先一体、何が待ち受けるんだろう・・・・・・。
空の下で 冬の部「校内対決編」 END
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