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2009年4月13日 (月)

空の下で-桜(7) 開花「中編」

春季記録会。

その名の通り、春に行われる記録会だ。

ぼくら多摩境高校が所属しているエリアでは、秋季と春季の二つの記録会がある。

これは勝ったら上の大会に進むという訳ではなく、ただ純粋に記録を測る大会である。

昨日、四月四日に短距離の種目がメインで行われ、今日は長距離や投擲などが行われる。

今月の下旬には高校総体(インターハイ)の地区予選が控えているため、そのための実力試しの大会でもあり、冬の間に特訓してきた成果を確認する大会でもある。

ただ、学校によっては実力者をこの記録会に出させない方針のところもある。

あくまでも高校総体に向けてコンディションを整えるためだ。

でも、ぼくらはそういうレベルにいる高校じゃあない。

この春季記録会へも全力で取り組むんだ。

・・・と、長々と興奮気味で一気に言っていたのは牧野だ。

 

 

今回ぼくら長距離チームが出るのは5000メートルだ。

出場者は長距離全員。つまりは、ぼく・牧野・名高・大山・剛塚・雪沢先輩・穴川先輩だ。

「本当はオレも出たいんだけどな」

五月先生が不敵な笑みでそう言うが、この人はもしかしたら天然ボケなのかもしれない。

ちなみに昨日、短距離では二本松ゆりえ先輩が、中距離ではたくみが好走を見せていた。

 

 

5000メートルは全部で3組行われる。

1組目には牧野と大山が、2組目には雪沢先輩と剛塚が、3組目に名高とぼくと穴川先輩が登録されていた。

試合時間が近くなり、メンバーは各々、ウォーミングアップを始める。

去年はこのアップの方法もわからなくて悩んだものだけれど、最近はぼくにもやり方がわかってきた。

人それぞれやり方は違うけど、試合直前に体があったまっていて、疲労が無い状態を作らなくてはいけない。

ぼくはゆっくりとしたペースで、公園内をジョックする事にした。

 

 

公園内では色々な学校の選手が走っていたり談笑していたり、先生に説教されていたりする。

それを横眼に見ながらゆっくりと走る。

芝生でウォークマンを聴きながらストレッチしている名高が見えた。

今日は名高と同じ組で走る。その名高がさっき言っていた。

「この記録会。松梨付属は出ないんだってよ。チャンスじゃね?」

マツナシ付属というのはこの地区の強豪私立高校だ。松梨大学付属高等学校。

去年の東京高校駅伝では5位という好成績を見せていた。

これといったスター選手がいるわけでは無いんだけど、選手一人一人が早い。

「松梨付属のヤツらがいないうちのオレが上位入賞しちゃおうかな」

名高はすごい事をサラリと言うヤツだ。

強豪高校が一個いないからって、そんなに簡単に順位が上がるものではない。

そんな大胆な事を言うのに、今はウォークマンなんかしてる。

ほんと変わったヤツだよ。

 

 

「よう、また会ったな」

聞きたくない甲高い声に呼び止められたのは、ジョックを終えてテントに戻る途中の階段での事だった。

相変わらずの嫌なニヤニヤ笑いをしながら気楽にぼくの肩を叩いて呼び止めてきた。

葉桜高校の内村一志だ。

「何の用だよ」

ぼくは内村が嫌いだ。コイツのせいで中学の時の恋愛がウマくいかなかったんだから。

・・・って、もう何度も思ってる。ぼくってかなり根深いらしい。

「何って。そっけないなー相原。今日はまたも一緒に走るみたいだから挨拶しただけだよ」

「一緒?」

「え?知らないの?オレも5000メートルの3組だよ」

またかよ!

これで何度目だよ、一緒に走るのは。秋季記録会も駅伝も一緒だったのに。

しかし内村とは現在、1勝1敗だ。ここで勝てれば大きく出れる。

「相原は冬の間どうしてたよ。記録伸びた?伸びるわけないかー。え?微妙に伸びた?」

「今日、確かめる」

「そうなの?オレはかなり早くなったよ。才能が開花しつつある感じなんだよねー」

何が才能だ。早くなったって言っても元々ぼくらのタイムなんてたかが知れてる。

「あ、そうそう」

内村が思い出したかの様に空を見上げた。

「こないだ、長谷川麻友に会ったよ」

「え・・・」

長谷川麻友・・・さん。ぼくが中学の時に好きだったコだ。そして・・・内村も。

「駅で偶然さ。ビックリしたよ。しかも中学ん時よりも美人でさ・・・メアド聞いちゃった」

クラクラしてきた。

ぼくが今好きなのはもちろん若井くるみだ。

でも嫌いな男が、昔好きだった長谷川さんのメールアドレスを知ったと聞くと不安になる。

「でもさー。聞いたんだけど、うまくはぐらかされちゃったよ。オレ、嫌われてんのかな」

な、なんだ・・・メールアドレス、ゲット出来てないのか・・・

「ま、とにかく。今日はオレが圧勝するから。ヨロシク」

内村は握手を求めてきた。

「ふざけるな」

ぼくは握手をせずにテントへと走った。

 

 

内村一志は自分の才能が開花しつつあると言った。

それは多分、実力が上がってきたのが自分でわかるからだ。

でも、ぼくの周りで、本当に開花しつつあるのは内村ではなく、あの男だった。

 

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