空の下で-桜(4) 春の嵐「前編」
その日、東京は凄まじい強風が吹き荒れていた。
影響で電車が遅れてるのが朝からニュースで流れていたので、どうやって学校に練習に行こうかと思っていたら、五月先生が家に電話をしてきて「今日は午後からにするからゆっくり来い」と告げた。
てっきり今日は部活を休みにする電話かと思っていたので、ちょっとガックリしたものの、こないだの高尾山以来、走る事がさらに楽しく感じていたぼくとしてはちょっぴり嬉しくもあった。
「先生、何の電話だったの?」
電話には母親が出て、それでぼくに代わったので、少し気になる様子で母親が聞いてくる。
「ん、なんか電車が強風で遅れてるから今日の部活は午後からにするって」
今は春休み。授業が無いので部活は午前中にやっていたのだけど、電車が遅れてるんじゃ午後になっても仕方ない。
本当は夕方にやってる刑事ドラマの再放送が見たかったんだけど、ビデオに録っておけばいい話だ。
「こんな風が強い日にもやるの?気をつけてよね」
「うん。でも午前中はのんびりするや」
「そう?じゃあお昼ゴハンも家で食べるのね。焼きそばでいい?」
「いいよ。あ、お肉多めがいいな」
「はいはい」
ぼくの家の最寄駅は「堀之内」という駅で、学校のある「多摩境」まではわずか二駅だ。
それでも強風の影響からか、二駅を電車が走るのに二十分近くもかかった。
今日の練習は午後一時集合と言われていたけど、早めに家を出て正解だった。
結局、部室に着いたのは午後一時の十分前だったんだけど、部室には雪沢先輩と剛塚しか来てなかった。
「おはようございます! あれ?他のみんなは?」
「さあ」
剛塚は無愛想な返事をしながら制服からジャージに着替えている。
「なんか電車が止まっちゃったらしいよ。だから多分、今日の練習は三人だけかな」
「え?」
ぼくは早めに家を出たから電車が動いていたんだろう。
あの後に電車が止まってしまったという事か。
「部活の後、帰れますかね・・・」
「夕方には少しは風は弱まるって話だよ」
雪沢先輩はさして心配でもなさそうに言う。
「それに電車が止まったままなら五月先生が車で送ってくれるよ」
「あ、ホントですかそれ。安心したー」
「うわ!!すげー風だな!!」
校庭のスミで準備体操をしていると、風と一緒に砂ほこりが校庭を駆け抜けてきた。
顔や腕にビシバシと細かい砂が叩きつける。
「いてててて!」
その砂がけっこう痛い。それに目を開けるのも大変なくらいホコリが舞ってる。
「こりゃ、けっこう厳しいな・・・。走れる状況じゃないかもな」
雪沢先輩もしかめっ面でそうつぶやく。
そこへ五月先生がホコリの中を歩いてやってきた。
「おー!三人だけかー!!」
多分、そう叫んだんだろうけど、強い風が近くの電線を揺らして気味の悪い音を鳴らしていて、五月先生の声はよく聞こえなかった。
「これはちょっと外での練習は無理だなあ・・・」
つぶやく五月先生に雪沢先輩は提案をする。
「じゃあ校舎の廊下で走りますか」
「うーん。今日は筋トレにしようかな」
「わかりました」
そうしてぼくらは体育館脇にあるトレーニングルームへ向かった。
筋トレか・・・。ぼくが陸上部の練習で一番苦手なメニューだ。
トレーニングルームにはウエイトトレーニング用のマシンが何種類か設置してあって、ラクビー部やハンドボール部が頻繁に使用している。
ぼくら陸上部もたまに使うが、使うのは大抵は短距離チームのメンバーが多い。
今日もトレーニングルームには屈強な男子生徒が何人かいた。
どうやらラクビー部が使用している様だ。
五月先生がラクビー部の顧問の先生に話して、一緒に使わせてくれと頼んでくれた。
こういう練習では剛塚が圧倒的に強い。
すごい数のウエイトを器材にセッテイングして「ふっ!!」と言いながら持ち上げる。
「すごいな、剛塚は」
雪沢先輩はやたら関心しているし、ラクビー部の連中も「おおー!」とか歓声をあげている。
「ほらほら、雪沢も相原もちゃんとやれ」
五月先生に言われ、かなり軽めのウエイト設定で頑張るが、ぼくはなかなかのひ弱だと認めざるを得ない結果だ。
雪沢先輩はそれなりに重い設定でトレーニングしている。わりと細身な雪沢先輩があんなに持ち上げられるなんて、さすがだなあとか感心しているとラクビー部のゴッツイ男が話しかけてきた。
「おう、ちょっと聞きたい事があんだけどいいか?」
ものすごく体格のいい生徒だ。腕も足も首まで太い。もし体育の授業でラクビーがあったとして、この男にタックルされたら粉砕骨折は間違いないんじゃないか。
「な、なんですか?」
「お前ら陸上部んとこの顧問、あいつ何者なんだ?」
「え?五月先生です・・か?」
相手は何年生なんだかわからないが敬語を使ってしまった。それほど威圧感がある。
「そうだよ五月先生だよ。あの先生ってなんか格闘技でもやってたのか?」
「え?いや、わかんないです・・・何でですか?」
「・・・こないだ授業中に寝てたらよ。起こされて廊下に引きづり出されたんだよ、五月先生に」
男は苦い顔をしながら言った。
「ムカついたから、五月先生の胸ぐらを掴んだらよ・・・。掴んだ腕を捻られて、気がついたら廊下に投げ飛ばされてたんだよ・・・。あっという間によ。何者なんだよアイツ」
言われて五月先生を見る。
「さ、さあ・・・なんか昔はヤンチャしてたとか言ってたけど・・・」
まあ去年は不良生徒数人(剛塚を含む)を一人で撃退したという話だし、只者では無いんだとは思うんだけど・・・。
苦手なトレーニングルームでの練習を終えると、まだ午後三時半だと言うのに空が真っ黒になっていた。
すごい早さで雲が通り過ぎていく。まるで雲自体が意思を持っていて、先を急いでいるかの様だ。
「じゃあ、今日の練習はここまでだ。気を付けて帰れよ」
五月先生の言葉で、練習は散会となった。
部室で練習着から制服に着替える間も、部室の窓は強風で揺れていた。
強風のたびに、ひゅおーっという不気味な高音が部室の鳴り響く。何だか嫌な感じだ。
「電車、一応動いてるらしいぞ。早く帰ろう」
言いながら雪沢先輩も急いで着替えている。
ぼくと雪沢先輩と剛塚は着替えて、部室を出た。
校庭の横を歩いて校門へと向かう。
その間も砂ほこりが校庭から飛んでくる。
分厚い黒い雲も、早さを緩める感じは無い。ただ雨が降らないのだけが救いだ。
「嫌な天気だなー!春の嵐ってのは」
雪沢先輩の言う通りだ。嫌な天気だ。何故だか不気味な感じの嵐なんだ。
校門の両脇には桜の木があるんだけど、少しだけ咲き始めている桜が必死に枝にしがみ付いている感じだ。
咲く前に散ってしまうんじゃないかと思えてしまう。
「ん?」
ふと、その桜の木の下に他校の制服を着た男がいるのが目に止まった。
嫌な予感。その予感はすぐに確信へと変わった。
何故なら、その男の顔には見憶えがあったからだ。
それは、ぼくだけじゃなく、雪沢先輩や剛塚にも見覚えがある顔であった。
「安西・・・」
去年の秋、ぼくら陸上部に乱闘騒ぎをふっかけてきた男の顔がそこにあった。
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