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2009年6月

2009年6月 1日 (月)

空の下で-紫陽花(5) 先輩(その3)

サックス音をメインとした軽快なジャズが店内に響く。

外は分厚い雲に覆われていて、まだ夕方なハズなのにかなり暗くなっているが、このハンバーガーショップの中は明るく活気に溢れている。

高校生や近所の主婦が笑顔でジュースやハンバーガーを片手におしゃべりをしていて、その声が店内に活気をもたらしているようだ。

それなのにぼくと大山のいるテーブルの雰囲気は重い。

「辞めた方がいいのかな」

大山はそう切り出した。

「後輩にも負けるような先輩なんていない方がいいんじゃないかって・・・そう思うんだ」

「そんな事は・・・」

無い。

と言い切れないぼくがここにいる。

ぼくだって、もし染井に負けたらそう思うかもしれない。

おまけに染井は自分より遅い先輩には目もくれない。

そんな屈辱的な毎日は嫌だし、実力で負けてると教える事に説得力が無くなる。

それでもぼくは口に出してみた。

「そんな事は無い。絶対に」

「そうかな・・・」

言葉がため息と一緒に口から出ている。今の大山の言葉はそんな感じだ。

「だってさ、英太くん。僕だって遅いなりに一年間一生懸命やってきたんだ。最初は10分くらいしか走れなくて、みんなからすぐに遅れて。それでもダイエット目的だったし、僕にとっては何か部活をやってるっていう事実が欲しかったから、苦しくても苦しくても頑張ってきた」

そうだった。大山は中学ではイジメられていたけど、高校ではイジメに遭わないためにも運動部に入ったんだと前に言っていた。

「剛塚くんとも仲よくなれたし、英太くんや他のみんなとも仲良くなれて・・・すごい楽しいんだ。陸上部が」

大山はいろんな事を思い出すように天井を見上げながら話している。

「でも、染井くんとかヒロくんとか後輩が入ってきて、楽しいだけじゃダメなんだって思って」

「ダメって事はないでしょ」

「いや、ダメだよ。やっぱり運動部としてやっていくなら、勝負は勝負だよ。いつもは仲良くしてたってさ、学年なんか関係なく勝負は勝負でしょ」

「じゃあ染井と勝負すれば・・・」

「勝てないよ。染井くんには。僕じゃ」

会話が止まる・・・。場違いな軽快なジャズが耳に障る。

大山はトレイの上に置いてあるハンバーガーを睨んだまま固まっている。

なんだかこの空気感には覚えがある。

去年の秋、たくみが長距離を辞めて中距離に転向しようと悩んでる時の空気に似ているんだ。

たくみは前向きな気持ちで長距離を辞めた。

だから納得も出来るけど、今の大山はそうじゃない。辞めさせたくない。 

「大山」

「ん。なに?」

「あのさ・・・ぼくの勝手な意見なんだけどさ。聞いてくれるかな」

大山はぼくの顔を不思議そうに見つめた。

ぼくは思った事をそのまま話す事にする。

「別に・・・染井に勝たなくてもいいんじゃないかな」

「え?いや、先輩が負けてたらダメだと思うんだけど」

「うん。そりゃ勝ってた方がいいけどさ。別に絶対に先輩が勝ってる必要は無い気がするんだ。ホラ、プロ野球だってさ。大型ルーキーが入って来たら先発メンバーから先輩の誰かはハズされるじゃん。サッカーだって、水泳だって、バレーだってそうだよ」

大山は黙って話を聞いている。一言一言を逃さないように、真剣に。

「どんな世界だって強いヤツが入ってくれば、チーム内の順位は変わるよ。ぼくだって去年、頑張って穴川先輩を抜いた時、嬉しかったけど穴川先輩は苦しそうだった。それでも穴川先輩は続けている。雪沢先輩だって名高に負けても続けている」

ぼくは次第に声が大きくなってきていた。

「だから、だからさ・・・染井に負けたって、大山も辞めないでくれよ。だってさ・・・」

何故か声が上ずりそうになった。一旦、息を整えて声を出す。

「だって・・・ぼくたちは同じチームの仲間なんだし」

「仲間・・・」

大山は驚いた顔をした後、下を向いてしまった。

「大山・・・」

「遅くても・・?」

「え?」

「僕は遅いよ。こんな遅い僕でも仲間なの?」

「はあ? 当たり前じゃん」

何も考えず、思った事を言っただけだ。当たり前じゃん・・・と。

でもそれが大山にとっては大きな一言だったらしい。両手でバンとテーブルを叩いた。

「お、大山?」

「頑張るしかないよね」

大山はそう言ったが、なんだか泣き声になっていてよく聞き取れなかった。

「ありがとう、英太くん。やっぱり英太くんに相談して良かった」

「え、あ・・うん」

「なんだか気が楽になったよ。そうだよね、負けたから仲間じゃないって事じゃないもんね」

「そうだよ!当たり前だよ。まあ、早い方がいいけど」

ぼくが笑ってそう言うと大山も声をたてて笑った。

「強いよね、大山って」

「え?」

ぼくの言葉に大山はまたも不思議そうな顔をした。

「ぼくらの中で一番早いのは間違いなく名高だけどさ。強いのは絶対、大山だよ」

「僕が・・・強い?」

「うん、強い。だってさ、一年間、毎日毎日一番後ろを走ってたのに、そんな悔しい思いを毎日毎日味わってるのに、大山ってあきらめたり辞めたりしない。ぼくだったら心が折れちゃうと思うけど・・・大山は違う。だから・・・強いって思う」

最後の「強いって思う」の所を力を込めて言ってみる。

「その強さをさ、今一番遅いヒロにも伝授してやってよ」

ポカンとする大山。ややあってから笑顔を取り戻して照れくさそうに言う。

「ありがとう英太くん。僕も英太くんが何かあったら相談に乗るからさ。あ、走る事の相談は牧野くんにしてね・・・僕はよくわからないから・・・。若井さんの事なら相談に乗るけど」

「わ・・・いいよそんなの!」

「柏木くんに負けないようにね!」

その名前は出さないでほしい。

 

 

翌日、大山は何事も無かった様に練習に参加していた。

ただ少し、変わったところがある。後から思えばだけど。

ヒロによく声をかけるようになった。

「一緒に頑張ろうよ」って。

一緒に・・・。

大山は辞めないという事だ。やっぱり大山もこの部の事が好きなんだと思う。

きっと最後まで辞めない。みんなも、ぼくも。

 

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2009年6月 4日 (木)

空の下で-紫陽花(6) 先輩(その4)

毎日毎日、ジメジメした曇りの日が続いて行く。

ぼくは雨が好きではないので梅雨という季節そのものが好きじゃない。

今日も授業を終えて、クラスメイトの剛塚と未華と一緒に部室へと向かう途中、梅雨へのグチをこぼした。

「もう、梅雨ってヤだね。気分が盛り上がらないよ」

ぼくの言葉に剛塚は何も答えなかったが、未華が「うんうん」と言いながら首を縦に動かして言った。

「アタシも嫌いだね梅雨は。夏が好きだよ」

確かに未華は夏が似合う。

「でもくるみは梅雨も嫌いじゃないって言ってたよ」

未華がニヤニヤしながらぼくを見て言う。この感じは夏よりも梅雨っぽい湿度がある。

「へ、へえ、そうなんだ。なんでだろうね」

「あれが好きみたい」

未華が指さす先には校門があり、門の両脇に薄紫のアジサイが咲いていた。

「アジサイ・・・」

「プレゼントしちゃえば?」

「や、やだよ」

「うわー英太、照れてる!キモイー!」

なんだよまったく・・・。

 

それぞれ練習着に着替えて、校庭に集まる。

今日は未華とくるみと早川も含め、長距離全員でいつもの小山内裏公園へと走る。

学校からは走って10分ちょっと。

最近はやっとヒロも遅れずに公園まで辿り着くようになってきた。

「オレって成長が著しいっすよね!」

公園に着くと妙なガッツポーズを取りながら叫ぶヒロに対して名高は冷たく突き放した。

「その程度で調子に乗るな」

「スイマセンっす。でも手応えありますよ。そのうち名高先輩にも勝っちゃったりして!」

なんと大胆で身の程知らずな発言だ。

鼻で笑う染井。苦笑するぼくと牧野。「おー」とか感心するくるみ。

言われた本人の名高は「そうなったら面白いな」と言い、少し笑った。

「いいじゃない、一生懸命で」

早川は感情なさそうな声でそう言ったが、また「一生懸命」という単語を使うところが気になる。

 

公園内を60分もグルグルとジョックする。

牧野の提案で、ただジョックするのではなく後半30分はだんだんとスピードを上げて行こうという話になった。

最初の30分は1キロ5分ペースでジョックするけど、30分過ぎたら1キロ4分30秒ペース、40分過ぎたら1キロ4分ペース・・・、50分過ぎたらさらに上げる・・・、という具合だ。

こういうのはビルドアップ走という。

疲れが溜まる後半にスピードを上げるので、体力的にも精神的にもキツイ。

でもこれはぼくの得意とする練習だ。

なにしろぼくは後半に追い上げるタイプだから。

 

最初の30分はヒロも大山も早川も遅れる事もなく走った。

30分を越えてペースアップすると、暴走したヒロが一気に前に出た。

「おいヒロ!ペース守れよ!競争じゃねーんだよ!」

すかさず牧野が怒鳴り、ヒロは「うわ!やっちまったー!」と叫び集団に混ざる。

 

40分を過ぎてさらにペースを上げる時、残っていたのは名高・牧野・ぼく・剛塚・染井・未華・くるみだった。

ヒロは口ほどでもなく遅れていき、大山と早川は粘ったもののスピードが足らずにゆっくりと遅れていった。

 

50分過ぎに残ってたのは名高・牧野・ぼく・染井・未華だ。

ここからは自分のペースでスピードアップを計る。

名高が信じられないスピードでビューンと飛ばす。

続いてぼくと牧野と未華が3人ひと固まりでペースアップをしたが染井は少しペースアップしただけで、ぼくらを追ってこなかった。

 

「はあ!はあ!あー、シンドイ!!」

60分経過後、未華は大声でそう叫んだ。

「キッツイねービルドアップ走! でもいい感じー」

未華は辛い練習後でも爽やかな感想を述べる人だ。そこが凄い。

全員が走り終えて一か所に集合した時、牧野が突然怒鳴った。

「おい!染井!!」

いきなりの怒鳴り声にぼくらは固まる。

「どういうつもりだ染井!最後、ペースアップしなかっただろ!」

かなり怒り気味の牧野に対して染井は口を尖らして答える。

「しましたよ。少し」

その表情と口調は牧野をさらに怒らすものだった。 

「少しだあ?もっとオレらを追えるくらいの力はあるだろうがよ!ちゃんとやらんかい!」

染井はさらに口を尖らす。まるでスネオだ。

「だって、レースじゃないし」

「あ?」

「レースでもトライアルでもないのに全力で走る必要ないじゃねーすか」

またコレだ。

染井は記録が関係する練習以外では本気にならない。

ビルドアップ走ってのは後半ペースを上げて、自分の心臓に負担をかける事で効果をあげていく練習だ。

ペースを上げれば上げるほど効果が出る。

それなのに染井はレースじゃないっていう理由だけで本気にならない。

「それじゃ大して早くならないぞ」

「ならない事はないです」

牧野と染井は睨みあう。

「あのな、染井。部活ってのはチームワークが大事なんだよ」

「個人競技なのに?ですか」

「当たり前だ。部活ってのは一人が早くなればいいってもんじゃねーんだ。みんなで早くなるってものだ。少なくともうちの部はそうだ。一人が手抜きしてると、他のヤツの士気に関わる。ひとつひとつの練習に気持ちを込めていけよ」

「・・・他の人の事も考えろって事ですか」

「レース中は別だけどよ。練習への態度ってのはメンバーへ影響が出るもんなんだよ」

牧野の口調は少し落ち着いてきた。デキの悪い息子に物事を教える父親みたいだ。

「影響・・・」

「真剣に練習に取り組む人が集まれば、いい影響が出るんだ。でも手抜きな人が集まれば悪い影響しか出ない。一人の手抜きはみんなに伝染する」

染井は口を尖らせたまま下を向いてしまった。

牧野がまた何か言おうとすると、名高が横からとんでもない事を言った。

「納得できねーなら来るな。真剣なヤツだけでいい、うちの部は」

みんながギョッとして名高を見る。

「それは言い過ぎ・・・」と言いかけたくるみを制して早川が言った。

「そうだよ。一生懸命なヤツだけでいいよ。中途半端ヤローなんか目障りだよ」

早川が言うか?

と思う者も数人いたと思うけど、早川は早川で一生懸命走っているのは知っている。

健康つくりだとかダイエット目的だとか言って走っているけど、ちゃんと健康を保ち、スタイルも保ち、それでいて記録もしっかりと上げて来ている。

早川は自分の目的を着実に進めているし、練習方針に文句を言ってくる事もない。

その早川が染井に冷たい声で言い放つ。

「アンタ、早くなりたくて走ってるんだろ?だったら早くなるための練習を一生懸命やんなよ。何が記録に関わらない練習だよ。みんなと一緒に熱くなるのが恥ずかしいだけでしょ」

「遅い早川先輩にそんな事言われたくないですよ!」

「はあ?何言っちゃってんの?アンタよりよっぽど空気乱してないっての」

なんで雪沢先輩のいない時にこんなモメ事が起きるんだ・・・。

そう思ってると名高がまた心臓に悪い事を言った。

「遅い先輩に言われたくないって?じゃあ、早いオレの言う事なら聞く訳だよな」

名高は嫌な笑いをしている。何を考えてるんだ??

 

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2009年6月 8日 (月)

空の下で-紫陽花(7) 先輩(その5)

「坂道ダッシュやる坂に移動しようぜ」

名高に促されてメンバーは今日の練習である坂道ダッシュをする場所に移動した。

ここは急勾配の直線の坂が200mも続く場所だ。

両脇は公園の森で囲まれていて夏でも涼しいし、道自体は土で出来ているので足への負担は少ないという事で、ぼくらは練習でよく使う。

「牧野、雪沢先輩の作った練習メニューだと、今日は何本ここをダッシュする予定?」

名高に聞かれて牧野は低い声で答える。

「10本」

「キツイね」

1本200mの坂道ダッシュを10本という事は合計でダッシュ2キロという計算だ。

「よし、じゃあ染井。お前、この練習、手を抜いて走れ」

「はい?」

名高の指示に染井は口を開けて固まった。

「お前、記録を計測しない練習は全力でやりたくないんだろ?」

「いえ・・・でもダッシュならレース形式ですし・・・」

「あ、そう。じゃあ早い先輩の言う事なら指示に従うよね。お前は手を抜け」

名高は早口で冷たくそう言う。

「手を抜けって言われても・・・」

「なんだよ早い先輩の指示なら聞くんじゃねーのかよ。オレの指示に従えよ。手を抜けよ。その間、他のみんなは全力でやって実力をどんどん伸ばすからよ。染井はどんどん追いつかれてろよ」

冷たい声で冷たい事を言う名高。

ぼくは心臓がバクバクしていた。

こんな指示を出す先輩ってどうなの?

「や、やりますよ!」

いきなり染井が叫んだ。

「全力でやれば誰も文句ないんでしょ?!やりますってば!!」

なんだか無理やりやる気を見せる染井を見て、名高はまた嫌な笑いをした。

 

そんな中、坂道ダッシュを開始された。

急な坂道の一番下に立ち、牧野の「はい!」の合図で一斉に飛び出す。

腕を思いきり振り、足を力いっぱい前へと出す。

「うおおお!!」

叫ぶのはヒロ一人ではなく、何人かが叫びながら走る。

一着はなんと牧野。剛塚が二着。三着がぼく。染井は四着で、全力で走った様だ。

「はあ・・はあ・・全力じゃん、染井」

ぼくが聞くと染井は「ど、どういう事ですかコレは一体・・・」とつぶやいた。

なんのこっちゃと思ったが、二本目、三本目と走るうちに染井のつぶやいた意味がわかった。

名高が常に下位でゴールしているのだ。

早川や大山やヒロと争う形で走っている。

五本目を終えたところで染井が大声で名高に話しかけた。

「どういう事っすか!全力でやれって言ったくせに名高先輩は全力じゃないじゃないっすか!」

「あ?いいじゃん別に。練習なんだし」

それを見たヒロがつぶやく。

「へえ、名高先輩でも手を抜く事あるんっすね」

「まあな。ヒロもたまには手を抜けば?」

「え?い、いや・・・とりあえず全力でやりますよ」

「とりあえず・・・ね」

ヒロはギクリとした顔をした。

 

六本目、七本目となり辛くなっていく。

200mというのは短距離にあたる訳だけど、坂道だし10本もやるとなると体力が物を言う。

上位でゴールするのは牧野と染井と未華の三人に固まってきていた。

ぼくは坂が苦手だし、坂が得意な剛塚も体力が無くなってきたようで上位3人にはついていけなくなってきている。

 

八本目を終えると、くるみが膝に手をついて息を切らしながら辛そうに立ち尽くしていた。

「はあ・・・はあ・・・」

ぼくは小さな声で話しかける。

「大丈夫?くるみ・・・無理しない方がいいんじゃ・・・」

するとくるみは息切れしながらも答えた。

「ううん。最後まで頑張るよ」

 

九本目、頑張ると宣言したくるみが牧野・未華に続いて3着でゴールした。

きわどいところで染井を抜いてのゴールだ。

しかしくるみはゴールしたところで倒れこんでしまった。

思わずかけよるぼく。

「く、くるみ!!」

慌てて牧野が指示を出す。

「英太、ちょっとくるみをそこの木陰休憩させるよ。悪いけど一緒にいてあげて」

「え? ああ、うん」

言われてぼくはくるみと一緒にゴール脇の木陰に座った。

 

他のメンバーがラストの10本目を走るために坂道の下に向かうと、くるみがぼくに話しかけてきた。

「ごめんね。迷惑かけちゃって」

「え?いいよ。だってくるみ凄い本気出してたし。そりゃ倒れるよって言うくらい凄い気迫だったし」

「だよね。もう一本あるのにあの走り方は無かったよね。ちょっと限界超えちゃった」

「そうだよ。なんであんな無茶なペースで・・・」

「ん・・・なんかね、見せてあげようかと思って。先輩として」

「何を?」

「全力で走るってことを。染井くんに。まあ、リタイヤしちゃったけど」

くるみはチロッとベロを出して笑った。

 

坂道の下を見ると、ラスト10本目のためにみんなが位置についたところだった。

染井はぼくら・・・というかくるみの方を見ている。

「はい!」という牧野の声とともにメンバーが全力で坂を登ってくる。

今度も名高は後方で手を抜いているが他のメンバーは本気だ。

牧野が一着で染井、未華と続いてゴールした。

 

息切れが収まる前に名高は染井に話しかけた。

「なーに全力で走っちゃってんの?記録のかからない練習なのに」

染井は息切れしながら答える。

「はあ・・・はあ・・・、わかりましたよ・・・・」

「何が?」

「オレが今までみんなにしていた事」

「どんな事?」

名高も意地の悪いヤツだ。

「今、オレが全力出してたのに名高先輩が手を抜いて走ってましてよね・・・。いつもの逆です。手抜きしてる人の横で全力を出すことが難しいってのがわかりました」

「やっとかよ」

名高はつまらなそうにそう言い、ヒロの方を指差した。

「ヒロなんてオレが手を抜いたの見て、遅いくせにさらに手を抜いたぜ。チーム内での影響ってのはこういう事を言うんだよ」

言われたヒロは「え・・あ・・・」とか言って下を向いてしまった。

「手を抜く事がだめなのはわかりました。それに・・・」

染井はちょっと離れたところにいるくるみを見た。

「全力を出し尽くすのがカッコいいってのもわかっちゃいました」

見られているのに気づいたくるみが手を振ると、染井は少しニヤけて会釈をした。

そんな事に関係なく牧野が笑って言った。

「わかっちゃいましたかー」

「はい」

そう答える染井の目つきは、ほんのちょっと前までと違って見えた。

 

 

それから三日後、修学旅行から帰ってきた雪沢先輩と穴川先輩が練習に復帰した。

雪沢先輩に「留守中どうだった?先輩らしく指導できた?」と聞かれたので、ぼくは「みんなもう立派な先輩ですよ」と答えると「頼もしいな」と笑われた。

 

これから長距離チームもひとつになって頑張っていくぞ!

そう思った矢先、牧野に変な心配をされた。

「ところで英太、こないだの長谷川さんからの初メールは返信したの?」

「あ・・・」

忘れてた。長谷川麻友さんからのメールを。

無視するのはおかしいから、何か返信をしないと・・・。

 

 

空の下で 紫陽花の部「先輩」 END 

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2009年6月11日 (木)

空の下で-紫陽花(8) ふたり「前編」

雨の音が窓の外から教室に入り込んでくる。

ゴウゴウという激しい音ではない。薄くサーっていう音を響かせて少しづつ校庭の砂を色を変えていく。

学校の近くには人口の溜池があるせいで、夜になるとカエルの鳴き声がするんだけど、今は午後最初の授業中とあり、聞こえる音は雨だけだ。

ぼくは先生の話を聞きつつも、なんとなく意識は別の場所にいた。

先生に見えないようにこっそりと携帯電話の受信メールボックスを開く。

一週間ほど前の日付のメールを呼び出し、内容を確認する。

 

『初メールします。せっかくアドレス交換したからメールしてみました。英太くんもいつでもメールをください。  長谷川麻友』

 

こないだ小雨の中、多摩センターで長谷川さんと再会してから10日近くが経っていた。

このメールが来てからも、すでに一週間、返信をしていない。

いくらなんでも、このまま返信をしないのはシカトしてるという事になるので、返信しようとはしていたんだけど、なんて書けばいいのかわからずに放っておいた形だ。

でもこの状態で、またどこかで遭遇したら気マズイので返信の文章を打った。

『返信遅れてごめん! 初メールありがとう。なんかあったらまたメールするね!』

なんてことのない文だ。

こんな文を打つのに時間かかったのか・・・と少し自己嫌悪に陥りながら送信ボタンを押した。

 

長谷川さんからの返信は意外と早く来た。

その日の授業が全部終わるとすぐに携帯が震えた。

『なかなかメール来ないから無視されたのかと思っちゃった。だからメール来てうれしいです。今日は部活ですか?雨だから休みなのかな?こないだは立ち話だったから、今度はゆっくり話したいね』

敬語とタメ口が入り混じったおかしな文だった。

このメールに対する返信も迷ったけど、一度送ったという事もあるし、すぐに送信出来た。

『今日は雨だけど部活だよ。筋トレするんだ。苦手なんだけど頑張ろうと思ってるよ』

ゆっくり話したいね、という文への返事は書かなかった。

 

筋トレ中で腹筋をしてる時、牧野が「メール返した?」と聞いてきた。

「うーん、まあ一応ね」

すると牧野は「いいのかよ」と不満そうに言ってくる。

「何が」

「おまえ、くるみ一筋だろ」

「ば・・!練習中にそういう事を言うなよ」

今、ぼくらは広めのトレーニングルームで筋トレ中だけど、同じ部屋の少し離れたところに未華とくるみと早川がいるので聞こえたらどうしようかとヒヤヒヤした。

「聞こえないから平気だよ。女子陣は何か映画の話題で盛り上がりながらストレッチしてるから」

「何の映画だろ」

「時代劇じゃね?」

「んなわけないでしょ」

「じゃあ何だよ。他にあんのかよ」

「色々あるでしょ」

「なんだよ色々って・・・って、そんな話じゃねーよ。長谷川さんいメールとかしてていいのかよ」

「まあ・・・、メールくらいなら」

「今度会おう・・・とかにならねーだろな」

「ならないでしょ?一度フラれてるんだから」

「そうだけどさ」

牧野は何かを考え込んでいた。

難しい顔をして黙って腹筋をした後、ぼくの耳もとで小さく囁いた。

「オレ、次の夏合宿で未華にコクろうと思う」

「えーーーー?!!!!マジで??!!」

物凄い大声を出してしまい、五月先生に「うるせえ!」と一喝される。

おまけに腕立てを30回追加された。最悪だ。牧野め!

 

部活が終わり、牧野と二人で傘をさして校門を出る。

桜の木の下にある紫陽花は青や薄紫に咲き乱れ、そこに雨の水滴が流れていて花が輝いて見えた。

「こ、コクるって・・・合宿中に?」

「おお、合宿最終日にバーベキュー大会があるらしいんだけど。その時にな」

そういえば去年の山中湖合宿でも最後にバーベキュー大会があった。

線香花火を真剣にやるくるみの姿を思い出す。

「なんで合宿中なの?」

「なんか特別な環境で言いたいんだよ。うまく行きそうな気がするだろ」

「そ、そうかな」

まだ合宿までは一ヶ月半もあるのに、何故かドキドキしてきた。コクるのは牧野なのに。

「フラれたらどうすんの?同じ部活なのに・・・」

「バカ。そんな事考えてコクってどうすんだよ。ダメだったら練習に打ち込んで忘れるよ」

強気な事言うわりには目が泳いでた。

「それより英太はどうすんだよ。何か進展ないの?」

「進展かあ・・・二人で出掛けてみたいよね」

「長谷川さんとじゃねーだろな」

「違うよ。くるみと」

「じゃあ長谷川さんとのメールはあんまりするなよ」

「そうだよね・・・」

ちょっと小さな声で言うと牧野はぼくの顔を見て変な事を問いかけてきた。

「お前、二人が同時にデートに誘ってきたら、どっちと会うんだよ」

「ど、どっち??」

「そう。若井くるみ?長谷川麻友?」

二人の顔を思い浮かべる。迷う事も無い。

「くるみだよ。当たり前でしょ」

「そうか。なら安心だな」

牧野の言いたい事はわかる。ぼくが進展のないくるみを諦めて、偶然再会した昔好きだった長谷川さんを目指すんじゃないかと疑ってるんだ。

長谷川さんは素敵な人だ。確かに好きだった。

でも今はくるみが圧倒的に一番好きなんだ。一緒にいたくてたまらない。

「英太の恋愛の気持ちに対してジャマ者が二人いるのかと思ってさ。聞いてみただけだ。悪いな」

「二人のジャマ者?」

「そうだよ。長谷川麻友と、もう一人は柏木直人」

「ああ、柏木かあ・・・」

柏木はぼくに「早川舞に彼氏がいるか聞いて」なんて頼んできて、まるで早川舞と復縁したそうな事を言う一方で、くるみと仲良くなろうとしてる傾向がある。

柏木こそ早川舞とくるみ、二人のどっちが好きなんだか・・・。

そう思うと牧野は未華一筋で感心だ。

「あーあ、みんな恋しちゃって、まるで青春だね、牧野」

「いや、そりゃ青春だろ。オレら高二だぜ」

 

その日の夜、再びの長谷川さんからのメールにはこう書いてあった。

『部活どうだった?筋トレなんてスゴイね。運動部って感じだね。今度話聞かせてね』

やっぱり長谷川さんはぼくと直接話したそうな気がする・・・。

 

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2009年6月15日 (月)

空の下で-紫陽花(9) ふたり「中編」

「相原、お前さっき授業中に携帯イジッてなかったか?」

帰りのホームルームが終わった後、担任の栃木先生がぼくの席まで来てそう言った。

「なんか授業中に自分の足元の方ばっか見てた気がするって他の先生が言ってたんだよ。どうなんだ相原」

栃木先生は薄汚れた白衣の姿で腕組みをしながら、席に座ってるぼくを見降ろした。

「授業中に携帯電話なんか使ってたら没収だからな。わかってるよな」

「い、いえ。授業中には使ってないです」

ぼくは栃木先生と視線を合わせずに答える。

そう、さっき授業中にこっそりと長谷川さんからメールが来て、確認してしまったのだ。

もちろん授業中に携帯電話を見るなんて悪い事だとはわかってる。

今までだってした事は無いんだけど、さっきはつい携帯を見てしまったんだ。

「使ってないんだな?じゃあ何で下を向いてた?」

一度否定しても栃木先生の追及は止まらない。

不思議と感じた事は納得できるまで追いかけるというのが化学専攻の栃木先生の信条だというのを聞いた事がある。

つまり簡単に言えば、しつこいんだ。納得できる様な説明をしなければならない。

「すいません・・・ちょっと眠くて。下向いてウトウトしてました」

「本当か?」

「あ、はい」

「困るんだよな。授業中に寝てもらっちゃ。今、頑張って勉強しないと来年に繋がらないからな。部活ばかりじゃなくて勉強にも力を入れてくれないとな」

そこから栃木先生は勉強の大切さを10分以上ぼくに語りかけて去って行った。

 

ドカッと音を立ててぼくの机の上に未華が座った。

イスに座ってるぼくの視線に未華の健康的に日焼けした足が映る。

「ちょ!ちょっと未華!!」

すぐ目の前に女子の足が登場したので、ぼくは慌てて視線を逸らす。

「なーに恥ずかしがってんだよ。そこまでスカート短くないよ」

未華はサラッと言うけど、角度的に恥ずかしいのでぼくは席から立ち上がった。

「な、なんの用だよ」

「いやーずいぶんと栃木先生にしぼられてたなあと思ってさ」

未華はぼくの方は見ないで窓の方を見ながら話す。

「英太、アンタ、本当は携帯で何かしてたでしょ。誰かとメールでもしてた?」

ドキリとする。

ぼくが中学の時に好きだった女子とメールしてると未華が知ったら何て言うだろう。

未華はきっと本気で怒る。「くるみが好きなんじゃなかったの?」とか言って。

「メールはしてたけど・・・」

「なにしてんだか。栃木先生にバレたら没収されるよ」

「わかってるよ」

「それよりさあ」

未華は辺りを見回した。その行動から何か嫌な予感がした。

「柏木が、くるみを呼び出したみたいだよ」

「か、柏木が?ど、どこに?」

動揺を隠そうと大声にならないように聞くが、噛みまくりだ。

「さっき、くるみの教室に柏木が来たらしくてさ。ちょっと話がしたいからって言って部活後に体育館裏に来てくれないかって」

「た、体育館裏?」

「そう。なんかイジメみたいな呼び出し場所だけどさ・・・」

「まさか・・・デートでも誘う気じゃ・・・」

ぼくの発言に未華はため息をついた。

「アンタねえ。なに悠長な事言ってるのよ。デートどころか告白だってありえるよ。部活後の体育館裏なんて夕方で暗いし誰もいないんだから・・・襲いかかるなんて事だってあるよ」

「そ、それは無いんじゃない?」

「わかんないよ。なにしろ柏木もくるみも高校二年だからね。キスくらいあるかも。ん?なに泣きそうな顔してんのよ英太」

「え?そそそ、そんな事無いって。うわー噛んだ!」

ぼくは落ち着かなくなってその場をグルグルと歩きまくった。

「なにパニクってんのよ。行くよ」

「ど、どこに?」

「今日の部活後。体育館裏よ」

未華は当然の様な顔をして言った。

 

 

その日の練習は全く集中出来なかった。

小雨が降ってきたので校舎の廊下で60分を走り、階段をダッシュで登るのを10本というメニューだったのだけど、五月先生に怒鳴られまくった。

「なにしとんだ相原!!腕が全く振れてないぞ!!目に力が無い!眼力つけろ!」

などという多少無茶な怒られ方もした。

 

練習が終わり、解散すると五月先生に捕まってしまった。

「相原!お前、今日は集中力無さ過ぎだぞ。どういうつもりだ」

「す、すいません。ちょっと・・・いろいろ訳ありで」

「なんだと?」

ぼくの言い訳が頭に来たらしい、校舎が揺れるかと思えるほどの声で怒鳴られる。

「言い訳してんじゃねーぞ!!このクサレ外道が!!」

「は、はい!!」

ぼくは裏返った声で返事をしてしまった。

ややあって五月先生は落ち着いたトーンで一言「・・・スマン」と言った。

「悪い相原。ちょっと興奮して昔のオレ・・・いや、先生の言葉に戻ってしまったよ。とにかく、練習するなら集中してくれ。集中力を欠くと怪我につながるからな」

低い声でそう言って職員室の方へ歩いて行った。

そこへ担任の栃木先生が通りかかった。

「おお、今の大声は五月先生か。ビックリしたな。さすが五月先生だ。迫力が違う」

「す、すごい迫力ですよね・・・五月先生って」

ぼくがそう言うと、栃木先生は苦笑いしながら言った。

「そりゃな。五月隆平って言えばこの辺りじゃ有名だったからなあ」

「有名?」

「あ、いや、こっちの話」

栃木先生は駆け足で職員室へ走って行った。

 

 

急いで体育館裏へ行く。

もう暗くなった体育館裏には、ちょっと暗めのオレンジ色の電気が一つだけ点灯していて、その明かりの中に未華だけがいた。

未華は小雨の中、傘を差して突っ立っていた。

「遅いよ英太」

駆け寄ると未華は怒ったような顔をしていた。

「ど、どうしたの未華」

「もう終わったよ。柏木もくるみも帰っちゃったよ」

思わずぼくは唾を飲み込んだ。

まさか・・・。

「なーに不安そうな顔してんだよ。何もなかったよ。何か二人で10分くらい話し込んでたけど、告白でもデートの誘いでもなかったよ」

「ほ、ほんと?」

「ホントだよ。ちゃんとくるみに聞いたもん。何の話だったのって」

「柏木のヤツ・・・何の話を?」

そこで未華は少し間を空けた。そのわずかな時間がぼくの心に不安感をもたらす。

「んー、ちょっと今は言えないかな。あんまり人に言う話でも無いし」

ぼくは再び唾を飲み込んだ。

そんなぼくを見て未華は笑って言った。

「大丈夫だよ。英太はちゃんとくるみを見ていれば大丈夫!柏木なんか気にせずにさ。柏木はけっこうセコイよ。セコイ事やってる」

未華はそれ以上、何も教えてくれなかった。

柏木は一体、何を企んでいるのか・・・。気になるばかりだ。

 

一人での帰り道、ぼくは授業中に来た、例のメールをもう一度見る。

長谷川麻友さんからのメールを。

『そろそろ梅雨明けだね。梅雨明けしたら、どこかにゴハンでも行きませんか?』

この返事はどうしたらいいんだろうか。

適当に返事したら、せっかく誘ってくれてる長谷川さんを傷つけたりしないだろうか。

 

 

曖昧な行動は、後から必ず痛い目に遭う事になる。

そんなのいつもの練習でわかってる。さっきだって曖昧な集中力で怒られたばかりだ。

なのにぼくは曖昧な行動に出てしまう。

誰かに嫌われたくないから。誰かを傷つけたくないから。

でも、無理なんだ。誰も傷つけずに生きていくなんて。

曖昧な行動は、自分自身を傷つける事になるんだ。

その事をぼくは思い知る事になる。

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2009年6月18日 (木)

空の下で-紫陽花(10) ふたり「後編」

毎日毎日、雨か曇りの日だ。

沖縄ではすでに梅雨明け宣言が出たらしいので、関東での梅雨明けもそんなに遠くないだろうと母親が真剣な目で言っていた。

なんでそんな真剣なのかと言うと、現在、父親が山梨県で果実園に営業する仕事をしているからで、天気によって仕事を左右される事が多いからだろう。

当の父親は電話で「いやー雨の日の農園も楽しいぞ。今はさくらんぼの旬だしな」と、母親の心配になど気づいていない様子だった。

 

今日の練習はわりと軽いメニューで終わった。

五月先生からお知らせがあるというので、早めに練習を切り上げた形だ。

 

練習着から制服に着替えて部室に戻り、長距離メンバー全員が部室に集まる。

珍しく練習が軽かったので、みんな元気に騒ぐ騒ぐ。

牧野とヒロがなんだか大声でテレビドラマの話題で盛り上がっているし、染井と穴川先輩がなにやら試合用のスパイクについて話し合っている。その横で早川はくるみに「ピアスしないの?」などと話しかけている。

最近、なんだか長距離チームの雰囲気は良くなった。

染井とヒロの加入後、少しだけギクシャクしていたムードも、ここのところ染井がきちんと練習する様になってから和らいだ。

雪沢先輩はそれが良かったらしく、昨日は全員にジュースを奢ってくれた。一個60円の小さいやつだけど嬉しかった。

 

ぼくは周りを見回して携帯電話を手にする。

『そろそろ梅雨明けだね。梅雨明けしたら、どこかにゴハンでも行きませんか?』

長谷川麻友さんからのこのメールをどうしようかと悩んでいた。

ぼくはくるみとデートがしたい。

でもせっかくだし一度くらい長谷川さんと会っても問題はないかなあとも思う。

そんな曖昧な気持ちが、曖昧な返信に繋がってしまった。

『今ちょっと部活が忙しいんだ。また今度にしよう』

なんて曖昧な返事だろう。

断るならキチンと断るべきだったんだ。相手の事を何も考えていないテキトーな返事だ。

それはきっとぼくの中に長谷川さんへの想いが少しだけ残っていたからだと思うんだけど、そんなの言い訳だ。

くるみの事が好きだっていうのに、長谷川さんにゴハンを誘われて少しうかれていたんだ。

 

五月先生が部室に入ってきて、いきなり「夏合宿のお知らせだ」と言った。

なんだか楽しそうな表情をしているのが気になる。

五月先生がこういう笑みをする時って、だいたい練習のキツイ時だ。

「なんか嫌な予感がするな」

隣にいる牧野もそう感じ取ったらしい。

五月先生が何をどう切り出すかと思ったら「今年は合同合宿だ」と言いだした。

「合同合宿??」

メンバー一同が声をそろえた。

五月先生は大きくうなづいて「そうだ」と言い、話を続ける。

「去年まで使っていた山中湖の見晴らし館が、今年は改装工事をしていてな。じゃあどこで合宿をしようかと思っていたら、百草高校の先生からお誘いがあってな。合同で合宿しませんかってな」

見晴らし館は改装中なのか。という事はあの変なコーヒールンバは聴けない訳だ。

というか百草高校って?そんな疑問をヒロがぶつけた。

「先生!もぐさ高校って強いんですか?」

「んー、百草高校は普通かな。去年の駅伝は63位だったからうちより少し遅かった。でも部長の町田くんはけっこう早いよ。雪沢くらいの実力じゃないかな」

「へえ・・・」

「あと、女子はけっこう早いかな。古淵由香里ってコは未華よりも早いんじゃないかな」

言われて未華が「ほう」と偉そうな声を出した。

そこで大山が不安そうな声で質問をする。

「あの・・・場所はどこでやるんですか。美味しい物とかあるんでしょうか」

「大山、旅行に行くんじゃないんだぞ」

五月先生は苦笑しながらも答える。

「群馬県の伊香保温泉という場所でやる。名物は日本三大うどんの水沢うどんだ」

おぉーという声がちらほら上がる。

「それと合同合宿と言ったが、三校合同の合宿だ」

三校??

「うちら多摩境高校と、誘ってくれた百草高校。それと葉桜高校だ」

「は、葉桜高校?!」

ガタンと音をたててぼくと名高が立ち上がった。

動揺したのはそれぞれ違う理由からだ。

ぼくの理由は内村一志がいる高校だという理由から。

名高の理由はおそらく、この地区で一番早い男、秋津伸吾がいる高校だからだろう。

そんなぼくらを見て五月先生は再び嫌な笑みをこぼした。

「なんだか面白い合宿になりそうだろ?」

 

 

帰り道、コンビニに寄ってジュースを買って外に出ると、遠くに見える丹沢山脈の上空にオレンジ色の綺麗な夕日が輝いていた。すっきりと晴れている。梅雨明けは近そうだ。

今日は珍しく牧野と二人ではなく一人で帰る。牧野は剛塚と名高と一緒にレンタルCD屋に行ってしまった。

一人でとぼとぼと駅までの道を歩く。

「葉桜高校と合同かあ・・・」

前から思っていたけど、内村一志とは何か因縁があるんだろうか。

中学時代、二人して長谷川麻友さんの事を好きになり二人ともフラれ、高校になってからは大会のたびに同走になり争い続けている。

そして今度は合同合宿で一緒になるという巡り合わせだ。

ぼくは自分の中ではライバルは牧野だと思っているんだけど、内村一志もライバルなのかもしれない。

「あーあ」

ため息をしながら歩いていると後から声をかけられた。

「なにため息してんのー」

振り返ると、くるみが笑っていた。

「く、くるみ・・・」

何故か慌ててしまう。長谷川さんとのメールや柏木とくるみの密会の事が頭によぎる。

くるみはそんな事には全く気付かず、ぼくの横に並んで歩きだした。

「今年は合同合宿だってねー。私、なんか不安だよ」

「不安?」

「うん。私ってあんまり早くないからさあ・・・。百草高校って女子が早いんでしょ?未華よりも早い子もいるっていうし・・・。練習について行けるかなあ・・・って」

下を向きながら歩くくるみ。でもそんな深刻そうな感じじゃない。

「それにね・・・こないだ占いをやったんだけど、今年の夏は運勢が良くないんだよねー。勘違いが混乱を招く・・・みたいな」

「占いなんてやるんだ」

「女子はけっこう占いを気にすると思うよー」

「へえー」

「英太くんも合宿の話を聞いた時、なんか不安そうな顔してたよね。葉桜高校って何かあるの?」

それを聞かれるとは思わなかった。どう答えようか。ぼくと内村と長谷川さんの関係の事は話したくはないし・・・。

悩んでいたら、くるみは何かを察してくれたのか話題を変えてくれた。

「ねえ。あのさ・・・合宿の後って何日か休みになるよね。その頃ってヒマかな」

「え?うん、だ、大丈夫だと思うよ」

何故かドキドキしてきた。体が熱くなる。

「じゃ、じゃあさ・・・映画、いこ。その頃、見たい映画が出るんだ。ほ、ほら、その・・・前に約束したでしょ。映画行こうって。」

くるみはチラチラとぼくの方を見ながらそう言う。

確かに、前に二人でお茶した時に約束していた。映画に行こうって。

ぼくは嬉しくなって「行く!!」と少し大きな声で返事をしてしまった。

 

 

駅に着くと、くるみは電車には乗らずに駅の反対側へと向かって行った。

「今日はお母さんが車で迎えに来るんだ。家族で回転寿司屋さんに行くの」

そう言って歩いて行った。

ぼくはくるみの後姿を見送る。

くるみが見えなくなってから「ヨシ!!」とガッツポーズをとった。

久し振りにくるみと二人ででかけられる。合宿の後だから一ヶ月も先の話だけど。

柏木になんて負けてられない。長谷川さんなんてもういいや。

映画の帰り・・・出来たら告白とかしちゃいたい。

もう自分の気持ちを抑えるのも辛くなってきたし。

 

 

自分の決心とは裏腹に、不安要素が増えている事をぼくはすっかり忘れていた。

長谷川さんへの曖昧な返信。柏木のくるみに対する行動。内村と一緒の合宿。

その全ての要素が、この夏、ひとつの出来事を作り上げようとしていた。

それはあの占いの通り、勘違いが混乱を招く事態となるのであった。

そう、すでに物語は動き出していたんだ。ゆっくりと・・・しかし確実に。

 

 

空の下で 紫陽花の部 END

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空の下で ~紫陽花~  目次

 

物語は動き出す。ゆっくりと・・・しかし確実に。 

小雨の中、英太はある人物と再会する。それが英太の今年の運命を左右する・・・

紫陽花の部 全編

 

1.小雨の遭遇「前編」

2.小雨の遭遇「後編」

3.先輩(その1)

4.先輩(その2)

5.先輩(その3)

6.先輩(その4)

7.先輩(その5)

8.ふたり「前編」

9.ふたり「中編」

10.ふたり「後編」

特別読切「自転車を押しながら」

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2009年6月22日 (月)

読切 「自転車を押しながら」

アクセス数1万件突破記念 特別読切

自転車を押しながら   by  cafetime  2009-6-3

 

 

 駅前のバスロータリーはもう薄暗くなりつつあった。ふと視線を上げると、はるか遠くに見える巨大な山に夕日が隠れていくところだ。立ち止まって、その夕日をじっと見つめる。普段なら太陽が動いているのなんて気付く事はないのに、夕日となって山に消えていく時は「こんなに早く動いてるんだなあ」なんて思ったりする。

 待ち合わせ時間は午後六時半だったので、もう十五分は過ぎている事になる。夕日とは反対方向にある京王線の駅の方を見ても知らない人しか歩いてはいなかった。

「けーちゃん、遅いな」

 けーちゃんとは私の彼氏のあだ名で、普段あまり待ち合わせに遅れる事はない人だ。たとえ遅れる事になったとしても電話かメールできちんと連絡をする性格のはず。とはいえガサツな男の人なのでメールでも「ごめん!遅れ!」などと文字が足りなかったりする。でもそれが楽しかったりもするんだけど。

 そういえば何の連絡も来ないのは、けーちゃんと私が付き合ってから初めてな気がする。

 私は高校二年生で、けーちゃんは今年の春から大学一年生になった。一緒の高校の部活で知り合った先輩がけーちゃんだ。

 一年前、吹奏楽部に入部したばかりの私がチューバの演奏が上手くいかなかった時、優しく楽しく教えてくれた先輩がけーちゃんだった。

 私、すぐにけーちゃんが好きになっちゃんたんだよね。中学の時から「惚れやすいコだねー」なんて友達にからかわれたりしたけど、その時もすぐにけーちゃんに惚れてしまったよ。だって優しいんだもん。

 それで初めての定期演奏会の後、頑張って告白しようとしたら、逆にけーちゃんに「どこかに遊びに行こう」なんて言われてしまったわけだよ。私の気持ち、見透かされてたのかな。そこんところはまだ聞いてないや。

 そうして横浜に遊びに行って、今度はちゃんと私から正式に告白して付き合ったんだよね。それにしても告白した横浜の赤レンガ倉庫は素敵な場所だったなあ・・・また行きたい。

 それから約半年。けーちゃんと待ち合わせを何度も何度もしてるけど、遅れる時に何の連絡も無いのは初めてだ。不安になるよ。

 

 

「あれ?田中ちゃん?こんな所で何してんの!?」

 聞き覚えのある爽やかな声がして私はそっちを向いた。まだわずかに見えている夕日をバックにしてクラスメイトのくるみちゃんが手を振りながら歩いてくる。今日も制服姿がかわいいな。

 くるみちゃんは背は高くないけど陸上部だというだけあって無駄なお肉がついてないので制服がとても似合う。私なんかちょっと・・・(だいぶ?)ふっくらタイプなので制服姿に自信が無いんだよね。なんで高校の制服ってスカートなのかな。足とかこんなに見せたくないんだけど。

「くるみちゃんこそ、こんな時間に何してんの?」

「ん、部活の帰りだよ」

「え・・・でもここって学校からだと駅の反対側になるのに・・・」

「ああ、こっち側のバスロータリーにお母さんが車で迎えに来てくれるんだ。今日は家族で回転寿司屋に行くから」

「へえ。いいなあ、お寿司・・・」

 思わずヨダレが出そうになった。私、食べ物の話になるとだらしないんだよね。炙りサーモンを想像しちゃったよ。

「お寿司って言っても100円の回転寿司だよー。不景気だから」

「ほんと不景気だよね」

「うん、不景気だあ」

 不景気と繰り返す女子高生二人は大人から見ると嫌だろうな、と思う。

「田中ちゃんは何してるの?彼氏と待ち合わせ?」

 彼氏とかいう単語を使われるとドキリとするよ。けーちゃんは彼氏なんだけど、彼氏という単語に慣れてないので・・・。

「うん、待ち合わせ。でもなかなか来ないんだ」

「そうかあ・・・電車遅れてるもんね」

「え?」

 そこへスルリと車がやってきた。どうやらくるみちゃんちの車らしく「じゃあまた明日、学校でね!」と言って、くるみちゃんは車の助手席に乗り込んで行った。

 爽やかだなあ・・・。運動部のコってみんなあんな爽やかなのかなあ?ううん、くるみちゃんは特別だ。仲良しの家族に仲良しの陸上部。それにクラスメイトにも仲良しが何人もいる。キラキラしたコだ。トロくさい私なんかとは違う。

 

 

 駅に戻ってみると確かに電車遅延の放送が流れていた。「信号機トラブルのため、現在上下線共に運休しております。運転再開は19時20分頃を見込んでいます」と慌てた男の人の声が何度も繰り返されている。

 こんな事に気づかないなんて、やっぱり私ってトロくさいというかマヌケだよ。電車が止まってるんじゃけーちゃんが大学からここまで辿り着けないって。

 でも疑問が残る。だったらけーちゃんはメールくらいしてくれそうなんだけどな。

 もしかしたら気付かないうちに着信があったかもしれないと思って携帯電話を開くとメール着信が一件と表示されていて「しまった!」と小声でつぶやいてメールを見る。

『でこぽん 待望のNEWシングル発売決定!!夏ドラマ主題歌のタイアップ!』

 けーちゃんからではなくて、私が好きな音楽ユニットのお知らせメールだった。公式サイトに登録してたから情報がメールで届いたんだ。ありがたいけどガッカリした。

 その一つ前には一度読んだけーちゃんからのメールが表示されていたので、読み返してみる。着信は昨日の夕方だ。

『今日は大学の友達とボーリングに行ってくるね!なんと総勢十人で行くんだ!盛り上がりそうだから楽しみ!明日は六時半に多摩境駅だよね。ちゃんと行くね!』

 このメールには返信した記憶があったので、送信メールを読みなおしてみる。

『十人なんてスゴイね!けーちゃんってボーリングうまいもんね!あー、十人もいるってコトは女の人もいるんでしょー?』

 我ながら嫉妬深そうに見られる内容だなあと笑ってしまう。

 しかしすぐに胸にズキンとくる不安がこみ上げてきた。この問いに対する返信が来ていないのを思い出したからだ。

『女の人もいるんでしょー?』

 いつもは何度も返信しあっていて、電話した方が早いじゃんって笑われるくらいメールしてるのに、昨日はこの問いに対しての返信もなく、急に連絡が途絶えている。そして今日は朝から一度も連絡が無い。

 良くない想像をしてしまい、心臓の鼓動が早くなり、呼吸も荒くなった。以前から私は緊張したり不安になったりすると過呼吸気味になる。必死に「落ちつけ!」と自分に言い聞かせる。大丈夫。大丈夫。けーちゃんは浮気とかする人じゃない、と。

 

 

 日は完全に山に隠れ、辺りは急激に暗くなっていった。この多摩境駅というのは駅前にあまりお店が無いために日が沈むと共に寂しさが増す田舎の駅だ。

 電車は再開予定の時間になって動き出したのに、けーちゃんは来ないし連絡も無い。もちろん私からもメールをしてみたけれど返信は無いし、電話しても繋がりもしない。

「今日は・・・逢えないかな」

 つぶやきながら駅を出る。もしかしたら今日は・・・ではなくて、これからずっとだったらどうしようと考えて、少し涙が出そうになったので頭を大きく横に振って嫌な考えを振り払った。・・・でも嫌な考えは振り落とされなかった。しぶといやつだ。

 

 

 駅からすぐのところにある駐輪場へ行く。私の家はこの駐輪場から自転車で20分くらい走った先の田舎町にあるから、いつもここに自転車を止めている。

 自転車のチェーンロックを外し、係員のオジサンに会釈をして自転車を押して駐輪場を出る。そこで自転車にまたがったけど、何故だか漕げなかった。

 何度も何度も漕ごうとしたのに漕げない。自転車が壊れているんじゃなくて、漕ぐ力が湧いてこない。こんな事は初めてだ。もしかしたら鍵をはずしてないんじゃないかと確認したけど、鍵は外れているし、タイヤの空気は満タンっぽい。

 なんでだ?なんでだ?

 パニックになりそうな心をなんとか抑えつつ、私は自転車を降りた。今日はきっと漕げない。

「けーちゃん・・・」

 駅の方を振り返ってそう言ったけど、けーちゃんの返事は無かった。聞こえてきたのは近くの田んぼで大合唱をしているカエルの声だけだ。

 しかたなく、私は自転車を押しながら歩く。ここから歩いて帰るとなると50分から1時間はかかるハズだ。バスに乗るという手もあるけど、自転車から手を離すと立ってられそうもなくって、自転車を押しながら歩く。

 

 

 一度不安になると止められないのが私だ。

 去年、吹奏楽部に入った時、先輩達の前で自己紹介がてら自分の特技を見せるという事があった。私は、その前日にたまたまテレビで見たプロレスラーのイノキさんのモノマネをした。そしたら翌日から「イノキ」というあだ名がついた。

「おいイノキー」「イノキちゃーん」「イノッキ!!」「元気ですか!!」

 まさかこのまま三年間この名前で呼ばれるのか。演奏会でモノマネをやらされるのか。二年生になったら後輩からもそう呼ばれるのか。モノマネが定着して部内のお笑いキャラにされるのか。それでそれで・・・、お笑い好きの女子と出会い「一緒にお笑いを目指そう」とか言われてお笑い養成スクールに入り、特に大ブレイクせずにローカルテレビで活躍して、親にバカにされた一生を過ごす・・・。

 そんな想像をした事があった。でもそれを止めたのもけーちゃんだ。

 けーちゃんの苗字は塩崎という。普段はシオって呼ばれているんだけど、シオから発展して「シオ漬け」とか「漬物」とか「おふくろの味」とか呼ばれて嫌な気分になった事があるらしい。それで私の事も「田中ちゃん」って呼んでくれる様にしてくれた。

「けーちゃん・・・」

 なんで連絡をくれないんだろう。もしかして昨日、ボーリングに行ったメンバーの中にやっぱり女の人がいて、仲良くなっちゃって、それでそれで・・・、今日は大学休んでまで女の人とどっかデートとか行っちゃってて、しかもデート先が横浜の赤レンガ倉庫で、「オレやっぱ君と付き合いたい」なんて展開も0%とは言い切れないよーー。

 気がつくと歯がカチカチと震えていた。

 怖い。

 けーちゃんがいなくなる事が怖い。

 しょうもない妄想かもしれないけど、連絡が無いってだけで怖いんだ。

 携帯電話なんて無ければいいのに。そしたら連絡が無いって事にすら気付かずに済むんだ。「来れなくなったのかなあ」なんて、あっけらかんと過ごす事だって出来るかもしれないのに。

 

 

 もうずいぶんと駅から一緒に進んできた自転車を押しながら空を見上げた。東京とはいえ郊外の田舎町であるここら辺では星空がよく見える。

 カエルの声と自転車のチェーンが回る音を聞きながら星を見る。

「ふわあ・・・綺麗だ」とかつぶやいて歩いてたら前方にあった電柱に激突した。

「ぎゃ!!」

 顔をぶつけて、痛くて自転車から手を離して座り込んだ。自転車がガシャンと音をたてて倒れる。

 マヌケだなあ・・・。もう一度空を見上げると、もうカエルの声しかしなかった。

「けーちゃん・・・逢いたいよ・・・」

 呼びかけた声に反応するのは、またもやカエルの合唱。ケロケロと頑張ってる。

 そのケロケロの声の他に、誰かが息を切らして走ってくる音が聞こえた。

 その人は私の近くまで走って来て、立ち止まった。

「はあ・・・はあ・・・・」

「け、けーちゃん・・・」

 けーちゃんが汗だくになって息を切らして立ち尽くしていた。

「悪い。遅れた」

 けーちゃんはそう言って私の自転車を起こした。

「電車が止まって・・・しかも携帯を昨日、ボーリング場ではしゃいでたら壊しちゃって・・・ごめん!」

「え・・・誰かと浮気してたんじゃ・・・」

「はあ?なんでオレが浮気なんてするんだよ。オレの彼女は未由、お前じゃん」 

 ただそれだけの事だった。何の心配もいらなかったんだ。ただ私が不安の妄想を広げただけだったんだ。それなのにけーちゃんは駅からかなり離れたこんな場所にまで必死に走って来てくれた。この道に私がいるなんて保証は無いのに。

 私は安心しきってしまい涙が出てしまった。

「お・・ちょっと・・未由・・・何も泣く事・・・・ごめんて・・・ほんと・・・ごめんて」

 バカらしいなあ・・・。何してんだろ私。もう17歳になるってのに妄想特急しちゃって。けーちゃんはこんな彼女でいいのかね。

「ううん、謝んなくってもいいよ。謝るのは私もだからさ」

 勝手に妄想して疑ったからね。

「な、なんだかよくわかんねーし・・・わかんねーけど!」

 けーちゃんは起こした私の自転車を押しだした。

「せめて家まで送ってく」

「え、でももう家までちょっとしかないよ」

「ちょっとでもいいよ。送らせろよ。夜は危ないだろ」

 けーちゃんは自転車を押しながらそう言った。こういうカッコつけるセリフを言う時、けーちゃんは私の目を見ない。見れないのかもしれない。恥ずかしいから。

「じゃあ・・・送ってもらおうかな・・・。少しでも一緒にいたいし・・・」

 私もこういう言葉を言う時はけーちゃんの目を見れない。恥ずかしいから。特に今日はしょうもない勘違い妄想劇場を繰り返したので。

 お互い目を逸らし合いながら二人は歩く。

 暗い夜道を。へんてこな笑い話をしながら。自転車を押しながら。

 でも遅刻は遅刻。今度なんか美味しいもの奢ってもらおう。100円の回転寿司でもいいけどね。不景気らしいから。炙りサーモンがあればそれでいいよ。

 

 

 劇的な展開なんて無くてもいい。ただ目の前に広がる日常に小さな幸せが転がっていればいい。そんな、特別でもない日々をけーちゃんと一緒に過ごしていきたいんだ。今日みたいになんでもない日だって、私にとっては劇的だし特別なんだから。

 

 

「自転車を押しながら」  END

 

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2009年6月25日 (木)

紫陽花の部、読切、描き終わりましたー!

紫陽花の部、連載終わりました。

 

今回もこれまでと同じ通り、短いエピソードの積み重ねでした。

第2シーズンに入ってから長いエピソードってほとんど無いですね(笑)

まあ第1シーズンでも夏合宿編と駅伝編くらいしか長い話は無いですが。

 

この紫陽花の部で、英太の中学時代の恋愛相手・長谷川麻友がついに登場となりました。

前々から名前だけは登場してましたが・・・。

長谷川麻友の登場により物語は思わぬ方向へ進みます。

この次の向日葵の部は、ついに長めのエピソードになるので、よろしくお願いします。

 

 

それと特別読切「自転車を押しながら」を描きました。

これは紫陽花の部を描き終わり、目次の整理をしていた6月2日の夜、ラジオから自転車にまつわる曲が聴こえたのをキッカケに、その場でプロットも何も一切無く、勢いだけで書いたショートストーリーです。

本当にプロットも構想も無く一行目を描き出したので、どうなることやらと思いましたが、1時間後、ああいうお話になりました。

何でもない、ありがちな日を書いたつもりですがどうでしょう??

翌3日に色々と修正しましたが、あの二人はあんな感じで過ごしてるんですね。よかったです。←自分で書いてるくせに。

ちょうどアクセス数が一万件を超えるタイミングだったので、一万件突破記念という事にしました(笑) 

ちなみにブラスバンドライフ最終回から8ヶ月後を描いてます。

 

 

ではでは、次は少し間が空いてしまいましたが第2シーズン佳境の向日葵の部です。

よろしくお願い致します!!

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2009年6月29日 (月)

空の下で-向日葵(1) 夏の始まり

 

青い空を薄くて白い雲が流れていた。

真夏の入道雲とは違い、ずいぶんと高いところに浮かんでいるように見える。

もう残暑すらも過ぎようとしているらしい。

いくぶん涼しくなった日差しの中、畑沿いのあぜ道を歩く。

目的の建物まではもうすぐだ。

 

 

巨大な山脈をバックにして、近代的な三階建てマンションが姿を現した。 

こんな畑だらけの山沿いの田舎町には似合わないほどの近代的なマンションだ。

この町から東京までは高速道路で2時間くらいかかるという。何故こんな場所にこんなマンションを建てたのか、不思議だ。

お洒落な外壁と正面入り口の自動扉が、またいっそう似合わない。

1DKの部屋が24室あるというこのマンションに、今日も入らなくてはならない。

「なにしてんだろ・・・」

マンションを見上げてぼくは呟いた。呟いた後、少し前までの事を振り返る。

 

・・・あんなに色んな事があった夏が過ぎていく・・・ 

 

ふと気付くと、マンションの入口に同年代くらいの男女が立っているのが見えた。

そのうちの女の方がぼくを見て声を出した。

「・・・探したよ」

声を聞いてぼくは体をビクリと動かしてしまった。知っている声だったからだ。

続いて男の方がぼくを睨みながら低い声で言った。

「こんな遠くまで来させやがって」

ぼくは思った事を口にした。

「ど、どうしてここに・・・?」

すると男の方が頭をガリガリと掻きながら答えた。

「いや、俺だってこんな遠くまで来るのは嫌だって言ったんだけどよ。大体、逃げたヤツを追っかけたって仕方ねーしよ」

逃げたヤツを追う・・・。この言葉にぼくはドキリとした。

「それによ、そいつがどうしてもって言うもんだからよ」

男はぼくの後を指差した。

「え・・・」

恐る恐る振り返ると、そこには制服姿の女子がいた。

そのコはぼくの顔を見ると一言、こう言った。

「帰ろう、英太くん」

帰る・・・。

そう。ここはいつもぼくらがいた多摩境高校からは100キロも離れた田舎町。

なんでこんな遠くの町にぼくがいて、ぼくを探している人がいるのかと言うと、話は一ヶ月半前の夏合宿にまで遡る。

 

 

空の下で  2nd season-4

向日葵の部

 

 

一ヶ月半前、一学期の最後の授業の日、担任の栃木先生はホームルームで夏休み中に勉強を疎かにするなという話を永延と続けていた。

「という訳だからな、この時期に授業が一ヶ月半も中断されるという事は逆に言えば個人の努力次第で成績がアップもするしダウンもする。しかもその幅が大幅という事になる訳だ。だからいかにして夏休み中に集中力を発揮するか。それが今後のみんなの未来・・・」

栃木先生は、生徒には進学してもらいたい派だ。

だから夏休みという期間に不安があるらしい。いかに集中して勉強するかを熱く熱く一時間語り尽くした。

もし、この教室に栃木先生の話を一時間集中して聞いているヤツがいるとしたら、そいつはきっといい大学に入れるほどの集中力がある気がする。

「相原!聞いてるのか!?お前、部活にだけに夢中になるんじゃないぞ!進学出来なくなるぞ?」

いきなり怒鳴られてビックリしつつも「はい!すいません!」とハキハキと答えた。

 

 

一学期の最後のホームルームを終えて、ぼくはクラスメイトの剛塚と未華と一緒に教室を出た。

未華は廊下に出るとニヤニヤしながらぼくの脇腹を突きつつ話す。

「英太くん、先生に怒鳴られてたねー。怒鳴られてる時の英太くんの顔面白かったよ」

「そ、そんなトコ見てないでよ。 わ!突っつくなって!くすぐったいって。うわ!」

そんなぼくと未華を見て剛塚は「兄弟みてえ」と苦笑した。

「おーい!相原ー!」

廊下の遠くからぼくの名を呼びながら柏木が走ってくるのが見えた。すでにサッカーの練習着だ。

「どしたの柏木」

柏木はぼくの前に立ち止まると、未華と剛塚を見た。

「ゴメン、相原。ちょっと話いい?」

「話?」

「そ、二人だけで」

相変わらずの爽やかスマイルの柏木。

仕方ないのでぼくは未華と剛塚に「先に部室行ってて」と言うと二人は部室に向かって歩いて行った。

 

 

ぼくと柏木は校庭の脇にある木製のベンチに座った。

このベンチには、よく野球部の顧問の怖そうな先生が座っているんだけど、今はまだ野球部が来てないから座っても怒られなさそうだ。

「どうしたの?何の用?」

ぼくの問いかけに柏木はニヤリと笑った。

「早川舞、彼氏いないってさ」

「はあ?」

そんな事をぼくに伝えるために呼んだのか??

「相原にも調べてって頼んでたけどさ。オレ、別ルートでも調べてたんだ。それで、早川に彼氏いないって突き止めた!」

何故か勝ち誇った様な口ぶりの柏木に、ぼくは少しイライラした。

「そうなんだ。じゃ、じゃあ、早川さんにもう一回告白したりすんの?」

くるみに・・・じゃなく、早川に??そう聞きたいけど、さすがにそれは聞けない。

「いや、そういう訳じゃないけど・・・今は」

「今は?」

「ああ。気になる人がいてさ」

「き、気になる人?」

「うん。若井さん、若井くるみさん」

声が出なかった。

もう一度、声を出そうと思ったけど、声が出ない。

「陸上部の若井くるみさん。あのコの一生懸命さって言うか、ひたむき?それを見てたら、何か早川に告白するとか復縁するとかって、今は何か違う気がしてきてさ」

な、何を言ってるんだ柏木は?

ぼくがくるみの事を好きだって知って、宣戦布告でもしに来たのか?

「だからさ。調べてなんて頼んじまった相原には謝ろうかと思って。ホント、ごめん」

そう言って柏木はベンチから立ち上がり、ぼくに頭を下げた。

ぼくはただ口を開けてポカンとするばかりだった。

柏木の言ってる意味が全く飲みこめなかった。

 

 

パニック状態のまま部室に辿り着くと、壁に見なれない白い紙が貼ってあった。

「ナニコレ?」

白い紙の一番近くいた部員にそう聞くと「なに?ため口?」と言われたので、よく見ると穴川先輩だった。

「あ!!す、すいません!気がつかなくて!!」

「部員で唯一の坊主頭のオレに気づかないとはね・・・」

「あ、いや・・・」

夏の暑さではない汗をかく。

「あ・・・えーと、この紙って?」

「あ?髪?オレは坊主頭だけど」

「い、いや・・・この壁に貼ってある紙です」

「見りゃわかるだろ。合同合宿の練習スケジュールだよ」

そうだった。百草高校と葉桜高校との合同合宿は、もう三日後からに迫っていた。

 

 

 

空の下で 向日葵の部「夏の始まり」END

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