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2010年5月

2010年5月 3日 (月)

空の下で-風(12) 支部予選会(その4)

男子1500m決勝。僕ら多摩境高校からこの種目に出るのは三人だ。

まずは予選七位通過の染井。十三位通過の大山。そして十六位通過の剛塚だ。

決勝は十六人で走るから、剛塚は本当にギリギリで決勝まで生き残ったという事になる。

それでも、三人ともこれまでに、支部予選会の決勝に残った経験は無いので、これが今までで最大の見せ場であるんだ。

この決勝で上位八位に入れば、東京都大会に進める訳だ。

染井は可能性が高いけど、あとの二人には厳しい戦いになるのは間違いない。

サポート係には僕とくるみと早川が向かった。

スタート地点では予選を生き残った十六人が、それぞれ気合いの入った表情で体を温めている。

「英太くん、英太くん」

スタート数分前、大山は僕に向かってこう言った。

「なんだか、楽しくなってきたよ」

「楽しく?」

「うん。多分、八位に入って都大会に進むのは無理だとわかってるのに・・・何だか楽しみなんだ。この決勝っていう場が」

すると剛塚が「あー、わかる」と頷いた。

「けっこうやる気が出てくるよな」

剛塚の表情も楽しそうだ。おまけにこんな事まで言う。

「英太とかよ、牧野とか名高とか未華とか。今までうちで早い連中しか味わえなかった、決勝の感覚がやっとわかったよ。予選じゃなくて、一つ勝った後のレースの感覚がよ」

「僕もほとんど予選を勝ち抜いた事無いけど・・・」

「あ?そうだっけ?ワリイ」

剛塚は悪びたそぶりもなく笑った。

やがて時間になり、大山と剛塚と染井はスタートラインに向かった。

行く直前、大山は振り返って「じゃ、行ってくるね」と笑った。

 

 

試合は午後三時過ぎに始まった。

最初の100m、猛烈な勢いで飛び出した十六人は、場所獲りをしながら進んだ。

実力のありそうな数人が先頭の内側に陣取り、そのすぐ後ろに染井が着いた。

剛塚は他の選手を蹴散らすかの様に中盤の内側に入り、大山は出遅れてビリに着いた。

「お、大山ー!!」

慌てて僕は腹の底から叫んだ。ヤバイと思ったからだ。

するとくるみも大きな声で大山の名を叫んだ。しかし早川は冷静に言う。

「落ち着けって二人とも。大山はこのままビリで終わるヤツじゃないって」

「だ、だけどよ・・・」

僕は不安だった。決勝とはいえ、いくらなんでもビリで走るのは見ていられない。

最初の一周を過ぎると、先頭の四人が飛び出した。

その後ろに縦長の集団が作られていて、そこの二番目あたりを染井が鋭い目つきで走っていた。

タイムを見ると、予選よりもだいぶ早いペースだった。剛塚と大山には厳しすぎるペースだ。

そう感じた通り、剛塚は集団の中盤にいたのが少しずつ後ろに下がりだし、大山はというと、他の一人と一緒にズルズルと後退しだした。

1000mを過ぎると、先頭の四人以外はバラバラで走る展開となった。

染井は六位で走っている。剛塚は十位あたりか。大山はビリから二人目だ。

腕時計を見ると、スタートから三分しか経っていなかった。

なんてあっという間なんだ・・・

これまでずうっと練習してきたのに、わずか数分で全ての結果が出てしまうなんて。

これが、1500mか。いや、これがスポーツなんだ・・・。そう思った。

スポーツは残酷だ。勝ちか負けしかない。その二通りしか無いんだ。

今、染井と剛塚と大山にも、その判断が下されるんだ。

わあっという歓声とともに、一位の選手がゴールした。続いて二位、三位、四位と僅差でゴールした。

ここから後ろはやや間が空いている。五位、六位と並ぶ様にゴールをし、続けて三人が走ってきた。

七位、八位、九位の集団だ。つまり、この三人のうち二人は都大会に進めるけど、一人は落ちるという状況だ。

そこに染井が混じっていた。三人で最後の直線を必死な顔で走っている。

「そ・・・、染井ー!!」

染井は二人から遅れだした。思わず僕は大声を出す。

「時期エース狙ってるんなら勝てよ!!」

この声が聞こえたのかどうかはわからない。

しかし染井はまるで短距離を走るかの様な腕振りをし、二人を横から一気に追い抜いた。

つまり、染井は七位でゴール。都大会行きを決めたんだ。

ゴール直後、珍しく染井が「しゃー!!」とか叫んだ声が聞こえた。

その数十秒後、十三位、十四位という位置で、剛塚と大山が並んで走ってきた。

ラスト70mくらいのとこで、二人は互いに目を合わせたのが見えた。

その時、僕には二人が笑った様に見えた。

最初、それは二人で並んでゴールしようという意思表示なのかと思った。

でも違った。二人は猛然とラストスパートをかけたんだ。

歯を食いしばり腕を振る剛塚、顔を歪め口を大きく開く大山。

もう、都大会進出なんて関係の無い順位で、同じ高校の二人が必死でラストスパートをかけていた。

同じ高校の友達だろうと、試合中は敵同士。二人は全く手を抜く事無く、全力で勝とうと走っていた。

思わず僕は拳に力が入った。早川は「すげえ」と呟き、くるみはただただ「頑張れ」って叫んでた。

二人の決着はよくわからなかった。ほとんど同時にゴールした様にしか見えなかった。

でも、後で張り出された結果表には大山が十三位、剛塚が十四位と書かれた。

ただ、タイムは同じ時間が書かれていて、それを見た二人は互いに握手をした。

 

 

こうして総体支部予選の初日が終わった。

僕ら長距離チームの結果はこういう事になる。

男子1500m予選、染井・剛塚・大山が決勝進出。

男子1500m決勝、染井が七位で都大会進出。剛塚・大山が敗退。

勝った染井は喜び、負けた剛塚と大山も悔いは無さそうに試合の感想を語りながら、この日は解散となった。

明日は僕も出る男子5000mと女子3000mがある。

いよいよだ。いよいよ出番がやってくるんだ。

そう考えると鼓動が早くなる様な気がした。

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2010年5月 6日 (木)

空の下で-風(13) 支部予選会(その5)

支部予選会二日目。

今日も穏やかな天気だ。雲が多少は流れているけれど、熱すぎもせず寒すぎもしない、まさに試合日和。

集合時間である朝八時よりも少し早く上柚木競技場に着いたのだけど、すでに午前中に試合を予定している選手達がウォーミングアップをしていたり、各校がテントを張ったりしていて、すでに大会の緊張感が漂い始めていた。

多摩境高校はというと、短距離と長距離の一年生がテントやブルーシートを組み終わったところだ。

それに今年が初めてとなる女子マネージャー達も来ていて、スポーツドリンクを作っていたりする。

テントにはまだ長距離チームは染井とヒロと一年生しか来ていなかった。

「おはよーございます!!今日、期待してますよ!!」

ヒロが朝から大きな声を出すと一年生の一色和哉も「お、おはようございます!」とアタフタしながら言った。

「おはようー」

僕は笑って応える。一色は一年生の中で一番早いのに、いつもオロオロとした雰囲気があって何故だか和んでしまうからだ。ひょろっと背が高くて童顔って事で、なんかモテそうな感じがするのにもったいない。

「しっかりしろよ、一色」

そう言うと一色は「あ、は、はお、はい!!」と噛みまくった。どこか人ごととは思えない動揺ぶりだ。

 

 

午前中、800mの予選が行われた。

何組かやって午後に決勝が行われるらしんだけど、第一組に天野たくみが登場した。

スタートするやいなや、とてつもないオーバーペースで先頭を走るたくみ。

短距離チーム、中距離チームから歓声が上がり、その声の勢いを借りたのか、たくみはそれほど後半落ちずに予選を突破した。なんだか余裕そうだった。

「すげえなアイツ」

一緒に観戦していた牧野が低い声で呟いたのが印象的だった。

 

 

今日も色々な競技が次から次へと行われて行く。

短距離、中距離、長距離、投てき、跳躍。

それぞれの種目でこれまでの練習の成果を発揮して喜んだり、緊張して全然上手くいかなくて涙を飲んだりしながら時間は過ぎて行く。

一体、この一日でどれくらいの数のドラマが生まれているんだろう。

今日ここに出場している選手一人一人に、これまで頑張ってきた日々があって、それがこのインターハイ支部予選という場で一つの山場となる訳だ。

この大会を終えてしまうと、個人戦で上を目指す大会は三年生には用意されていない。

地域ごとの記録会はあるけれど、都大会や関東大会などという大きな大会に進めるものは無く、三年生はこの大会で引退という学校も多い。

長距離チームの場合、秋に駅伝大会があるからまだまだ部活は続くんだけど、短距離や中距離などは都大会に進めなければ、ここで引退するだろう。

天野たくみがこの後どうするのかは知らない。敗退したら引退するのか。それとも地域の記録会に出るために部活を続けるのか。それは聞いていない。

そしてここで引退かどうかわからない、もう一つの人達が多摩境高校にはいる。

長距離の女子チームだ。つまり、大塚未華、若井くるみ、早川舞の三人。

長距離チームには秋に駅伝があるから引退しないって言ったばかりだけど、女子の場合は少し話が違う。

女子の駅伝に出るにはメンバーが五人必要となる。

これまで三人しかいなかったからうちの女子チームは駅伝には出場してこなかった。

でも今年は一年生メンバーが加わったから、駅伝に出場が可能なんだ。

ただ、今はまだ四月。入ったばかりの一年生メンバーが秋まで生き残っているかどうか誰にも予想できない。

だから、女子チームは今日が引退を賭けた最後の試合になるのか、微妙なところなんだ。

その辺の事を、さっき未華に聞いたら「そんなのまだ考えてないよ。どっちにしたってこの大会に出るのが最後って事にかわりはないんだしさ、全力全開で走る事に違いないんだから」という何とも未華らしい返事が返ってきた。

 

 

そうしてお昼ちょっと前になり、女子3000mの時間が近づいてきた。テントに集まっていた長距離全メンバーの中から未華が立ち上がった。

「じゃ、行ってくるから応援よろしくね!」

未華はまるで格闘家みたいなファイティングポーズをしながら僕らにそう言った。

色黒で爽やかな笑顔だった。でも目には闘志が溢れている。そんな感じだ。

「未華みてると気後れしそうになるよ。でも、ま、やる気にもさせてくれるけどね」

未華を見ながらそう言うのは早川だ。少し長い髪の毛をゴムで結んでいるところだ。

「なによそのセリフー」

未華はふてくされた表情で早川を見た。早川は知らん顔でストレッチを始める。

「まあまあ二人とも、楽しく行こうよ」

そう声をかけるのはくるみだ。すると未華も早川も吹き出した。

「くるみ!アンタ、楽しく行こうって・・・ピクニックに行くんじゃないんだからね!」

「くるみのノンビリ口調には癒されるね」

未華と早川は口々にそう笑い、今度はくるみがふてくされた。

「うるさいなー。私だって気合い十分だよー」

仲がいい三人だなって思った。三人それぞれタイプが違うのに、どうしてこんなに仲好くしていられるんだろうって。

「よし!お前ら!!」

五月先生が突然大きな声を出した。ゆっくりと立ち上がり、みんなの前で仁王立ちになる。

「ついに決戦の場だ。女子3000mは一発勝負だからな。ここで八位に入れば都大会進出だ!大塚も若井も早川も、歯を食いしばって走って来い。その時くらいはかわいくなくても許される!!」

「なんかそれって微妙な応援・・・」

「てゆーかセクハラに近くない?」

未華と早川がボソボソと反論するが五月先生は気づかずに話を続ける。

「男子陣!!全力で応援するぞ!!」

なんとなく「おー!!」と声が揃い、それを見て五月先生は「応援の気合いが足りん」と、もう一度「おー!!」と叫ばせた。

 

 

そして、女子3000mの時間がやってきた。

 

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2010年5月13日 (木)

空の下で-風(14) 支部予選会(その6)

「ねえ英太くん」

何日前のことだったろうか、学校の校庭でインターバル走の練習を終えて倒れていると、息を切らしたままのくるみが話しかけてきた事があった。

僕もひどく息切れをしていて「ん?」とだけしか話せなかった。

「英太くん、早くなってる自信・・・ある?」

そう言ってくるみは横たわっている僕の横に腰を下ろした。

「私、あんまり無いんだよね」

「でも、タイム、上がってるじゃん」

息を切らしながらそれだけ言うとくるみは首を振った。

「タイムはね。でも、未華があんな早いからさあ、どんどん差が広がっていくし、私、あんまり頑張ってないのかなあって、自信なくなる」

僕はガバッと上半身を起こして強い口調で「そんな事ない!」って言った。

「え?」

「絶対そんな事無い!くるみは、くるみなりに頑張ってる!タイムだって上がってるし、それに、そんな風に悩むって事は、それだけ一生懸命やってる証拠だよ!」

何だか力説してしまった僕にくるみは笑った。

「ありがとう」

「え?あ、いや」

「英太くんってホント、真面目だよねー。ウン、何かちょっと楽になった。試合頑張れる気がする」

「そ、そう?何でだろう・・・」

「何かね。その・・・」

くるみは少しためらってから言葉を続けた。

「英太くんに励ましてもらえると、力になる」

 

 

『女子3000m予選を行います。選手は位置に着いて下さい』

未華、くるみ、早川を含めた60人もの選手達がスタート地点に着いた。

僕ら男子陣は観客席からそれを見つめる。

牧野は早くも「未華ファイトー!」と声を張り上げている。他の二人の応援もしろっての。

試合が始まると、僕らは全員声を振り絞った。

3000mというと競技場のトラックを七週と半だ。ということで、僕らの前を通過するたびに僕らは絶叫するかの様に応援した。

その中に「マイー!!」という声が聞こえたので、そっちを見る。

僕らのテントから少し離れた場所に一人の制服を着た多摩境高校の男子がいた。

早川舞の彼氏、柏木直人だ。

「マイー!!ファイ!!」

サッカー部である柏木直人が、わざわざ彼女の試合のために応援しに来たらしい。必死な表情で早川の応援をしている。

「あの野郎!」

牧野はそう言い、さらに大きな声で「未華ー!!」と叫ぶ。何の張り合いだ。

その未華は五人で構成された先頭集団を走っている。未華以外の四人はこの辺の強豪高校の選手だ。

くるみと早川は中盤の位置で走り続けている。それ以上遅れる様子も無ければ、前へと上がる様子も無い。

最後の一周に入ると、選手達は力を振り絞りペースを上げだした。

それでも未華はくらい着いていき、二位でゴールした。

「うおおー!!都大会進出!!」

牧野がそう叫び、多摩境高校のメンバーに歓声が上がった。

上位八人が次々とゴールし、都大会進出のメンバーは決まった。

その時点で、くるみは15位、早川は18位を走っていた。

ラスト100mになり、くるみは力尽きたのか歩くようなペースになった。

一人、また一人と抜かれていく。

うちらのメンバーに悲鳴の様な声が響く。

「く、くるみ・・・」

一瞬、小さな声を出した僕だったけど、次の瞬間、僕は今まで出した事も無いような大声を張り上げた。

「くるみ頑張れー!!!」

くるみは前を向き、腕を振り、苦しそうな表情ながらも最後のスパートをかけた。

ゴール前で一人抜き、くるみは16位で走り終えた。

続いて18位で早川もゴール。くるみと早川は自己ベストを叩き出した。

 

 

くるみはゴールしてすぐにトラックの脇に倒れこんだ。

それを見て僕は何の躊躇もせずに、くるみの元へと走り出した。

「お、おい英太!!」

牧野が叫ぶ声も耳に入らずに走った。

くるみの倒れている場所へ着くと、仰向けで苦しそうに息を切らしているくるみの横に未華と早川が座り込んでいた。

「くるみ、大丈夫か!!」

突然駆けつけた僕に未華と早川は驚いた様子を見せた。

「アンタ・・・、何してんのよ!」

未華がそう言うが僕はくるみが心配で聞こえてなかった。

「くるみ!」

倒れているくるみは僕を見ると、表情を和らげた。

「はあ・・・はあ・・・、全力、出し切れたよ」

「う、うん」

「英太くんの声、力になった」

「そ、そう?よ、よかった」

そう言って笑い会うと、早川が「何この会話、二人の世界ー」と白けた声を出した。

「じゃ、じゃあこれで」

僕は顔を真っ赤にして立ち上がると、くるみが声を出した。

「次、英太くん達の番だね。頑張ってね」

僕は大きく頷いた。

 

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2010年5月17日 (月)

空の下で-風(15) 支部予選会(その7)

テントの前に広げたブルーシートに上で、軽い昼食を摂る。消化がよく、それでいてエネルギーになりそうな物を適度に食べる。

あまり食べ過ぎると試合中に横っ腹が痛くなるだろうし、食べな過ぎても力が出し切れなかったりする。

最善を尽くさないと都大会になんて進めない。なにしろ僕らの所属する東京第6支部の中で上位八位に入らなくてもならない訳だ。

八人の中にはすでに内定していると言っても過言じゃないヤツらもいる。

まずは葉桜高校の秋津伸吾。落川学園の八重嶋翔平。稲城林業の怪物、五島林。そして僕ら多摩境高校の名高涼。

この四人は確実だろうと思う。何しろ今までの持ちタイムが別格だ。

だから僕が狙うのは残りの四枠という事になる。

それが楽じゃない事はわかっている。今言った四人以外にも強い選手なんてたくさんいるんだ。

牧野だっているし、内村一志だっている。みんなそれぞれこの大会に懸けてきたんだ。試合本番でどんな力を発揮してくるかわからない。

わあっという歓声が僕の周りで起きたので、何かと思ってフィールドを見ると、男子400mハードルで、多くの選手が一度に倒れたのだった。

「い、今の見たか!!」

短距離の二年生がそう叫ぶのが聞こえた。そして次の言葉に戦慄が走った。

「今の・・・落川学園のヤツが妨害したからみんな倒れたんじゃねーか?!」

思わず立ち上がり試合経過を見届ける。

全員が倒れたのかと思っていたら、三人だけ倒れずに走り続けていた。

その中には落川学園のユニフォームの選手がいて、一位でゴールしていった。

「あの落川学園の人って・・・そんなに早いの?」

さっき叫んでいた短距離の二年生に聞くと「早い事は早いですけど・・・」と言い、倒れてから立ち上がって走っている選手を指差した。

「あいつが優勝候補だったんですけどね・・・」

その選手は転倒したせいで遅れて四位でゴールしていた。倒れた選手の中ではトップだった。

「相原先輩も気をつけてくださいよ・・・」

「え?」

「落川学園、ここんところ喫煙行為で出場停止だったんですよ。でもこの大会から復活してきたんです。これまで出場できない期間があったから、あいつら、何をしてくるかわかんないですから」

その二年生は本当に心配そうな表情をした。

「きみ、何か不安な事、あるの?」

ただならぬ表情に僕は何か嫌な予感を抱き、その二年生にさらに聞いてみた。

すると彼は辺りを見回してからささやくように言った。

「相原先輩も出る男子5000mですけど・・・。落川学園の八重嶋って人、出ますよね」

「うん、出る」

「オレ、落川学園に知り合いがいるから聞いた事あるんですけど・・・いや、単なる噂かもしれないんですけど」

「何でもいいよ。言って」

「落川学園のエースは八重嶋って人ですよね。八重嶋って人は確かに早い。それなのに・・・、さらにいい順位が欲しいからって、他のヤツが妨害行為をする事があるみたいなんです」

二年生はもう一度周りを確認してから言った。

「落川学園の向井って二年生に注意してください。妨害をするとしたら・・・向井だっていう話ですから」

「向井・・・」

記憶の中に、微かに向井という名前が思い当たる。ほんのわずかな記憶。

確か、去年の秋の新人戦で、トップを走っていた秋津と名高が転倒した時に、妨害をしたんじゃないかって噂になった選手の名前が・・・向井。

「相原先輩。気をつけてください」

「うん、ありがとう」

心の中に何か不安と怒りが生まれた。

もしこの向井という選手が八重嶋の順位を上げるために妨害行為をしているのだとしたら・・・。そう思うと、怒りが湧き出したが、ただの推測で心を乱すのはよくないと考えなおして、昼食の続きを食べた。

 

 

いよいよ男子5000mの時間が近づいてきた。

出場する牧野と名高と一緒にウォーミングアップをして、ジャージのままスタート地点へと歩いていると、男子800mの決勝が始まった。

午前中に予選を突破していた天野たくみが今日二本目のスタートを切った。

最初の400mでたくみは先頭を爆走した。明らかなオーバーペースはいつも通りだ。

後半、ペースダウンして次々と順位を落として行くが、八位ギリギリでゴールした。

「すげえ!!」

僕と牧野と名高でハモッてそう叫んだ。本当にすごい!!

 

 

男子5000mのスタート地点では色々な選手の顔が見えた。

葉桜高校の秋津伸吾と内村一志は、二人で協力してストレッチをしていた。内村が秋津の背中を押して前屈を手伝っているのだ。

内村と目が合ったが、今日は睨んでくるだけで何も言って来なかった。

その僕と内村の視線の間を八重嶋翔平が横切った。白に染めている髪は相変わらずで、眉毛が薄く鋭い目つきだ。街で会ったら確実に避けて通る怖さを持っている。

その後ろを八重嶋と同じジャージの選手が着いて歩いていた。おそらく、こいつが向井という選手だと思う。

「リンちゃん、そろそろ準備しろってー!!」

呑気な声が聞こえて、そちらを見ると稲城林業のジャージを着た選手が、同じ高校の選手にそう声をかけていた。

声をかけられていたのは五島林だった。何と彼はこの場所で寝転がって居眠りをしていた様子だ。

「ん、んー?そろそろ時間?」

五島林は眠そうに目をこすりながら起き上がった。

「リンちゃん、ウォーミングアップくらいしなよ」

「んー?そうだなー。少しはしないとカントクに怒られちゃうもんねー!」

スタートまで二十分くらいしかない。それなのに寝ていたとは・・・。どれほど余裕だと言うんだろう。

その余裕さに僕は鳥肌が立った。

 

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2010年5月20日 (木)

空の下で-風(16) 支部予選会(その8)

男子5000mは第5支部決勝、第6支部決勝の順で行われる。

決勝とは言っても予選は行われていない。各支部とも50人ほどの選手が一発勝負で都大会行きのキップを争う訳だ。

五島林が居眠りから起きた直後、第5支部の決勝が始まった。

第5支部には強豪である松梨大学付属高校が所属していて、この男子5000mにも三人が登場した。

エースの赤沢智、ポニーテル男の香澄圭、二年生の西隆登。

終始赤沢が先頭でレースは進み、最後の200mで数人がスパートをかけて赤沢を抜いて行ったのだけど、赤沢は別に追いかけもせずに淡々と走り、三位でゴールしていた。

後ろから迫る様にして香澄が四位。西は七位だったので、何と三人とも都大会行きという偉業をやってのけた。

しかも赤沢と香澄は、ゴール後立ち止る事なく、そのままジョックを始めた。西はさすがに歩いていたが。

その赤沢と香澄が僕らの方へとジョックしてきた。

赤沢が名高を見て「都大会で待ってるよ」と言って走り去った。

香澄は名高を一瞥してから僕を見た。

「あ、キミ、えと、誰だっけ」

「多摩境高校の相原ですけど」

「そうそう相原クン。まあせいぜい頑張ってよ。必死こけば何とかなるかもよ?多摩境高校が名高クンだけじゃないトコでも見せてよ。無理かもしれないけど。じゃねー」

それだけ早口で言うと香澄も走り去った。

肩の位置で揺れるポニーテールがやけに目ざわりだった。

「なんだあいつ。ムカツクな」

牧野がそう言うと名高がフンと鼻をならしてから僕を見た。

「英太、あいつ、都大会でとっちめたれ」

「と、とっちめる?!」

驚く僕に名高は不敵な笑みを見せた。

「あいつ、何かと英太に挑発してくるじゃん。英太の事ナメてんだよ。英太をナメるとどうなるか教えてやれよ」

「え・・・でも香澄って・・・めちゃ早いよ」

「英太の方が早くなるよ」

名高が笑うと牧野が「オレもな」と付け加えた。

『男子5000m、第6支部の決勝を行います。選手はスタート地点に着いてください』

放送が聞こえると僕らはジャージを脱いでユニフォーム姿になった。

そしてスタート地点へと歩いてこうとすると牧野が「待て待て」と呼びとめた。

「何だよ」

名高が不満そうな声を出すと牧野は「円陣組もうぜ」と言った。

「三人で?」

「三人で」

牧野が当然の様に言うので、僕と名高は吹き出した。

「まだ支部予選会だぜ?目指すのは関東大会じゃねーのかよ。早くねえ?円陣」

名高は苦笑いしながら言うが、僕と牧野の肩に手を回した。

僕も牧野と名高の肩に手を回して、三人は小さな小さな円陣を組んだ。

「円になってねーし。三角だし」

名高はまだブツブツ言っているが嫌ではなさそうだ。

「牧野、早く掛け声かけてよ。三人円陣、何か恥ずかしいって」

僕がそうせかすと、牧野は声もなく頷いただけだった。

三人で円陣を組んだまま少し時間が流れる。

「牧野」

「名高、英太。ここまでありがとうな」

妙に神妙な声で牧野は小さく言った。

「関東大会目指すだなんて厳しい目標掲げちまって。それで五月先生の特訓が厳しくなったってのに、オレに文句も言わずに部活を続けてくれてよ」

僕と名高を互いに目を合わせた。そして名高が言った。

「いいじゃねーか、厳しい目標。それでこそヤリガイがあるってもんだぜ。感謝してんぜ部長」

「僕も、何か目指すって青春みたくて楽しかったよ。関東は無理かもしんないけど・・・。今日は三人で都大会行こうよ」

「名高、英太・・・」

牧野は目を大きくして僕らを見た。

「お前ら・・・、青春だなあ」

「なんじゃそりゃ?!」

僕ら三人はゲラゲラ笑い、その後で牧野が叫んだ。

「よし行くぞ都大会! ファイトー!多摩境高校!!」

「ファイ!!」

 

 

五十三人いるという第6支部のスタート地点に着くと、自分の鼓動がやけに早い事に気が着いた。

人数が多いために三列に並ばされた選手達の二列目の外側に並んだ僕ら三人の後ろに五島林がいた。

五島はいつもの様にピョンピョンと高く跳ねている。それを見た稲城林業の別の選手が五島に声をかけていた。

「リンちゃん、ちゃんと体あっためたの?起きてから二十分しか経ってないけど・・・」

「大丈夫。余裕。負けた事ないもん」

「そうだけど・・・カントクに怒られてもしらないよ」

「そのカントクが支部予選会なんて余裕なレベルだって言ったんだよ」

一列目の内側には秋津伸吾と内村一志の姿が見える。

落川学園は?落川学園の八重嶋翔平と向井はドコだ?

そうキョロキョロしていると『位置について』という声が聞こえた。

え?もう?

そう思い、体を前傾に構えた。

「集中集中」

名高の呟きが聞こえ、僕は落ち着きを取り戻せた。そう、集中だ。

一陣の風が僕らの外側から内側へと吹き抜けた。

次の瞬間、ピストルの音が鳴り、試合は始まった。

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2010年5月24日 (月)

空の下で-風(17) 支部予選会(その9)

今年に入ってから、僕はこの試合、この十五分ちょっとのために走り続けてきた。

そう、男子5000mの支部予選会のためにだ。

一年生の時は見てるだけだった。二年生の時は十七位で敗退した。

その支部予選会に照準を合わせて練習してきた。

最初、牧野が「関東大会を目指す」と宣言した時は、何を大それた目標を立てちゃってるんだろうと思ってた。

でもエース名高には可能性が大いにあった。

それなら僕も目指せしてしまえと思ったんだ。関東大会を。

別に目指すだけならタダだもの。損はしないはずだ。

でも関東を目指すと決めたせいで、五月先生の指導はこれまで以上の熱意が込められた。

正直、やっぱり関東なんて目指さなくていいやって何度か思った。だって都大会にすら出た事が無かったんだから。

焦りからかタイムが伸び悩んだりもした。

そんな時に五月先生は言ってくれた。

「相原、お前ムリに関東に照準を合わせるな。お前はまず都大会に出る事を目標にしろ。一気に上の世界を目指そうだなんて都合いい話なんだよ。そんなの出来るのはウチじゃあ名高だけだ。相原は全ての意識を支部予選会に集中させろ」

そうなんだ。僕なんかがイキナリ関東大会の事ばかり考えたって駄目だったんだ。

支部予選会を突破した事の無い僕が考えるべきことは、支部予選会の事。

そこで勝てれば都大会。もしそこで勝てれば関東大会って具合に、一つ一つキチンと取り組んでいかなくちゃいけないんだった。

さすがは五月先生だ。僕らの焦りとか油断とか、全部見ていてくれている。いい先生に出会えたもんだなって思う。

 

 

そんな事を考えているうちに二周半を走った。400mトラックだから、1000mを走った事になる。腕時計を見ると、想定していたペース通りだった。

僕のすぐ前には十人ほどの選手がいて、先頭を秋津伸吾が引っ張っていた。

そのすぐ後ろに名高と八重嶋、それとこの辺でよく名前を聞く選手が数人いた。

牧野や内村や五島や向井の姿は見えない。僕より後ろを走っているという事だろう。

まだ序盤だけど、五島林が僕より後ろを走っているというのは不気味だった。

あの怪物が、一体どのタイミングで信じられないスピード゙で僕をあっさりと抜いて行くのか。その時に僕の心が折れてしまわないか、それが心配だった。

もちろん落川学園の向井も気になる。エース八重嶋の出来次第では、またも妨害行為を行う事もあり得るのだから。

 

 

2000mを通過すると周りの選手が少しずつ減ってきた。

先頭集団のペースに着いていけずに脱落していってるのだ。

前には七人しか見えない。これならギリギリで都大会へと進める順位だ。

行ける。これなら行ける。

そう思って走っていき、3000mに差しかかった時だった。

今度は逆に行けないと感じた。

今のペースを保つのが厳しくなってきたんだ。

息は切れ、足が重く感じられて来た。

腕はまだ振れるけれど、とにかく息が切れる。

「はあ・・・はあ・・・!!はあ!!」

口を大きく開けて顔を歪めているのが自分でもよくわかる。

醜い顔なんだろうなと考えている余裕もない。

前方には秋津と名高と八重嶋ともう二人。

これに着いて行く事は出来ない。

そう考えた瞬間、少しずつ五人から距離が空きだした。

やばい!!

そう思って一度は距離を詰めたけど、すぐにまた遅れだした。

早い・・・。

支部予選会でさえ、先頭集団というのはこんなに早いのか・・・。

甘かった。関東だとか都大会だとか・・・。僕が目指せる場所ではなかったのかもしれない。

そう考えた時だ。五月先生の怒鳴り声が聞こえた。

「相原!!ちゃんと自分のペースで走れー!!!」

ビクリとして腕時計を見ると、自分が想定していたよりもだいぶ早いペースで走っている事に気付いた。

これは・・・自己ベストよりも相当早いペースだ。それこそ名高のベストに近いペース。そんな早さで走っていたのだ。

そりゃ無理に決まってる。ほんの少し、ペースを落とそう。そういえば、同じ様な実力の牧野がここにいない。牧野は自分のペースを見失わないで走っているからなのかもしれない。

 

 

4000mを通過する頃、僕の前には四人の選手が走っていた。それもかなり差が開いている。

名高、秋津、八重嶋が固まって走り、その後ろに坊主頭の選手が走っていて、そこから十秒ほど遅れて僕がいた。

さっきまでは他にも選手がいたんだけれど、やはり名高達のペースには着いて行けず、一気に脱落していった。無理に着いて行っていたのが原因だと思う。

「よう」

急に横に選手が並び、低い声でそう言った。

なんだこいつって思ったら牧野だった。

ようって言っておきながら、僕の方は見ずに僕と並走した。

その横をスルリとかわしていくヤツがいた。

大きなストライドで飛ぶように走る男・・・五島林だ。

腕も足も大きく大きく振り回し、あっという間に前へと消えて行く。

なんという早さ。なんという豪快な走り。そして、なんという不気味さだろう。

こいつ、去年まで一体何をしていたんだ。何で今年になっていきなり登場したんだ。

それより何より・・・、今はもう4200mだというのに・・・、ここまで前に出なかったのは、どんな余裕だというんだ。

その五島林は、信じられない早さで名高達との距離を詰めて行く。

本当に信じられない。先頭の三人はそれこそ先頭たる早さで走っているのに、それとの距離を見る見る詰めて行くなんてのは。

詰めるどころか、五島は一気に先頭に出た。

それを名高と秋津が必死に追い、八重嶋はペースを乱さずにそのまま走った。

最後は、五島が名高と秋津を引き離し、両手を上に上げて優勝した。

二位に秋津が入り、わずかに遅れて名高が三位。ちょっと空いて八重嶋が四位だ。

すぐ後に五位で一人入った。

その時点で僕と牧野は残り100mまで進んでいた。これなら二人で六位、七位でゴール出来る。

ところがここで、予想外の出来事が起きた。

内村一志が僕らの横に並んだのだ。

「英太ー!!」

と思った瞬間、僕を押しのける様に、内側に一人の選手が割り込んできた。

思わず体勢が崩れそうになりつつも、僕はそいつの顔を見た。

それは落川学園の向井だった。こいつ・・・、こんな早いのか。

つまり残り90mで、ここに四人。五位まではすでにゴールしているから、都大会へのキップは残り三人。

僕、牧野、内村、向井での壮絶なラストスパートが始まった。

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2010年5月27日 (木)

空の下で-風(18) 支部予選会(その10)

残り90mで僕ら四人は完全に横に並んだ。

四人と言うのは僕と牧野、落川学園の向井、葉桜高校の内村がだ。

ホームストレートの一直線を、僕らはがむしゃらに走った。

それもそのはず、都大会行きの残り枠は三人という状態なのだから。

残りわずかな体力を振り絞り、四人は死に物狂いで直線を進む。

誰が早いとか誰が遅れているとか、ほとんど無い状態で四人は並走していた。

ホームストレートを半分くらい走った時、わずかずつだけど牧野が前に出だした。

牧野は「おおおおお!!」と、気迫の声が喉から漏れている。

体ふたつ分くらい牧野が前に出たところで、向井が続いた。

正直な話「なんだって?!」と思った。

向井ってのは反則だけの男だと思ってたから、ここまでやるとは思わなかった。

焦る僕は横にいる内村をチラっと見た。

内村も僕を一瞬だけ見て、まるで僕を憎むかの様な表情で睨み、前を見た。

内村一志・・・。

僕は誰が一番嫌いかって言えば、ずっと内村一志が嫌いだった。

中学一年からの知り合いだ。もう五年もの付き合いだけど、未だに嫌いだ。

僕の初恋を台無しにした内村一志。やたらと試合で対戦する事の多い内村一志。

対戦成績も自己ベストも似たりよったりの内村一志。

こないだの春季記録会で、僕が大幅に自己ベストを更新し、内村には圧勝していた。

だからもう、この支部予選会ではあまり気にしていなかったのに・・・。

ここにきて、この都大会を争う最後の数秒にきて、最後の敵が内村一志だったとは!

残り20m。

牧野が六位、向井が七位でゴールし、残すは僕と内村の一騎打ちだ。

後から思えばなんて長いホームストレートだったんだろうと思う。

走っても走っても、内村一志との並走が続き、この勝負は永遠に続くのかとさえ思えた。

でも実際はこの勝負は数秒で決着が着く。

決着の原因は何だったのかはわからない。

でも、一歩、また一歩と、僕が内村の前に出れたのだ。

持っていた底力、としか言いようが無い。

ほんのわずか、ほんの一秒の差で、僕は八位でゴールラインを駆け抜けたのだった。

 

 

ゴールした僕は、転がる様にトラックの外側へと倒れこんだ。

「はあ!はあ!!」

喉が痛い。吸っては吐く空気が苦しく感じられる。

一度は仰向けに倒れた僕だったけど、近くで同じ様に倒れている牧野を見つけて立ちあがった。

牧野に近づこうとしたところで内村がフラフラと立ちふさがった。

「内村・・・」

内村は僕を何秒か睨んだ後、「都大会、頑張れよ」と小声で言って去って行った。

僕はそれをほんの少し寂しく感じた。あんな嫌いなヤツだってのにだ。

「どうしたよ英太」

いつの間にやら立ち上がった牧野が僕を見てる。その横には名高もいた。

「名高、牧野・・・」

「やったな」

名高が嬉しそうにニヤけて言い、牧野も満足げに続ける。

「オレ達、三人全員が都大会進出だぜ」

「・・・だね!」

僕と名高と牧野は笑みを浮かべた。

その笑みは段々と抑えきれなくなり、僕らは叫んだ。喜びを、嬉しさを。

 

 

三人でクールダウンをキチンとしてからテントに向かうと、テントではみんなが大騒ぎしながら手を振ってくれていた。

「英太ー!!」「牧野ー!!」「名高せんぱーい!!」

僕らも大きく手を振りながら「やったぞー!」とか叫んだ。

そうしてやっと実感した。名高と牧野だけじゃなく、僕も祝福されている一員なんだと。

そう、僕も進めるのだ。初めての戦いの場、東京都大会へと。

 

男子5000m 第6支部 決勝結果(東京都大会進出者)

一位 五島林(稲城林業)

二位 秋津伸吾(葉桜)

三位 名高涼(多摩境)

四位 八重嶋翔平(落川学園)

五位 中居拓哉(分倍河原商業)

六位 牧野清一(多摩境)

七位 向井秀(落川学園)

八位 相原英太(多摩境)

 

以上八名

 

 

空の下で 風の部 支部予選会 END

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2010年5月28日 (金)

支部予選会編、描き終わりましたー!

久しぶりに長いエピソードとなってますインターハイ編ですが、支部予選で「その10」まで書くとは思わなかったです。

これで英太も初の東京都大会進出となります。

生き残ったメンバーを見ると、

男子は800mで天野たくみ。

1500mで染井翔。

5000mで名高涼と牧野清一と相原英太。

女子3000mで大塚未華。

という事で、今年の多摩境高校は中・長距離が強いという事になります。

残念ながら敗退した登場人物もたくさんいますが、彼ら彼女らも全力を尽くして、悔いの無い戦いを繰り広げたので、満足かなと思ってます。

 

 

続いて行われるのは東京都大会です。

英太はここで名高や牧野と共に、数々のライバルと戦う事になる訳です。

怪物・五島林をはじめ、秋津伸吾、八重嶋翔平、向井、松梨付属の面々。

連載開始当初では考えられない程の高次元な戦いに身を置く英太は、果たしてどんな試合をするのか・・・。

そして五島林が「していない事」とは?

八重嶋と向井の「妨害行為疑惑」の正体とは?

やたらと挑発してくる香澄圭との勝負は?

数々の展開を迎える都大会編、いよいよ開幕です!!

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2010年5月31日 (月)

空の下で-風(19) 駒沢への道

八王子の上柚木競技場で行われた支部予選会から一夜明け、世の中はゴールデンウィークへと突入した。

僕らは大会の翌日こそ部活は休みになったものの、翌週に行われる都大会のためにゴールデンウィークは返上で練習をする事になっていた。

その唯一の休みである月曜日、僕は昼から吹奏楽部の日比谷の家へ遊びに来ていた。

日比谷の家は僕の家から歩いて十分もかからない路地にある一軒家で、親父さんが銀行員なせいかわりと大きな家だ。 

「マジか英太!都大会進出?!スッゲスッゲ!!」

日比谷の部屋に入って昨日の支部予選会の話をすると、日比谷は手を叩いて喜んでくれた。

おまけに「ファンファーレだ!」とか言ってトランペットで即興のファンファーレを吹いた。

いくら大きいとはいっても住宅街でペットを吹くのは迷惑だろうから「ストップ!!ストップ!!」と叫んで止めてもらった。

「ここじゃ近所迷惑でしょ!!」

「じゃ、多摩川でも行って吹くか!?」

日比谷はペットをケースにしまって本当に出かけようとしたので「だからストップ!」と言って止めた。

「いいよ今日は。ちょっと疲れてるからさ。ゆっくりしよう」

「人さまの家に来といて、ゆっくりしようとか言うなよ」

「それもそうだね」

にゃははと笑うと日比谷は「アホか」と呟いた。

「英太くん、いらっしゃい」

突然、部屋の扉が開き、日比谷のオバサンが顔を出した。

おまけにお盆に乗せて紅茶とパウンドケーキを二人分持ってきてくれた。

「あ、すいません、気を使わせちゃって・・・」

僕がペコペコしながら言うとオバサンは「英太くんも大人っぽくなってわねー」と笑い、居間の方へと戻って行った。

「コレ、銀座の名店のパウンドケーキらしいぜ。食えよ」

「銀座?スゴイね」

「親父が稼いでるからな」

日比谷の親父さんは銀行の支店長だ。固い雰囲気の人だけど二十代までは市民オーケストラでホルンを吹いていたらしい。日比谷がトランペットをやっているのも親の影響という訳だ。

日比谷の実力はかなりのものになっていて、今や吹奏楽部の中心的なメンバーだ。実力もそうだけど何時でも明るいその性格が部内の雰囲気作りに一役買っているという話だ。

「でさ、来週はどこで試合すんだよ」

日比谷はパウンドケーキをモグモグとしながら話す。もっと味わえばいいのに。

「駒沢競技場」

「駒沢?世田谷じゃん。スッゲ。初?」

「僕はね。先輩とか名高とか未華の試合を観に行った事はあるけど」

「へえ、じゃあやっと名高とか未華と肩を並べた感じ?」

「んー、どうかなー?」

確かに名高も未華も都大会までしか経験が無いから、同じ土俵に立ったという気はするけど、まだまだ同格とは思えなかった。

「ま、とにかくよ。試合はまたすぐ来週な訳だよな。今日は体を休めませてよ、明日からの調整に備えろよ」

「だね。そろそろ行く?」

「おう、行こうぜ」

僕と日比谷は立ち上がった。これから近くの稲城市にある日帰り温泉施設に行く事にしているのだ。

 

 

日比谷の親父さんの運転で温泉施設へと到着すると、ゴールデンウィークなせいか大勢の人で混み合っていた。

受付で入場料を支払い、施設の中に入るとギョッとした。そこには五島林がいたからだ。いつも五島と一緒にいる生徒も何人かいた。

五島達は僕らには気付かない様子で、立ったままで何か話しこんでいる。髪の毛が濡れているのを見ると、もうすでに温泉に浸かった後らしい。

「リンちゃん、足どう?温泉は効いた?」

五島はそう言われてリズミカルに屈伸した。しかし次にアキレス腱を伸ばす動作をすると「いてて」と言った。

「リンちゃん!無理しちゃ駄目だよ!」

慌てた様子で生徒が五島に言うのを見て、僕は「まさか」と思った。

「いてて・・・。やっぱりダメだ。足を伸ばすとアキレス腱が痛む」

「ホントかよリンちゃん・・・。だから油断するなって言ったのに・・・」

「だって支部予選だぜ?あんなレベル簡単だってカントクが言ってたからさあ!」

五島は怒りの表情で仲間を見ていた。

「だからってウォーミングアップしないで、試合前まで寝てるなんて・・・ありえないって」

「じゃあ誰か起こせよ!カントクも誰も試合前の事なんか教えてくれないじゃねーかよ!」

「リンちゃんがこんな試合余裕だって言うから・・・オレみたいなレベルのヤツが口出しちゃ悪いかと思って・・・」

うなだれる生徒に五島は「くそ!」と言い悔しそうな表情を見せた。

「医者行くよ。一緒に来てくれよ」

「うん・・・。カントクには何て?」

「カントクは、走って優勝しろとしか言わねーよ。陸上の事なんか知らないんだから」

五島と仲間の生徒達はぞろぞろと温泉施設から出て行った。

僕はそれを見送りながら「まさか」が「確信」に変わっていた。

五島林は足を痛めたのだ。ウォーミングアップを怠った事によって。

そして、稲城林業の監督は陸上の事なんか知らない素人がやっているんだ。

じゃあ、五島林はどうやってあれほどの実力を身に付けたって言うんだ・・・。

「何?英太、今のヤツら知り合い?」

ぼうっとしている僕に日比谷が問いかける。

「うん、まあ」

「怪我してるっぽかったんじゃねー?」

「なんかね・・・。ウォーミングアップを怠ったみたい。凄い実力なのに」

「ああ、いるよな、そういうヤツ。吹奏楽でもそうだけどさ、自分が他のヤツより天才的に凄いからって準備を怠るヤツ。そういうヤツって凄いから先生も生徒も誰も指導できなかったりするんだよな」

「天才的?」

「そう、オレみたいな」

「日比谷は違うでしょ」

ガッカリとする日比谷の表情に笑いつつも僕は妙に納得していた。

支部予選会の時に見かけた稲城林業の監督らしき人は、確かにいいかげんそうな人だった。

指導なんてしてないんじゃないだろうか。そこに五島林という天才的な実力の生徒が”たまたま”入部しただけなんじゃないだろうか。

でも、そうすると・・・。来週の東京都大会は一体どうなるんだろうか・・・。

僕は何となく駒沢のあるであろう方向を向いてしまった。

「駒沢か」

「いや、そっちは駒沢じゃないと思うけど」

 

 

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