空の下で-風(12) 支部予選会(その4)
男子1500m決勝。僕ら多摩境高校からこの種目に出るのは三人だ。
まずは予選七位通過の染井。十三位通過の大山。そして十六位通過の剛塚だ。
決勝は十六人で走るから、剛塚は本当にギリギリで決勝まで生き残ったという事になる。
それでも、三人ともこれまでに、支部予選会の決勝に残った経験は無いので、これが今までで最大の見せ場であるんだ。
この決勝で上位八位に入れば、東京都大会に進める訳だ。
染井は可能性が高いけど、あとの二人には厳しい戦いになるのは間違いない。
サポート係には僕とくるみと早川が向かった。
スタート地点では予選を生き残った十六人が、それぞれ気合いの入った表情で体を温めている。
「英太くん、英太くん」
スタート数分前、大山は僕に向かってこう言った。
「なんだか、楽しくなってきたよ」
「楽しく?」
「うん。多分、八位に入って都大会に進むのは無理だとわかってるのに・・・何だか楽しみなんだ。この決勝っていう場が」
すると剛塚が「あー、わかる」と頷いた。
「けっこうやる気が出てくるよな」
剛塚の表情も楽しそうだ。おまけにこんな事まで言う。
「英太とかよ、牧野とか名高とか未華とか。今までうちで早い連中しか味わえなかった、決勝の感覚がやっとわかったよ。予選じゃなくて、一つ勝った後のレースの感覚がよ」
「僕もほとんど予選を勝ち抜いた事無いけど・・・」
「あ?そうだっけ?ワリイ」
剛塚は悪びたそぶりもなく笑った。
やがて時間になり、大山と剛塚と染井はスタートラインに向かった。
行く直前、大山は振り返って「じゃ、行ってくるね」と笑った。
試合は午後三時過ぎに始まった。
最初の100m、猛烈な勢いで飛び出した十六人は、場所獲りをしながら進んだ。
実力のありそうな数人が先頭の内側に陣取り、そのすぐ後ろに染井が着いた。
剛塚は他の選手を蹴散らすかの様に中盤の内側に入り、大山は出遅れてビリに着いた。
「お、大山ー!!」
慌てて僕は腹の底から叫んだ。ヤバイと思ったからだ。
するとくるみも大きな声で大山の名を叫んだ。しかし早川は冷静に言う。
「落ち着けって二人とも。大山はこのままビリで終わるヤツじゃないって」
「だ、だけどよ・・・」
僕は不安だった。決勝とはいえ、いくらなんでもビリで走るのは見ていられない。
最初の一周を過ぎると、先頭の四人が飛び出した。
その後ろに縦長の集団が作られていて、そこの二番目あたりを染井が鋭い目つきで走っていた。
タイムを見ると、予選よりもだいぶ早いペースだった。剛塚と大山には厳しすぎるペースだ。
そう感じた通り、剛塚は集団の中盤にいたのが少しずつ後ろに下がりだし、大山はというと、他の一人と一緒にズルズルと後退しだした。
1000mを過ぎると、先頭の四人以外はバラバラで走る展開となった。
染井は六位で走っている。剛塚は十位あたりか。大山はビリから二人目だ。
腕時計を見ると、スタートから三分しか経っていなかった。
なんてあっという間なんだ・・・
これまでずうっと練習してきたのに、わずか数分で全ての結果が出てしまうなんて。
これが、1500mか。いや、これがスポーツなんだ・・・。そう思った。
スポーツは残酷だ。勝ちか負けしかない。その二通りしか無いんだ。
今、染井と剛塚と大山にも、その判断が下されるんだ。
わあっという歓声とともに、一位の選手がゴールした。続いて二位、三位、四位と僅差でゴールした。
ここから後ろはやや間が空いている。五位、六位と並ぶ様にゴールをし、続けて三人が走ってきた。
七位、八位、九位の集団だ。つまり、この三人のうち二人は都大会に進めるけど、一人は落ちるという状況だ。
そこに染井が混じっていた。三人で最後の直線を必死な顔で走っている。
「そ・・・、染井ー!!」
染井は二人から遅れだした。思わず僕は大声を出す。
「時期エース狙ってるんなら勝てよ!!」
この声が聞こえたのかどうかはわからない。
しかし染井はまるで短距離を走るかの様な腕振りをし、二人を横から一気に追い抜いた。
つまり、染井は七位でゴール。都大会行きを決めたんだ。
ゴール直後、珍しく染井が「しゃー!!」とか叫んだ声が聞こえた。
その数十秒後、十三位、十四位という位置で、剛塚と大山が並んで走ってきた。
ラスト70mくらいのとこで、二人は互いに目を合わせたのが見えた。
その時、僕には二人が笑った様に見えた。
最初、それは二人で並んでゴールしようという意思表示なのかと思った。
でも違った。二人は猛然とラストスパートをかけたんだ。
歯を食いしばり腕を振る剛塚、顔を歪め口を大きく開く大山。
もう、都大会進出なんて関係の無い順位で、同じ高校の二人が必死でラストスパートをかけていた。
同じ高校の友達だろうと、試合中は敵同士。二人は全く手を抜く事無く、全力で勝とうと走っていた。
思わず僕は拳に力が入った。早川は「すげえ」と呟き、くるみはただただ「頑張れ」って叫んでた。
二人の決着はよくわからなかった。ほとんど同時にゴールした様にしか見えなかった。
でも、後で張り出された結果表には大山が十三位、剛塚が十四位と書かれた。
ただ、タイムは同じ時間が書かれていて、それを見た二人は互いに握手をした。
こうして総体支部予選の初日が終わった。
僕ら長距離チームの結果はこういう事になる。
男子1500m予選、染井・剛塚・大山が決勝進出。
男子1500m決勝、染井が七位で都大会進出。剛塚・大山が敗退。
勝った染井は喜び、負けた剛塚と大山も悔いは無さそうに試合の感想を語りながら、この日は解散となった。
明日は僕も出る男子5000mと女子3000mがある。
いよいよだ。いよいよ出番がやってくるんだ。
そう考えると鼓動が早くなる様な気がした。
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