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2010年6月 7日 (月)

空の下で-風(21) 東京都大会(その2)

これは全部、牧野に聞いた話だ。

大塚未華は三人兄弟の長女で、下には二人の弟がいるらしい。二つ下の高校一年と、五つ下の中学一年の二人だ。

未華は小学生の頃から活発な性格で、二人の弟にも頼りにされながら外で遊びまくっていたらしい。

遊ぶ相手は男の子が多くて、学校ではドッチボールに参加して男子顔負けの強さを見せたり、休みの日には近所の男の子達と鬼ごっこをしたりしていたんだという。

そんな未華も中学生になると男子と遊ぶ訳にもいかなくなってきた。

明らかに女性の体型になり、男子の方から「いや、二人きりで遊ぶのは・・・ちょっと恥ずかしいし」などと断られたりした。

もちろん未華だって女子だ。好きな人もいたしファッションとかにも興味を持っていた。

それでも未華は「いかにも女子」って感じにはなりたくなかった。

中学のクラスの中には、かわいさをアピールする女子もいれば、中二で彼氏を作ってデートしている女子もいた。

でも未華は恋愛中心な学生生活を送る事に違和感を持っていた。

そんな時、中学二年の体育祭である出来事が起きる。

当時、未華はハイキング同好会という妙な部活に参加していた。

それは小学生の頃から外で遊ぶのが好きだった未華にとっては魅力的な同好会で、毎週日曜日に先生の引率の元、色々な山を登ったり高原をハイキングするという集まりだった。

そこで知らない間に足腰や体力が鍛えられた。そこに生まれ持っていた精神力と持久力がプラス作用に働いた。

体育祭で3.2キロという持久走に参加し、数ある運動部員を抑えて一位でゴールしたのだ。

陸上部員の生徒達は未華を見てささやき合った。

「誰、あのコ。めっちゃ早いし」

「何部?」

「ハイキング同好会だって」

「うちの部に入らないかな」

「アタシのクラスのコなんです。ちょっと陸上部に興味ないか聞いてみましょうか」

「聞いて!絶対に陸上部が向いてるって!」

そうして中学二年の秋という中途半端な時期に未華は陸上部へと入ったのだった。

翌年、中学三年の時には初出場ながら市民大会を突破し、都大会に進出するという公式戦デビューを飾った。

「走るのって・・・楽しいね」

未華はこの大会の頃、よくそう言ったという。走るのが楽しいと。

それは多摩境高校に入っても変わらなかった。

くるみや早川と出会い、長距離女子チームを常に引っ張ってきた。

時には技術面で、時には持ち前の明るさで。

去年は東京都大会まで進み、今年は念願の関東大会を狙う。

年明けて、初めての彼氏、牧野が出来たわけだけど、そこで恋愛に夢中になりすぎる事もなく、今日この東京都大会の決勝の場を迎えるんだ。

 

 

ギシリ。

牧野が観客席の最前列に設置されている鉄製の柵を握りしめた。

視線は女子3000mのスタート地点の方に注がれている。

それは牧野だけではない。僕も、五月先生も、他のメンバーも、一様に緊迫感に溢れる表情だ。

くるみはサポートとしてスタート地点に行っているので、どんな表情で未華を見つめているのかはわからない。

ただ一つ言えるのは、走る未華だけじゃなく、観ているだけの僕らまで緊張しているという事実だ。

「未華・・・」

牧野がそう呟いた時、「よーい」という放送が遠くから聞こえた。

少しの間があり、パンという音が競技場に鳴り響き、48人の選手が走りだした。

一斉に各校から声援がかけられる。

僕ら多摩境高校も未華が僕らの前を通過するたびに声を振り絞った。

未華は力強く腕を振り、足を出し、前へ前へと進んで行く。

試合はハイペースな展開だ。予想よりか早いペースで先頭が走ったため、後続が次々と脱落していった。

そして何と、未華が1000mで先頭から脱落したのだ。

「み・・・」

「未華ーーー!!」

慌てて声を出す僕らの横で、五月先生は腕を組んだまま未華を睨む様に見つめていた。

「先生・・・」

「相原、心配するな」

「え?」

「大塚はな。ペースが早すぎると感じて自分のペースに戻しただけだと思う。よく見てみろ」

五月先生は首の動きで試合の方を見ろという仕草をした。

未華の目は生きていた。いや、むしろ生き生きとしている。

その未華は1500mから2500mにかけて、前から落ちてくる選手を次々とかわしていった。

「先頭が早すぎたんだ。見ろ、あまりのペースで実力のある選手達がどんどん崩れていっている。ハイになりすぎたんだ。先頭のヤツでさえペースが落ちている」

五月先生はは腕組をして微動だにしていないけれど、声は高揚していた。

なにしろ未華はすでに十一位にまで順位を上げてきている。

残り一周で八位にまで上がるのは無茶ではない。だって前から選手が落ちてきている状態なのだから。

最後の周の途中、僕らの前を駆け抜ける未華は明らかに辛そうだったけれど、ほんの一瞬、ほほ笑んだ様に見えた。

次の瞬間、未華はラストスパートをかけて前の選手達を追った。

一人、また一人と抜いて行く。

あっさりと、軽々と。そう見えるくらい簡単に抜いて行くんだ。

もちろん実際は必死で息をして必死で足を出しているに違いない。

そうして九位まで順位を上げて、残り200m。一つ前の選手に追いついたのだけど、この選手がなかなか抜かせてくれなかった。

「しぶとい!!」

「あいつ・・・、百草高校の古淵由香里だ!」

未華のライバルである古淵さんが粘るのだ。

あまりに粘るので、未華と古淵さんは並走したまま一人の選手を抜かし、また一人を抜かし、そのまま六位、七位でゴールした。

「え」

「あ・・・?」

あまりの激戦にみんなが一瞬だけ状況が飲み込めなかった。

「古淵さんに勝った?」

僕が言うと牧野が「い、いや、それより・・・」と声を出し、五月先生が呟いた。

「関東大会・・・進出・・・だ」

またみんなに間があき、そしてすぐに牧野が叫んだ。

「うおおお!!!関東進出だ!!未華、未華、おめでとうー!!」

僕らは両腕を空へ突き上げて喜び、叫んだ。

戻ってきた未華は満面の笑みで飛びはね、牧野に抱きついた。

「ゴ、ゴホン」

せっかくの恋人同士の抱擁だったけど、五月先生が咳払いで終わらせた。

 

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