空の下で-風(22) 東京都大会(その3)
東京都大会の初日が終わった。
僕ら多摩境高校陸上部からは未華が史上初の関東大会進出を決めて、大騒ぎしながら一日を終えた。
日が傾き、人数が減った駒沢競技場を大山と二人で出る。
牧野は五月先生と何か明日の打ち合わせがあるらしくて別行動だ。
関東進出を決めた未華とも色々話したいところだったけど、くるみや早川、それと一年生の女子と一緒にファミレスに寄って行くという事で、一人で荷物をかたしていた大山と帰る事にした。
「今日、凄かったね」
競技場のある駒沢オリンピック記念公園の敷地を出たところで大山が公園を振り返りつつ言った。
「なんか興奮しちゃった」
楽しそうに言う大山に僕は笑った。
「な、なんだよー、英太くん」
「いや、何か大山見てたら明日の緊張が少しほぐれた」
「なにそれ・・・、何かボクが能天気みたいな言い方じゃない?」
「んー、そう言いたいけど、能天気ってのは僕も他人の事言えないや」
二人で笑いながら住宅街を駅へと歩く。
見知らぬ狭い路地だけど、他校の選手達も多く歩いていて、それらに着いて行けば道には迷わなそうだ。
「明日・・・さ」
唐突に大山が言いだした。
「ん?」
「英太くんもいいトコ見せれるといいね」
「んんん?」
何か色んな意味にとれなくもない言い方だ。大山はそういう意味じゃないかもしれないけど。
「いいトコ・・・ね。見せたいけどさ、実は僕は不安なんだよね」
「不安?」
「うん。何しろ僕は第6支部予選会をギリギリの八位で通過だったからさあ。明日は第1から第6までの支部予選会を上位八位で通過した選手だけが出るわけじゃん?てことは僕は順位的にかなり下位って事なんだよねー」
「ああ、そんな事?」
「そ、そんな事って・・・」
そんなに軽く返されるとは思わなくて思わず険しい表情をしてしまったけど、大山は僕の顔を見ないで歩きながら話す。
「英太くん知らないの?」
「何を」
「英太くん達が走った第6支部予選会のタイムの話」
「なにそれ?」
路地を地元の人らしきお姉さんが犬を連れて僕らの横を通った。大山は犬を見て手を振ったが犬は反応しなかった。
「タイムって?」
「第6支部のタイムは他の支部予選より断然に早かったんだよ。そりゃもうダントツで」
「そうなの?」
「五島林くんとか秋津伸吾くん八重嶋翔平くん、名高くんが全体を思い切りハイレベルで引っ張ったからじゃないかな。他の支部なら八位入賞できるタイムで走っても、あの日の第6支部じゃ十五位がいいところ」
思い出せば確かに全体としてかなりのペースだったのを覚えている。後半の方は向井や内村一志との戦いでよく覚えてないけど。
「英太くんのタイム、第5支部だったら四位だよ」
「え?!」
「それってあの香澄圭くんと同じくらいのタイム」
香澄圭・・・。あの嫌なポニーテル男と?あの洗練させたフォームで走る、強豪・松梨付属のナンバー2の、あの男と同じくらいのタイム?
ちょっと信じられない事だ。香澄圭とは今年何度か相対したけど、とても勝てる相手とは思えない。
もちろん、香澄圭が支部予選会で全力を出したのかはわからないけど。
「だからさ。明日もいいトコ見せてよ。ボクらにも、くるみさんにも」
「くる・・・」
やっぱりさっきの言葉にはこういう意味も含まれてたのか!
東急田園都市線の駒沢駅まで辿り着くと、前方に五島林の姿が見えた。
稲城林業高校のジャージを着た連中に混じっている。当たり前だけど。
その中に白いジャージを着た中年男性がいた。中年って言うのは頭が少し薄いからだ。
「五島、明日は死ぬ気で走れよ。関東まで行けば文句ない」
冷たい言い方だった。でも五島は笑顔で答える。
「平気ッスよ!怪我なんて大した事ないし」
「怪我くらいしたっていい。明日でしばらく走れなくなったっていい。関東にさえ進めれば俺も鼻が高いしな」
真顔でそういう中年男の横を僕らは通過した。
「じゃ、お疲れ様でした、カントク」
カントク・・・?この白ジャージのオッサンが稲城林業の監督か。
そう思いそのオッサンを振り返ってギョッとした。
意外と若かった。五月先生とそんなに変わらなそうだ。三十代前半ってとこか。それより驚いたのは、その強面さだった。
いかつくて堀の深い目、薄い眉、ゴツイ体つき。
本当にこいつ、陸上部の監督なのか??
その時の僕らには知る術など無かった。
その男が、五島林を見出だしてきた張本人だという事など。
いや、それより、この男こそ、僕ら多摩境高校陸上部にとっての、運命の男だという事など。
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