空の下で-風(23) 東京都大会(その4)
東京都大会二日目。
薄くて白い雲がところどころに浮かんでいるものの、すがすがしい青空が広く出ていた。
今日、多摩境高校から出場があるのは午後にある男子5000m決勝だけだ。
なので僕ら選手はお昼入りという何とものんびりとした時間に競技場に到着した。
五月先生、志田先生、そして一・二年生は他校の選手の試合を見て勉強しなければいけないので、朝早くから会場入りしていたので、僕らを見て「やっと来たか」的な反応をした。
「センパーイ!遅いッスよー!」
ヒロは明らかに僕らが遅刻をしたかの様な声を出した。腹立たしいヤツだ。
お昼ゴハンをテントで軽く済ませ、一時間ほどしてから僕と牧野と名高はストレッチから始めた。
ぐっ、ぐっと体を伸ばすと、少しずつ体が目覚めて行く感じがする。
「今日は念入りにやっとけ」
僕ら三人を見ながら五月先生が真剣な眼差しで言った。この大会期間中、五月先生はずっと厳しい表情を保っている。
ストレッチをして準備体操をする。この準備体操はうちの高校オリジナルの物で、入部した頃は覚える事が大変だったけど、今は普通のラジオ体操の方がわからないくらいだ。
体操した後は三人で駒沢オリンピック記念公園内をジョックした。
5000mに出る選手はどの高校も大体同じタイミングでアップを始めたらしく、公園内は長距離ランナーのジョック会場と化していた。
しばらく走る中で、知った顔も目にした。落川学園の八重嶋翔平と向井だ。
白髪の八重嶋は遠くからでもすぐにわかる。横にべったりくっついている角狩り頭が向井だ。
この試合、向井はどう出るのか。
八重嶋のアシストのために、妨害行為を働く事はあるのか。
でも向井自身だって東京都大会まで生き残っているツワモノだ。実力は僕と同じくらいか。気をつかねくてはいけない相手だなと再確認しといた。
ジョックを終えて、何本か50mくらいをダッシュして心臓に負担をかける。
その横を松梨大学付属高校の三人がジョックして行った。
三人とは、エース赤沢智、ポニーテール男の香澄圭、二年生の西隆登だ。
赤沢と西はこちらを向いたりしなかったのに、香澄は僕の方を見て「あれ、生き残ってたの?せいぜいガンバー」なんて声を出しやがった。
その時の目つきったら酷いもんで、完全に僕を見下している感じだった。
でも、フォームは綺麗だ。これまでに出会った誰よりも。名高よりも、秋津よりも、五島よりも。
アップを終えて、僕は単身で公衆トイレに入った。すると偶然そこに五月先生もいた。
僕と五月先生は横並びで用をたす。
「どうだ相原。体は軽いか」
「そうですね。何かいい感じです」
「お、いいねえ」
「ちょっとプレッシャーは感じますけど、頑張ります」
「プレッシャー?んなもん感じるなよ」
「はい?」
「誰も相原に期待なんかしてねえって。みんな名高ばっか見てるんだから」
グサっと刺さる酷い言葉だった。ちょっと涙目になりそうだ。五月先生は構わずに言葉を続ける。
「でもウチは名高ばかりじゃねえからな。相原も牧野も凄い力持ってるんだ。プレッシャーは名高が背負ってるんだからよ。お前らは楽しく走ればいいんだ。そうすりゃ、お前らは墓の高校のヤツらを驚かす事が出来る実力があるんだぜ」
「そ、そうですか?」
「そうだよ。知らねーの?」
さぞ当たり前だという表情で五月先生が僕を見た。
「この試合のダークホースは相原と牧野だよ」
「ダークホース」
言われて、何だか体の中から湧き上がる様な高揚感が膨らんできた。
ダークホース!何だか面白そうじゃん!
そんな僕を見て五月先生は楽しそうに笑った。そしてすぐに真顔に戻り言う。
「ここで出し尽くせ。今までの成果を!」
「はい!」
その声はトイレで妙な反響を起こした。
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