空の下で-風(24) 東京都大会(その5)
五月先生と一緒にトイレから出たところで、五島林と「カントク」とバッタリ遭遇した。
カントクは今日もイカツイ顔で真っ白なジャージを着ていた。
二人は僕らには気付く風もなく会話をしているので、通過しようとしたら五月先生が立ち止った。
「どうしました?」
五月先生は無言でカントクの方を見ている。
カントクは五月先生の視線には気付かずに五島に言葉をかけていた。
「いいか!必ず関東まで行けよ。そうすりゃウチの部もやっと日の目を浴びる事になる!学校のオレに対する感情も良くなる!だが都大会止まりじゃ中途半端なんだ。怪我しようが何だろうが必ず関東へ行くんだぞ」
「わかってますって。そのために半年も陸上部に在籍したんスよ。ちゃんと就職の世話してくれんスよね」
「関東行ったらな。農林関係の就職全部、お前を優遇して紹介してやる」
何だか穏やかじゃない会話がされている。聞いてはいけないと思いつつもやっぱり聞いてしまう。
もう少し聞きたいところだったけど、カントクが五月先生の視線に気づき、こちらを向いた。
「ん?何だよ、何見てんだコラ」
ホントに教師なのかコイツは!という物凄い重低音のある迫力の声でカントクは凄んだ。
でも五月先生も相当な修羅場をくぐり抜けてきたという元不良だ。一歩も引かずに言った。
「お前・・・、柿沼か」
カキヌマ?五月先生は確かにそう言った。するとカントクは「何で俺の名前を」と言ったまま固まった。
両者に沈黙が流れる。
そしてカントクは言った。
「まさか、五月隆平か」
「そうだ。てことは、お前やっぱり柿沼か」
「そうだ。あの柿沼だ」
だからカキヌマって誰なんだ。
再びの沈黙。今度の沈黙は五月先生も柿沼監督も睨み合っていた。
数十秒してから五月先生が五島をチラリと見てから聞いた。
「五島林ってのはお前が育てた選手なのか」
すると柿沼監督は豪快に笑った。
「違うね。見つけたんだ」
「見つけた?」
「そうだよ。何部にも所属していなかった五島の才能を俺が見つけたんだ。見つけた時は驚いたぜー。どんなスポーツをやらせても通用するであろうバネと回復力をよ」
林業高校ならではの畑の実習中に見つけたんだそうだ。
「オレは今、農家を営んでてよ。何年か前からこの高校に講師として呼ばれていたって訳だよ。ところが去年になって陸上部の顧問が病気で退職してよ。誰も代役がいなかったもんで少しだけ陸上の知識があるオレが期間採用で陸上部の顧問を受け持ったって訳よ」
「そんな時に五島を見つけたのか」
「そう。顧問を受け持ったはいいが陸上部の成績は落ちに落ちてな。オレの評判も落ちてたところに五島が現れた。才能を感じたねー。コイツをうちの部で活躍させればいいって感じたよ。で、入部してもらったんだけどな。五島は陸上に興味なさそうだったんで、入ってくれたら就職の斡旋をしてやるって条件にしたんだ。すげえだろ」
一気にまくしたてる柿沼監督。
僕は話を聞いていてこの人が怖くなってきた。
それを察したのか五月先生は僕を見た。
「相原。時間とらせてスマン。もう行こう」
僕と五月先生が移動しようとすると柿沼監督は大声を出した。
「五月!ここで会ったのも何かの運命だ!その選手、5000mに出るんだろう?オレとお前の決着、互いの選手同士で着けれると面白いな!」
運命?
なんだそれ。五月先生と柿沼監督にどんな因縁があると言うんだろう。
「気にするな相原。お前は楽しめばいいんだ」
「・・・はい」
まあそうだ。僕は僕の走りをすればいいだけだ。
一人、また一人と、5000mのスタート地点に選手が集まって行く。
僕と牧野と名高も、サポート係の大山を伴ってスタート地点に到着した。
各支部を勝ち残った選手ばかりなので、浮ついている人はほとんどいなかった。
スパイクの感触を確かめるために、二・三度トラックを蹴ってみる。
うん、いい感じ。
さっき変な話を聞いて、一度落ちかけたテンションも、この場に来てみるとまた持ち上がった。
ポーンとジャンプしてみると、いつもより高く飛べてる気がした。
「お、調子良さそうだな」
牧野がニヤリと笑いながら、自分も調子良さそうに飛んで見せた。
「俺の方が高く飛べたな」
「えー?そう?」
そんな会話をしていると名高がシラッと「そういう勝負じゃないし」と言い捨てた。
名高はウォーミングアップ中もずっとウォークマンをして音楽を聞いていた。
そういう事をする名高は本気の証だ。集中しているのだ。この試合に。
『それではまもなく男子5000mです。点呼をするので集合してください』
メガホンで呼びかけられ集まる選手達。
秋津伸吾の姿が見える。八重嶋翔平と向井。赤沢智と香澄圭と西隆登。五島林。
「お、あいつ、優勝候補の相良だぜ」
牧野が言った先には葛西臨海高校の相良という選手がいた。葛西臨海高校というのは去年の東京高校駅伝の覇者だ。
この試合は東京都ナンバー1を決める戦いでもある。前評判では相良と五島の一騎打ちという予想が大多数なのだ。
そんな凄いレベルの戦いが行われる試合に参加出来る様になるなんて・・・
そう思い、体が熱くなる。
「ふう」
一息ついて興奮を冷ます。
まだだ。
まだ熱くなるな。
もうすぐなんだ。もうすぐ始まる。
僕の最大のレースが。その時に熱くなれ。全てを出し尽くす程、熱くなれ。
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