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2010年7月15日 (木)

空の下で-熱(2) 全てを懸けて「後編」

名高の出る男子5000m。もう関東大会だというのに未だに知っている顔が何人も生き残っている。

支部予選会からのメンツでは葉桜高校の秋津伸吾と落川学園の八重嶋翔平。

東京都大会で対戦した中には松梨付属の赤沢智、香澄圭、西隆登の三人。

そして東京都大会優勝候補だった葛西臨海高校の相良勇もいた。

「すごいメンツだな」

スタート地点のすぐ横で僕と牧野は眺めていた。

牧野がそう言う通り、僕らから見ればオールスター戦の様なメンバーが、スタート地点で体を動かしている。

関東大会ともなると、偶然生き残った様なラッキー選手はもういない。

実力を備え、チームを引っ張る様な各校のエース級のヤツらばっかりなんだ。それも強豪高校ばかりだ。

この試合は関東大会とは言っても、北と南に別れて行われている。

僕らの所属する東京都は南関東という事になり、東京・神奈川・千葉・埼玉の選手が戦うんだ。

神奈川県からは優勝した横浜の高校の爽やかそうな選手が注目を集めている。

千葉県優勝の選手は一年生の時から有名な人で、各県の人に「久しぶり」なんて言ってる。

埼玉県優勝の選手は寡黙そうな坊主頭の人だ。黙々と体を動かしていて、集中してる時の名高そっくりなオーラだ。

そして東京都優勝は秋津伸吾だ。優勝候補だった相良を抑え、ついに東京を制覇した男はどこまで快進撃を続けて行くのだろう。

興奮する気持ちを抑えきれずに見ていると、名高がこちらへ駆け寄ってきた。

「英太、牧野!」

「ん?」

名高はすでにユニフォームへと着替えている。間もなくコールタイムだ。こんなタイミングで僕らのところへ戻ってくる理由が思いつかない。

「物凄いメンバーだぜ。さすがのオレも緊張してきた」

名高の口から緊張だなんて言葉は初めて聞いた。ウソつけって思った。

「でもよ。オレもそうだし秋津もそうだし、多分、八重嶋でさえ、赤沢でさえそうだと思うんだけど・・・」

何言ってるか全くわからない。何の話だ。

「東京のみんなは五島林っていう怪物が現れて、この半年間は物凄い危機感持ってここまでやってきたと思うんだよ。オレだって秋津という強敵に勝つって目標を、さらなる強敵の五島に勝つって目標に変えてた。だからここまで強くなれた」

何となく言いたい事を察する事が出来た。僕の鈍感も少しは直ってきたのかもしれない。

「五島は怪我でいなくなったけど。あの危機感は全然無駄じゃなかったんだな。オレがここまで強くなれたのは五島のおかげだって気がしてきたよ」

「じゃあ今度、その話、五島にしてやれよ」

牧野が冷たくそう言うと名高はニヤリと笑った。

「いや、ここまで来れたのは英太と牧野のおかげかも」

「ウソくせー」

牧野がそう言い笑うと名高も笑った。

「ま、見ててくれよ」

コールタイムのアナウンスが入り、名高はスタート地点へと駆けだした。

 

 

試合はサラリと始まった。支部予選会の時から何も変わらない形式で。

もっと、もったいつけて欲しいくらいサラリと。

一週目から凄まじいペースで走る選手達。あまりのペースに、名高はおろか秋津や相良でさえ集団の真ん中くらいを走っていた。

こんなペースで走り続けられる訳が無いと思っていたのに、先頭集団はそのままのペースで1キロ、2キロと走って行く。

「名高ー!!」

スタートしてすぐに僕と牧野は多摩境高校の陣営に向かって歩きながら応援をしていた。

「こいつら、バケモンか」

あの名高が集団の中盤より少し後ろを走っているのだ。八重嶋翔平と並んで走っているから名高の調子が悪い訳じゃなさそうだ。みんながみんな、名高より速く走っているのだ。

「信じらんない・・・」

僕は息を呑んだ。関東に来るヤツらってこんなに凄いのか・・・と。

集団からは次々と脱落者が出て行く。その中には西隆登もいた。東京都大会のゴール直前で僕を抜かして関東へ進んだ選手だ。

「西でさえもう遅れだすのか」

暑い日だといのに寒気がした。ふと右手を見ると鳥肌が立っていた。

名高はまだ生き残っている。もうこれは応援する以外に僕らには何も出来ないので声を枯らして叫ぶ。

自分の声がどんどんおかしくなっていくのが判ったけれど、それでも叫んだ。

「名高ファイトー!!」

多摩境高校の陣営に辿り着くと、試合はあと1キロというところまで進んでいた。

ここで集団は一気にバラバラになった。まるで何かの合図で動き出したかの様に一斉に形を変えた。

数人の選手がそのまま走り続けただけで、ほとんどの選手が一気に遅れだしたのだ。

生き残っている中には秋津と相良がいた。しかし赤沢や香澄や八重嶋は一気にペースダウンしていた。

ここまでのハイペースで体力を使い果たしたのだ。それが残り一キロを切ったという事をキッカケに精神的に崩れた・・・のかなあ。

「名高は!?」

剛塚の太い叫びが聞こえ、名高を探す。

名高もペースダウンしてはいたが、他の選手達よりかはペースを保っている。

そこからの名高の走りはまさに伝説に残る走りだった。

多摩境高校陸上部の伝説として語り継がれて行く、会心の走りだ。

すでに名高は全体の20位あたりを走っていて、全国大会行きは絶望的だった。

だけど、名高の不屈の精神は最後の最後まで僕らを沸かせた。

一人、また一人と、選手を抜いて行く。そしてすぐまた一人、また一人と。

各地の強豪選手をまるで仕留めるかの様に静かに静かに抜いて行った。

香澄を抜き、八重嶋を抜いた。

横に並ぶ時間なんて与えない。一瞬にしてスルリと抜いて行く。

赤沢を抜く時でさえ、なんて事のない出来事かの様だった。

その順位は一気に上がり、十位まで登っていた。

多摩境高校の陣営からは悲鳴に近い声援が上がっていた。

名高、名高、と。

最後に僕らの前を名高が通過した時、名高の体からエネルギーが放射されているのが見えた様に思えた。それほど全てを懸けて走っているのだ。

ゴールラインをまたいだ時、名高の順位は十位のままだった。

それなのに、僕らは自然と拍手をした。

誰かと言い合わせてしたのではない。名高のゴールシーンを見たら、本当に自然と手がそう動いいたんだ。

名高涼。後に有名選手になるであろうあの男が試合で拍手をさせた最初の出来事だった。

 

 

空の下で「熱の部」 全てを懸けて END

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