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2010年7月 5日 (月)

空の下で-風(26) 東京都大会(その7)

ドドドっという地鳴りの様な足音を鳴らしながら四十八人は一斉に走りだした。

右も左も前も後ろも選手だらけだ。何とかいいポジションを獲りたくて各選手が肩とかをぶつけながらもコースの内側や前を目指す。

「うわ!!」

叫び声を上げながら一人の選手がコース内側のフィールドに押し出されて転んだ。

そこへ割り込んだのは落川学園の向井だった。まさか、強引に押し入ったのか。警戒して向井の周りにスペースが空き、そこへ同じ落川学園の八重嶋翔平がスッと入ってくるのを見た。

「落川学園・・・」

優勝候補の相良や五島を見たせいで落川学園の事を忘れていた。一位争いなんて僕には関係ないんだった。八位入賞の争いに関わってくるであろう八重嶋翔平のいる落川学園の事に気をつけなくてはいけない。

「あのヤロウ」

すぐ近くに牧野がいて、そう呟くのが聞こえた。

向井と八重嶋翔平は僕らより少し前だ。抜くなら気をつけなくてはならない。

あっという間に最初の一周が終わり、選手達の列は次第に縦長になっていく。

先頭は予想通りの相良と五島のコンビだ。その後ろにピタッと秋津伸吾と名高がつけている。

すげえ!!名高は東京都大会になってもトップクラスだ。

興奮しつつも僕は多摩境高校の声援が聞こえていた。

大山、剛塚、たくみ、未華、くるみ、早川、染井、ヒロ、一色・・・。

みんながそれぞれ大きな声を出してくれる。

マヌケな事に牧野は二周目に声援に手を振った。後できっと五月先生に怒られるだろう。

1000mを越えたところで腕時計でラップタイムを確認した。

予定より少しだけ遅い。でもほんの三秒ほどの話だ。僕としてみれば、後半に追い上げたいからこのままのペースを守る事にした。

しかし牧野の作戦は中盤まででタイムを稼ぐ事だったので、「オレ、行く」と言って前へ出た。

それに小判鮫の様について行く者がいた。松梨付属の二年生エース、西隆登だ。

そういえば松梨の香澄圭はどこだ?そう思った瞬間、あの嫌な声が聞こえた。

「あれ?すいぶんと必死こいてるじゃん」

僕の外側に香澄が並んだんだ。思わずチラリと横目をやるとポニーテールが揺れているのが見えた。

しっかりとした足取りと腕振り。相変わらずの綺麗なフォームだ。

香澄は僕の前に陣取った。まるで僕にフォームを見せつけるかの様だ。

少しイラッ来たけど、香澄のこの行動に僕は安堵した。

香澄の実力でこの位置につけているのなら、この位置は悪いポジションじゃあ無いハズだ・・・と。

そのまま香澄の後ろを走り、2000mを越えた。

特に大きな動きは無い。香澄は目の前にいるし、少しずつだけど脱落する選手を捉えて行くだけだ。

我慢の時間が続いた。動きが無いというのは作戦が成功しているという事でもあるけれど、順位がそれほど上がらないのに体力だけがどんどんと消費していくからだ。

3000mを越えても大した変化は無い。ラップタイムは想定していた時間より五秒だけ早かった。

全ては順調だ。何もかもが順調。ほんの少しずつ選手を捉え、物凄い体力を消耗していく。順調そのもの。作戦通りだ。

そして想定通り、息が上がり腕と足が重くなりだした。

そもそもこのペースで進む作戦には一つの大きな問題点があるんだ。

このペースでは4000mまでしか持たない。残り1000mは僕の実力ではペース維持は難しいだろうという根本的な事に欠落した問題。

でも五月先生は「最後は相原の得意の気合いがモノを言うハズだ」と、無責任な精神論でこの作戦を立てた。

でも僕はこの作戦でいいと思った。

名高や牧野は言っていた。「英太は後半の追い上げが怖い」と。

それに懸ける事にした。とはいえ、喉が痛いほどに息が上がって来ている。

「はあ・・・!!はあ・・・!!」

3800m地点で、向井に並んだ。

抜かす時、ヒジ打ちとかを気にしたけど、向井は向井で必死で、それどころではない様子だった。

香澄の背中を追って、次々と選手を抜いて行く。

みんなそれぞれ厳しい表情をしているけど、もしかしたら僕の方が酷い顔をしているかもしれない。

4000mちょっとのところで、西隆登を一瞬で抜き去った。

西はもう腕も振れていなくて、まさに失速状態だった。ゴールまで辿り着けるのか不思議になる。

あと一キロは五月先生に「気合い」と言われた作戦無しの距離である。

香澄の背中が一歩、また一歩と遠くなる。

「はあ!!はあ!!く・・・そ!!」

なんちゅうヤツだ、香澄圭!!ここに来てもフォームが乱れていないなんて・・・!!

と思ったら、香澄のフォームもバラバラになっていた。

一瞬、香澄が振り返った。

いつもの涼しい表情なんてしていない。口を開けて顔の左半分を歪めていた。

それを見て、僕は「まだだ!!」と心で叫んで香澄を追った。

香澄は一人の選手に追いついたが、抜けないでいた。

こいつは・・・牧野だ。

4400m地点で僕は香澄と牧野と並走した。

それはわずか50mほどの事で、時間にしたら十秒も無かった様に思う。

でもこの時間、僕は楽しかった。

一年生の時からずっとずっとライバルだった牧野。

今年になって現れた絶対に勝ちたい相手、香澄圭。

自分の中で「絶対に負けられない相手」と思ってきた二人と、この舞台で並走して戦う幸せ。

しかしその戦いは香澄圭に軍配が上がり、香澄は少しずつ前へと進んで行った。

「牧野!!」

「英太!!」

僕と牧野は酷い顔でお互いを見た。

そして前を目指した。

前へ前へ。

残り一周で僕は牧野を置き去りにした。

「だからお前は!!」

牧野が擦れた声でそう言った。

「後半が怖いんだ!!」

そうして前を向くと、いよいよ信じられない選手の背中が見えてきた。

今日はこの選手の背中を捉える事が出来るんじゃないかと、なんとなく想像していた。

この選手に引導を渡すのは、きっと・・・きっと僕なんじゃないかと思っていたからだ。

五島林。

残り300mで、足をかばいながら失速して落ちてきた五島に並んだ。

 

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